384.魔物の噂
「――疫病、かぁ……」
クレントスから派遣された一団の馬車に揺られながら、何となくその単語を口に出してみる。
疫病は良くないものだけど、それでもエミリアさんと出会うきっかけになったものだ。
……もしもガルーナ村で疫病騒ぎが無ければ――……それを考えてしまうと、何とも微妙な気持ちなってしまう。
「アイナさん、南の村と言うと……その、例の迷宮の近く……でしょうか?」
「地図を見る限りでは、あの場所からはずいぶんクレントス寄りの気はするんですよね。
風にでも乗って広まったのか、あるいは本当に偶然発生したのか……」
……とはいえ、さすがに偶然ということは無いだろう。
振り返ってみれば、ガルーナ村の疫病だって『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』が原因だったのだから。
「しかし、今回はたくさんの人がいます。
ガルーナ村のときはアイナ様と私で何とかしようとしましたが、それを考えると心強いですね」
「あのときはねー……。
仕方が無いとは言え、他の人は立ち寄ろうとすらしなかったし……」
無関係を装えるのであれば、敢えて火中の栗を拾うこともあるまい。
……いや、疫病に対して何もできない人間であれば、普通は行こうとは思わないだろう。
私だって錬金術が使えなければ、ガルーナ村に行こうなんて思わなかっただろうし。
「私も最初からいますし、きっと大丈夫ですよ!」
エミリアさんはそう言いながら、えへんと胸を張った。
今回は最初から私もエミリアさんもいる。それに他の人たちだってたくさんいるんだから、きっとすぐに収束に向かうはずだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2日後の昼過ぎ、私たちは小さな村に着いた。
村の入口の横に立てられた高い柱の先端には、大きな布が結び付けられている。
「……ああ。あの旗を見るのも久し振り……」
それはガルーナ村でも目にした、危険を示す緊急事態の旗。
無関係の者は近付くな、という意味だ。
「とりあえずみんなが疫病にやられるとまずいから、抗菌薬を作っておこうか。
……あ、エミリアさん。お使いをお願いできますか?」
「はい! 何をすれば良いですか?」
「リーダーの方に、まだ村に入らないように伝えてきてください。
村に入る前に薬を作るので、それを飲んでから入りましょう、って」
「分かりました、それでは行ってきます!」
エミリアさんはそう言うと、馬車を降りて、私たちの前を走っていた馬車に向かっていった。
派遣団のリーダーはその馬車、一番先頭で指揮を執っているのだ。
「――さて。それじゃルーク、行こうか」
「はい」
私とルークも馬車を降りて、村の入口へと歩いていく。
そしてそのまま、かんてーっ
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【デリック村近辺で検出される病原体】
疫病2098型、疫病4832型、疫病8172型
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……ん、んんー……?
ちょっと数字で分かり難いけど、これってガルーナ村でも発生した型ばっかり……。
……とすると、やっぱり『疫病の迷宮』のせいっぽいかな……?
「まぁ、ひとまずは薬、薬っと……」
れんきーんっ
バチッ
ガルーナ村のときと違って『汚染された大蛇の血液』みたいな素材は無いけど、試しにやってみたら空中の病原体を素材にできた模様。
私は私で、あの頃よりもしっかりと技術が上がっているようだ。……スキル頼みではあるんだけど。
それじゃこのまま、人数分だけ作って――
……っと、派遣団の人を全部入れれば、20個くらい作らなきゃいけないか。
幸か不幸か――って、不幸には決まっているんだけど、残念ながら素材は空中にたくさんある。
しかしそれが蔓延しているすべての型だとは限らない。『疫病の迷宮』は、洒落にならない種類の疫病を吐き出してしまうのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
派遣団の全員に薬を飲ませて、そのまま村に入る。
幸いなことに村人の中には聖職者の人が多くいたようで、まだ誰も命を落としてはいないようだった。
……その状況に、私は少し安心した。
今回の疫病の原因が『疫病の迷宮』のせいであるならば、つまりそれは私のせいなのだ。
私の行動によって生まれた結果は、すべてを背負うと決めてはいるものの、それでも背負うものは少ない方が良いに決まっている。
「――はい、これでおしまいかな」
村人は100人ほどいたが、全員に薬を飲ませて、最終的な死者数は0のままでいけそうだ。
体調の鑑定もしっかりしたし、空中に流れる疫病をどうにかしたらひと段落するだろう。
あとは浄化の魔法を数日も掛ければ、きっとこの村の危機は回避できるに違いない。
「ありがとうございます……。何とお礼を言って良いものやら……」
村長さんを始め、村のお偉いさん方に囲まれてお礼を言われる。
自責の可能性があるから素直には喜べないけど、ここは敢えて受け入れるように振る舞おう。
「いえ、酷いことにならなくて良かったです。
みなさんもお身体が弱っていると思いますので、外の炊き出しで食事をとって、早目に寝ることにしてください」
「そうですね。完全に収束させるには、まだまだ時間が必要でしょうし……」
できるだけすぐ収束はさせたいものの、やはり現実問題として、ある程度の時間は掛かってしまうものだ。
休むべきときは、しっかり休む! 食べるときは、しっかり食べる!
