38.酒場の優男①
「はい、今日もお疲れ様でした!」
「「お疲れ様でした!」」
日も暮れた後、宿屋の食堂で夕食を前にしながらの労いの挨拶。
今日は朝から冒険者ギルドの依頼を2件こなしたけど、やっぱりそれなりに疲れたね。
「今日の報酬は……ガルーダ討伐で金貨1枚銀貨25枚、岩盤破壊で金貨2枚銀貨25枚……っと。
合計で金貨4枚分だね」
「そうですね。これくらいのペースでいけば諸々の出費を差し引いて、1日あたり金貨2~3枚程度は稼げそうですね」
「ふむふむ、なかなか……かな?」
「それにもし怪我をしても、アイナさんや私がいますからね。
怪我をしてしまうと普通は治すのに時間やお金が掛かりますが、このパーティならそういったところは大丈夫そうですし」
「怪我が治るまでは依頼を受けられなくなりますからね。
……とはいえ油断していると全滅ということも考えられるので、引き締めるところは引き締めていきましょう」
ルークがエミリアさんの言葉をフォローする。全滅なんてしたら治しようが無いからね。
それにしても1日の稼ぎが金貨2~3枚となると……ここでは2.5枚とすると、それで1か月稼ぎ続けるとすれば……2.5枚×30日=75枚!
……いや、さすがに毎日は厳しいから、週2日休みにすると……2.5枚×22日=51枚!
あとは私含めてお小遣いとお給料的なものを渡しておくとすれば……残るのは40枚くらいかな?
さすがに金貨40枚もあれば、一旦ミラエルツでの金策は終わらせても良さそうだ。
むしろ少し多めの感じもするし、そうしたらこの街で色々と買い揃えるのも良いかもしれないね。
それに1か月もあれば、セシリアちゃんからのガルルンの置物が少しは届くだろうし。
一旦それを受け取ったら、王都を目指して先に進むのも良いかな。
うん、1か月か。何かキリが良いし、ミラエルツの滞在は1か月にしよう!
「――ところでさ、特に問題無ければミラエルツには1か月滞在しようと思うんだけど、どうかな?」
「長すぎもなく、短くもなく、私は良いと思います」
「アイナさん、私も大丈夫です!」
ミラエルツはクレントスから王都への道のりのおおよそ三分の一。
王都へはまだまだ遠いのだから、ミラエルツであまりのんびし過ぎても仕方ないからね。
「それじゃ1か月滞在で。それまではこの街でいろいろやってみよう!」
「はい、分かりました」
「私も分かりましたー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事も終わって歓談中。
エミリア春のパン祭りの話をしているときに、私たちに話し掛けてくる人がいた。
「やぁ、こんばんわ。今晩はとても良い夜だね。一緒に遊ばないかい?」
見るからにキザな優男……といった感じの男。
こういうのはきっぱり断らないと面倒になるよね。というわけで――
「はい、間に合ってます」
ばっさり。
「おや、つれないなぁ。でもそういうの、僕は好きだよ?」
あーもう、うっとうしいー。
ルーク、どうにかして――と思った瞬間には、ルークは既に優男の後ろに回っていた。
「おい、貴様。失礼な口で話し掛けるな」
「あいたたたっ!!」
優男は途端に痛がり始めた。
どうやらルークが優男の左腕を取って、後ろ手に関節をきめているようだった。
「ちょちょちょ、穏やかじゃないな。ちょっと誘っただけじゃないか!
