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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第8章 魔女に集いて
381/911

381.新たなる指針

 一週間後、私はアイーシャさんの執務室に呼ばれていた。


「ふぅ……。

 アイナさん、お待たせしました」


「いえ、全然」


 書類の確認作業が大量にあるらしく、アイーシャさんは最近になってもあまり休めていないようだった。

 立場ある人はこんなにも大変なのか。

 ……私は一生、お気軽に過ごしていきたいものだ。


「それにしてもアイナさんが、アドルフと知り合いだとは思ってもいませんでした。

 ミラエルツで鍛冶師に会ったとは聞いていましたけど、まさかアドルフだったなんて……」


「アイーシャさんって、アドルフさんのことをご存知だったんですか?」


「ええ、夫のお気に入りの鍛冶師だったんです。

 昔ね、私にこっそりとアクセサリをくれたこともあるんですよ」


「へぇ……。アドルフさん、隅に置けませんね!」


「ふふふ♪ そうねぇ、何だかとっても懐かしい……」


 そう言うと、アイーシャさんは優しい顔をしながら紅茶に口を付けた。



「――ところで、今日は何か用ですか?」


「ええ。今日はいくつかあるんですけど……。

 まずは『野菜用の栄養剤』の件」


「はい」


「順調に配布できているんですけど、素材の方がそろそろ尽きそうなんです。

 冒険者を編成して採集に当たっていましたが、それが限界……ということですね」


「ああ……。かなりの量の素材を使いますからね……」


「でも薄めて使っても効果が高いから、そろそろ大丈夫かと思うんです。

 あればあるに越したことはないけど、しばらくは凌げる……という感じでしょうか」


「それは良かった……」


「育った野菜が少しだけ入荷されてきたんですけど、とても美味しいみたいですよ。

 農家や農村の方でもいろいろと研究が進んでいますし、きっと何とかなるでしょう」


「……研究、ですか?」


「『野菜用の栄養剤』を使えば栽培期間がとても短くなるので、冷えないように温めたりして、いろいろな野菜を試行錯誤して作っているようです。

 アイナさんばかりに頼りっきりでは申し訳ないですしね」


「なるほど、みなさんの知恵を借りられれば心強いです!」


 三人寄れば文殊の知恵。

 人数がさらに増えていけば、単純計算ではどんどん良い知恵が出てくることになる。

 『野菜用の栄養剤』という種は私が撒いたのだから、引き続き育てていってくれる人がいるというのは、私としても嬉しい限りだ。



「……ところでアイナさん。街中で賞金稼ぎに何度も襲われていると聞いています。

 治安が悪くて、本当にごめんなさい」


「いえいえ、私がのこのこと出歩いているだけですから。

 それに、懸賞金を懸けられている私が悪いというか……」


「そこでね、新しく条令を作ろうと思うんです。

 クレントス限定ではありますが、アイナさんたちに危害を加えたら厳罰を――って」


「ええ……? 何だか逆に、悪目立ちしませんか?

