382.戻るもの
今日は一日、まるっとお休み。
『野菜用の栄養剤』の件もひと段落しつつあるということで、今日は思い切って予定から除かせてもらったのだ。
そして今は、昨日アイーシャさんから言われたお屋敷に、三人で向かっていた。
まずは様子を見て、問題無ければ引っ越しを決めよう……という流れだ。
「アイナさん、またお屋敷持ちですね!」
「あはは、それに加えて無料です。いや、ありがたいことで……」
「地図を見る限り、クレントスの高級住宅地の場所ですね。
辺境都市とは言え、それなりに貴族や富豪はいますから」
「それなら治安は良いのかな?
でも、私が住んで治安が悪くなったら近所迷惑だよね……」
「大丈夫だと思いますよ。
アイーシャさんのお屋敷のまわりも、特に治安が悪いということはありませんでしたし」
……むしろ逆に、他のところよりも治安が良い感じではあったかな。
それなら私たちが住むことで、治安が良くなれば問題無いって話か。
「ところでアイナさん、お屋敷を持つことになるなら、また使用人を雇わないといけませんね」
「そうなんですよ。あれって案外、手間なんてすよね……」
誰でも良いというのであれば、比較的簡単に済ませることができるだろう。
しかしそういうわけにはいかず、できるだけ信用のおける人を雇わなければいけないのだ。
いっそ王都でお世話になっていたみんなが来てくれれば安心できるんだけど――それを期待するのも現実離れしている。
王都を離れてからずいぶん時間が経っているし、きっとみんな、それぞれの生活を始めていることだろう。
「えっと、一応業者の人……というか、斡旋してくれる人?
アイーシャさんがお屋敷の方に呼んでくれたみたいなので、まずは相談してみることにしましょう」
こういうことは、まずはプロに任せよう。
素人が心配するよりも、ひとまず専門家に考えてもらうことが肝要なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地図で示された場所に行くと、大きなお屋敷が見えてきた。
王都のお屋敷よりも庭は少し狭いが、建物自体は少し広い感じ。そして全体的な雰囲気は、前のお屋敷と大体同じ感じだった。
「……庭が控えめですね。
他のお屋敷も集まっているから、まぁそんなものかな?」
この規模であれば、レオノーラさんにはまた『居住スペース』と言われてしまいそうだ。
……個人的にはこれくらいの方が、全体も見られるし、良いと思うんだけど。
「アイナ様、正門に誰かいますね。
馬車が何台も止まっているようですが……」
「アイーシャさんが言っていた斡旋の人かな?
斡旋にしては、馬車があんなに……?」
まさか斡旋する候補の人を全員馬車に乗せているわけもないよね?
一体何だろう……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すいません、アイーシャさんに言われて来たのですが」
「は、はい! アイナ様ですね!
お待ちしておりました! 少々お待ちください!!」
馬車の近くの男性に声を掛けると、彼は慌ててそう言って、遠くの馬車に駆けていった。
「……怖がらせちゃいましたかね?」
何だか若そうな人だったし、緊張してしまったのかな?
もしかして、『神器の魔女』を怖がっているのかもしれないけど。
そんなことを考えていると、何人かの男性が私たちの方に駆け寄ってきた。
「――アイナ様! お久し振りでございます!!」
「うわっ!?」
最初に話し掛けてきた男性に、私はとても見覚えがあった。
それは王都でお世話になった商人の――
「お、お久し振りです、ポエールさん」
「はい! 覚えていて頂き、誠にありがとうございます!」
ポエールさんは、ピエールさんの弟さん。
王都でお屋敷の面倒や使用人の斡旋をしてくれたのが大商人のピエールさん。
そしてその弟が、このポエールさんだ。
……まさかこの人にまで、クレントスで会うことになろうとは。
「ところでポエールさん、何でこんなところに? 出張か何かですか?」
「このたび、私は兄の元から独立することになったのです!
本当はまだまだ修行をしたかったのですが、好機を見逃すわけにもいきませんので」
「……好機って?」
「はい! 私はピエール商会の中でも、アイナ様の担当をさせて頂いておりました。
然らば引き続き、アイナ様の担当をすべく、クレントスまで馳せ参じた次第です!」
ポエールさんは元気良く、びしっと言い放った。
まわりの人たちもそれに倣い、びしっと立っている。
「え、えぇ……?