それよりもいいじゃないか、2人もいるんだから! 1人くらい僕に――」
「黙れ。まだ言うなら、折るぞ」
「ッ!! 折れる折れる! 止めろー!」
ひー、ルークが珍しく怖いー。
数秒後、ようやくルークが優男の左腕を振り払うように手を放した。
優男はそのまま床に倒された。――受け身も取れずに。
「ちょっとお客さん! 喧嘩は困りますよ!」
優男が倒された後になって、ようやく店員が来た。
ただ、そんな怒ってる様子も無くて、むしろ――
「おい、ジェラード。お前もいい加減にしてくれよ。他の客の迷惑も考えてくれ」
……とだけ言って、去ってしまった。
つまり私たちにもこのジェラードという優男にも、特にお咎めは無し……といった感じだった。
「く……。はぁ、あいたたた……。
……さぁて、それじゃ今日はこの辺でお別れにするよ。レディたち、また今度ね」
そう言いながら投げキッスを送ってくるジェラード。
く、この世界に反射魔法があるなら使いたいくらいだ。
「そして君――」
ジェラードはルークの方に向き直る。
「今度は僕も一緒に飲ませておくれ★」
「まだ懲りて――」
ルークの言葉を待たず、ジェラードはその場から去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はぁ。何だったんだろうね、あの人。
あ、ルークも追い払ってくれてありがとね。あの人、何だかぐいぐい来るタイプだったから、私たちだけだったらちょっと困ったことになったよね」
「そうですね! 追い払うっていっても、私には攻撃魔法しか無いですし……」
ガルーダをも撃ち落としたシルバー・ブレッドですかね……。
確かにそんなの使ったら大怪我させちゃうけど……。いや、いざとなれば仕方ないよね?
「アイナ様もエミリアさんも、ああいった輩にはご注意くださいね」
「「はい」」
ルークの言うことに、2人して素直に返事をしていた。
――そこへ、酒場で飲んでいた逞しい男が声を掛けてきた。
「よう、兄ちゃんたち、大変だったなぁ。でも見ていてスカッとしたぜ!
ジェラードのヤツも、いい加減に鬱陶しいしな」
「ジェラード……って、さっきの人ですよね? 店員さんも知っているようでしたけど」
「ああ、この辺りの酒場じゃ有名だぜ!」
「へぇ……? どういった方なんですか?」
「おう、話してやっても良いぜ」
そう言いながら男は空のグラスを煽った。
「――おおっと! 酒が切れちまったぜ。あー、切れちまったナー?」
……。進んで教えてくれる奇特な人がいるなぁと思っていたが、何てことは無い。酒をおごれということか。
少し悩ましいけど、しばらくミラエルツに滞在することだしひとつの情報として聞いておこうかな。
ということで私の取る選択肢はひとつ。
「あ、はい。お好きなものをどうぞ? 何を頼みましょうか――」
「お、嬢ちゃん気が利くね。おーい、マスター! 一番高い酒を頼む!!」
――おおおおおい!!?
「よし、それじゃ話してやろう!」
注文を完了させた男はルンルン気分だ。
ちょっと待って? 一番高い酒ってどれ……? えぇっと、1杯で金貨1枚。な、なんでこんな酒場にそんなお酒があるのー!?
そんな私の思いとは裏腹に、男は話し始めた。
「そう、ヤツの名前はジェラード。ジェラードはとても有名なんだ……。というのもな、女へのナンパがうざいんだ!」
「そ、そうですね。私たちもそれで声を掛けられましたし……」
「だろう? この街の宿屋や酒場をハシゴして、毎晩必ずどこかでナンパしてるんだぜ? 嬢ちゃんたちもこの街にいる間は気を付けろよ!」
「そうですね、分かりました」
そこに店員さんが酒を持ってきた。
「はいよ、『一番高い酒』」
「お、来た来た♪ ……っておい! これ、いつもの安酒じゃねぇか!」
「生憎とうちには『一番高い酒』なんて名前の酒は無いからな。
旅のモンつかまえてケチなタカリしてるんじゃねーよ!」
店員は男に注意してから、こちらにウィンクを送ってきた。
店員さん、グッジョブ!!
「……ところで、ジェラードさんの話って、まさかそれだけじゃないですよねぇ……?」
私はにっこりと男に圧力を加える。
「お、おう!? ……嬢ちゃん、無駄に迫力というか胆力があるな……。
うーん、注意したいことはもう注意したし……。まぁ安酒になっちまったけど奢ってくれたわけだしなぁ……」
「奢るの取り消しても良いですよ?」
「いやいや! これはもうタダ酒だから! 今さら金払う気なんて湧かないから!」
……何だその論法は……。
「それじゃもう少し、何かお願いします♪」
「うーん、そうだな……。ここからはもうそんなに面白くない話になると思うが、それでも良いかい?」
聞いてみてつまらなかったら止めよう。というか、今までのところでも特に面白いところは無かったけど。
そう思いながら、続きを聞くことにした。