 それならいっそ誰でも何でも、悪いことをしたら厳罰を……にした方が良いのでは」


「広範囲にあまり厳しくしすぎると、やっぱり難しいところがあるんですよ。

 人間は清濁を合わせ持つものですから」


「うぅーん……。

 私としてはまだ大丈夫なので、もう少し様子見でも……」


「そうですか? では一旦、そうしておきましょう。

 ただ、例え懸賞金が無くなったとしても、アイナさんはこれからずっと狙われることになりますからね?」


 アイーシャさんの真面目で真っすぐな視線が私を貫く。

 確かにお金だけじゃない。私にはとても優れた錬金術があるのだから、それを狙う輩も当然のように出てくるだろう。



「――……はぁ。

 本当、これからどうしたら良いものか……」


「そう、思ってますか?」


「え?」


 私のふとした言葉に、アイーシャさんは思わせ振りな感じで聞いてきた。

 私としてもこの状況は何とかしたいのだ。結局のところ、まったり平和に暮らしたいだけなんだけど。


「……アイナさん。私はクレントスで王国に反旗を翻して、今はようやく束の間の平和を手に入れました。

 きっとこれから、いろいろな問題が噴出してくるでしょう」


「そうですね……。すぐにどうにでもなることばかりでも無さそうですし……」


 それは素直な私の受け止めだ。

 目の前で起きている冷害、大凶作の問題は、本来であれば起こるはずの無いものだった。

 だからこそ、この解決は前提であって、そのあとにはまだまだ様々な問題が続くはず――


「……私もね、もう歳だから……そこまでは長くないと思うんです。

 まったく、どこまで出来ることか……」


「そんな弱気なことを言わないでください。

 病気や怪我なら、私が治しますので!」


「ありがとうございます、頼りにしていますよ。

 ただ、それでも人間には寿命というものがあるんです」


「錬金術には――」


「……ええ。不老不死を得る薬や、寿命を延ばす薬だってきっとあるでしょう。

 でもね、私は天寿をまっとうしたいの。それで、胸を張ってあの世で夫に会いたいわ」


 その言葉に、私の胸は痛めつけられた。

 何がどう、ということは無い。アイーシャさんは、今の人生を全力で生き抜こうとしている。……ただ、それだけだ。


「そうですね……。ええ、それが一番だと思います……」


 ……人はそれぞれ、価値観が違うもの。

 基本的にはそれぞれが自由に生きて、自身でその責任を取っていけば良いと思う。


 例えば不老不死の選択肢があったとしても、全員が全員、それを望むことは無いだろう。

 選択した人だけがそれを手にして、そのあとは自身で責任を取っていけば良いのだ。



「――アイナさん。あなたは私の恩人。私、あなたには幸せになってもらいたいんです。

 きっとこれから、たくさんの試練や苦難が待ち受けていることでしょう。

 だから、あなたにはあなたを護る力を手に入れて欲しいの」


「私を、護る力……?」


 ……仲間がいる。

 神器だって1本ある。あまつさえ、2本目すら手に届くところにある。


 しかしそれで自身を護れるかと言えば、なかなか難しいところもあるだろう。

 王都からクレントスに戻る間だって、仲間がいて、神器があったが、危ない橋を何回も渡ってきたのだ。


 それなら、一体どうすれば――



「アイナさん。あなたには誰も追い付けない、錬金術の力がある。

 それを使って――『国』を作ってみない?」


「は……?」


 それは思い掛けない、壮大な提案。

 私が……国を作る? 例えばヴェルダクレス王国のような――……いや、大国すぎて例にはならないか……。


「さすがにそれは……あはは」


「きっといつか、クレントスでもあなたは狙われるようになってしまう。

 他の場所へ、他の国に逃げたところで同じでしょう。

 ……身分を隠して生きていく? そんなの、私が嫌なんです」


 アイーシャさんの顔は真面目そのものだ。

 突拍子も無い話ではあるが、気恥ずかしさや照れなどは一切無い。


「……もしかして、以前から言っていた『相談事』っていうのは――」


「そう、この話。

 私はあなたを護りたい。でも、私にはずっとは無理。だから、アイナさん自身がそれを目指して欲しいの」


「……すいません、あの、何と言って良いものか……」


 それは私の純粋な思いだった。

 今の今まで考えたことが無かったこと。しかもすぐに答えを出すことなんてできないこと。


 ……常識的に考えれば拒否して終わるところではあるが、確かに私が国を作ってさえしまえば――



「……ええ、よく考えておいてくださいね。

 ただ、私は私でやりたいことがあります。だから、クレントスは譲りませんよ♪」


「あはは……」


 そうすると、0からスタートかー……。

 でも国って、そんなに簡単にできるものなのかな……。


「それでね、アイナさん。

 私としてはずっとでも良いんですけど、そろそろ肩身は狭くなってきていませんか?」


 アイーシャさんはそう言うと、クレントスの街の地図を出してきた。


「この場所にお屋敷があるんですが、こちらに引っ越してみませんか?

 今回の戦いの褒賞ということで、無料で差し上げますから」


「へ?」


「王都ではお屋敷を持っていたんでしょう? それなら他人の屋敷でずっと燻っていてはダメです。

 ……きっとまた、いろいろと運勢が開けてきますから。ね?」



 ――思わぬ形で、またお屋敷が転がり込んできてしまった……。


 まぁ『国』は置いておいて、ひとまずは『自分のお屋敷』を作っていけば良いか。

 確かに言われてみれば、ずっとアイーシャさんのところに居座るわけにもいかないし……。

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