それはそれでありがたいんですけど、そんなに用事はありませんよ……?」
今回だって、使用人を斡旋してくれればそれでおしまいだ。
ここで他にやることがあるなら良いけど、もしも私のことだけであれば、ずっとこの地に留まってもらうのも申し訳ない。
「それだったらそれまでです。
しかし私の商人の感覚が、それだけでは済まないと言っているのです!
アイナ様、我らの覚悟をどうぞお受け取りください!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
ポエールさんの言葉に続き、まわりの人たちが一斉に挨拶をする。
見た感じ、ポエールさんの直属の部下なのだろう。
「ま、まぁ……。
でも、仕事があるかは本当に分かりませんよ? それで良いなら、末永いお付き合いを……」
「ははっ! ありがとうございます!
このポエールの商人人生を懸けまして、アイナ様のお役に立ちましょう!!」
ポエールさんは満面の笑みで、自信たっぷりに言った。
……ただ、ポエールさんの『商人の感覚』に、私は何となく思うところはある。
ちょうど昨日、アイーシャさんからは『私の国』の話を聞いていたところだ。
仮に、仮にだけど――
私がこれから国を作るのであれば、私を追い掛けてきたポエールさんには、大きな仕事と莫大な利益がもたらされるかもしれない。
それを嗅ぎ付けることができたのであれば、その『商人の感覚』は大したものということになるだろう。
……今はどうなるか、本当に分からないんだけど。
「ところで、今日は使用人を斡旋してくださると聞いていたのですが」
「はい、今日は最低限の者たちを連れて参りました!
簡単にですが、こちらに略歴を記載しております」
そう言うと、ポエールさんは私に書類を渡してくれた。
そこには使用人候補の名前と特徴が記載されている。
もしかして――……とは思ったものの、私の知っている名前は記されていなかった。
そりゃ、そうだよね……。
「ありがとうございます。それではお屋敷の中で紹介して頂けますか?」
「かしこまりました!」
「ところでこのたくさんの馬車は何でしょう?
来て頂いた方が全員乗っていても、こんなには要らないと思うのですが……。
他の取引でも控えているんですか?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくださいました!
こちら、私からアイナ様たちへの手土産となります!」
「手土産?」
「ささ、どうぞ中をご覧ください!!」
ポエールさんに案内されるまま、私たちは一台の馬車を覗き込んだ。
「……わ!? これって……!!」
――そこには、懐かしいものがたくさん乗せられていた。
そのすべてに見覚えがある。それは、私が王都のお屋敷に残してきたもの――
「はい、アイナ様の王都の屋敷にあったものです!
……残念ながら、あの屋敷の権利は王国によって剥奪されてしまいましたが、残されていたものはすべて回収してお持ちした次第です!」
「あ、ありがとうございます……。
……ええ、本当に……これは、何よりの手土産です……」
王都での暮らしは、それなりに満足したものだった。
逃亡生活のためにすべてを無くしてしまったと思っていたが、こうして幾ばくかの欠片が戻ってきてくれたのは、本当に嬉しかった。
「ポエールさん、2メートルのガルルンは無かったんですか?」
私の横で、エミリアさんがポエールさんに聞いた。
「2メートル……。ああ、ぬいぐるみの話ですね!
それも白兎亭の協力のもと、中身は抜かせて頂きましたが、お持ちしましたよ!」
「ですって! 良かったですね、アイナさん!!」
「……エミリアさん、最初に心配するのがそこなんですか……?」
「えへへ♪」
誤魔化すように笑うエミリアさんが、何とも可愛かった。
それにしても、ガルルンのぬいぐるみまで戻ってくるとは……。
それなら、もしかして――
「あの、お店の入口に鐘を取り付けていたのですが……。
それも、もしかしてあったりしますか……?」
「……申し訳ございません、それについてはひと悶着ありまして……」
「ひと悶着?」
「はい。そもそもは搬出の対象では無かったのですが、何者かによって盗まれてしまったそうなのです。
荷物を搬出する者が襲われて、気付いたときには……」
「そ、そうですか。
……確かに良いものだったけど、何で盗むんだろう……?」
お店を開いていれば、鐘を気に入ったお客さんが盗もうとしたかもしれない。
でも、そもそも開店なんてしていないわけで……。
――まぁ他のものは戻ってきているし、あまり贅沢は言わないでおこう。
ただ、鐘をくれたジェラードには申し訳なくなってしまうなぁ……。