……そういえば私は民家を転々とまわっていたけど、外では派遣団の人たちが炊き出しをしてくれている。
キリが良くなれば、私も何か食べたいところだけど――
「……ところで、疫病が発生した原因って分かりますか?」
この話を忘れるわけにはいかなかった。
結局疫病の型は最初の3つしかなかったものの、『疫病の迷宮』が原因であるなら、また別の疫病が発生する可能性が十分にあるのだ。
「はい……。村の若者が、ここから南の盆地で恐ろしいものを見た……というのが発端です。
その者は村まで戻ることはできたのですが、そのまま倒れてしまい、そして疫病が――……という流れでございます」
「……恐ろしいもの? それって、何でしょう?」
「アイナ様に診て頂いた中に、挙動不審な者がおりませんでしたか?」
村長さんの言葉を受けて、診てきた村人のことを思い出す。
そう言えば最初の方に、視線がおぼつかない人が3人いたっけ。何だかそわそわ、びくびくしていたけど――
「心当たりはありますね。もしかして、その人たちが恐ろしいものを見た、と?」
「はい、その通りです。
私の方で確認したところ、太く大きな唸り声を上げて蠢く、巨大な魔物がいたと……。
大地を揺るがし、正気を奪うほどの違和感を放つ魔物……だと言っていました」
……なにそれ。
もしかしてラスボス? 倒したら世界に平和が訪れちゃう系?
……そんなわけは無いか。
「それが疫病の原因だとしたら、対処しておかないといけませんね。
魔物……であるなら、いずれ向こうから来てしまうかもしれませんし」
「はい……。しかしこの村には戦士はおりません。王国に掛け合うにしても、なにぶん距離が遠く……。
それに加えて、王国への橋渡し役になっていたクレントスの領主様も、先の戦いで幽閉されたと聞いておりますし――」
……クレントスの領主様。
それって、ヴィクトリアのお父さんのことだよね?
「アルデンヌ伯爵って、仕事はちゃんとしていたんですね」
「ははは……。しっかりと上納金は取られていましたけど……」
そう言いながら、村長さんは力無く笑った。
……ダメだ。アルデンヌ伯爵、やっぱり失脚して良かったんじゃないかな?
でも、だからこそ、ここはアイーシャさんの良さを伝えておくべきだよね!
「今回の派遣団は、クレントスのアイーシャ様が率先して編成したものです。
アイーシャ様はこの村の疫病について心を痛めており、早期の解決を願っています。
……つきましては、その魔物討伐も私たちが対応いたしましょう」
「えぇ!? そ、そこまでやって頂けるのですか!?」
「もちろんです、早くこの村に平穏を取り戻りましょう。
そうでなくても冷害が広がっているのですから」
――まぁ、その冷害も元を正せば私のせいなんだけどね……。
……本当に、みなさんには迷惑を掛けてしまっている。
だからこそ、できる限りの対応は私の方でしなくてはいけないのだ。
「ありがとうございます。
まさかあのアイーシャ様に加えて、『神器の魔女』のアイナ様にまで助けて頂けるなんて……」
「困ったときはお互い様ですよ!
私は裏切者は許しませんけど、仲間は見捨てませんから!!」
……ここでさりげなく、裏切りをしないように含めておく。
先にこう言っておけば、あとから裏切られたとしても、遠慮無く酷い目に遭わせることができるのだ。
心の中ではどう思ってくれても良いんだけど、実際に裏切られるといろいろと面倒だからね。
それに加えて、やっぱり精神ダメージを結構受けちゃうわけだし。




