376.兄妹喧嘩?
冒険者ギルドの食堂で、私たちは四人でテーブルを囲んだ。
昼食が全員まだだったので、一緒に食事をすることしたのだ。
「――改めまして、ケアリー・アリム・スプリングフィールドです。
そういえばフルネームは初めてですよね」
「そ、そうですね……。
改めまして、アイナ・バートランド・クリスティアです」
「うふふ♪ アイナさんのことはもう知ってますよ!」
……それもそうか。
何回も冒険者カードを見せているし、それに私の名前は今や誰もが知るところなのだから。
「ケアリーさん、初めまして。
私はエミリアです。アイナさんとずっと一緒に旅をさせてもらってます!」
「初めまして! 司祭様なんですね、素敵です!」
「えへへー♪」
ケアリーさんの褒め言葉に、エミリアさんは素直に嬉しそうだった。
「えーっと、それでもう一人の仲間が……」
「……ルーク」
「お兄ちゃんは知ってるよ!」
何となく気まずそうに言うルークに、ケアリーさんのツッコミが飛んだ。
ケアリーさんのこんな言葉遣いは初めて聞くし、やっぱりなんだか親しさを感じてしまう。
「それにしてもケアリーさんって、ルークの妹さんだったんですね。
二人とも何も言わないから、まったく知りませんでしたよ……」
「すいません、うちの兄が」
「何で俺なんだよ……」
「えーっ!? だって私、アイナさんが旅立ってから連絡のしようが無いでしょう?
ようやく帰ってきたと思ったら、私とお兄ちゃんのことも知らないみたいだったし!」
「だってお前、そんなことを言う必要は無いから……」
「そんなーっ! 快く送り出した私の立場はどうなるのーっ!?」
……目の前で、ルークとケアリーさんの微笑ましい喧嘩が繰り広げられている。
何だか二人の見たことのない部分が見えて、嬉しいような、気まずいような。
「えーっと……。二人ってあまり似ていませんし、私も気付けなくてすいません……」
ひとまず着地点を見出せず、私は謝る形で話に入っていった。
正直、目の色まで違うのだから、気付けという方が無理なんだけど……。
「ははは……。兄妹とは言っても、父親が違うんです。
それに私は父親似、妹は母親似なんですよ」
「あ、そうなんだ……?」
「はい! でも、別に気にしなくても大丈夫ですよ。
みんな亡くなってしまったのは寂しいけど、何とかやっていけてますし」
「……というと、ご家族は二人だけなんですか?」
「はい。でも、もう自立した大人ですから。
……時間もそれなりに経っていますしね」
ふむ……。
私は幸いなことに、家族の死に目には合ったことが無い。
むしろ私の方が先に死んじゃって、この世界に転生することになってしまったくらいなのだ。
「それにしても、ルークも教えてくれれば良かったのに」
「……まぁ、何と言うか、ですね……。
アイナ様と一緒に妹と会うのは、どうにも気恥ずかしいと言いますか、避けたかったと言うか……」
「避けたかった? 何で?」
「妹はですね、恋愛話が好きなので……」
「……察した」
「お兄ちゃん! そういうことはバラさないでよーっ!?」
「ケアリーさん。あの、私とルークはそう言うのでは無いので」
「えぇっ!? クレントスから離れてずっと一緒だったのに、お兄ちゃん何してたの!?」
「あのなぁ……」
……何だか収拾が付かなくなりそうだ。
ルイサさんと言い、ケアリーさんと言い、何と言うか本当に親戚のおばちゃんというか……。
いや、おばちゃんと言うにはケアリーさんは若すぎるけど。
「でも昔、ケアリーさんがヴィクトリアの件で悩んでいたときって、家族に相談したんですよね?
それって――」
「はい、私です」
……やっぱり?
ルークの言葉に、私は納得する。
「アイナさん、私だって兄の相談には乗っていたんですよ!?
ほら、英雄シルヴェスター様の――」
「ちょ、お前っ!?」
……んん?
「何よーっ!
お兄ちゃんがうじうじしてるから、アイナさんを誘えばーって後押ししたの、私でしょーっ!!」
……おふぅ。
ルークと一緒に英雄シルヴェスターを見に行ったことはあるけど、まさかケアリーさんの提案だった……?
何ともかんとも、別に知らなくても良いようなところがどんどん繋がっていってしまう……。
「……私、そこで神剣デルトフィングを見て、神器を作ることにしたんですよね。
ケアリーさんがいなかったら、もしかして神剣アゼルラディアは生まれていなかったのでは……」
私の言葉に、ケアリーさんはぎょっとした顔を見せた。
「え、えぇ……!? 確かにそうかも……。
もしかして、そのせいでアイナさんを酷い目に!?」
「いや、まぁ……そんなことは無い? ……とは思いますけど」
しかし100%違うと断言する自信も無かった。
ただ、そんなことを言っていても仕方が無い。運命なんて、どう転ぶか分からないのだから。
「でも、その出会いがあったからこそ新しい神器が生まれたんですよね。
ケアリーさん、お兄さんが持っている剣が新しい神器なんですよ!」
「はぁ……。何ていうか、お兄ちゃんが神器を持ってるなんてなぁ……。
信じられないよ……」
「うるさいな……」
可愛い兄妹喧嘩はまだまだ続く。
私もさすがに慣れてきて、もはや微笑ましい感じでしか見ることができなくなってしまった。
「まぁまぁ。折角だしルーク、ケアリーさんにアゼルラディアを見せてあげて?」
「アイナさん、ありがとうございます!
ほらほら。お兄ちゃん、早くーっ!!」
「はいはい、危ないから触るなよ?」
そう言いながらルークは椅子から立ち上がり、鞘から神剣アゼルラディアを抜いた。
食堂の照明に照らされて、神剣アゼルラディアの刃や宝石が光に煌めく。
「わぁ……。アイナさん、凄いですね!
この剣はとっても綺麗で、品があって――……それで、何でお兄ちゃんが持ってるの?」
「うるさいな……」
……何だかこの兄妹、いちいち面白いんだけど……。
でも仲は悪くは無いというか、きっと私とエミリアさんがいなければ、とっても仲良く話しているんだろうな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……アイナ様。すいません、うちの妹が……」
冒険者ギルドを出て歩いていると、ルークが何やら謝ってきた。
「いやいや、全然。
ルークとの絡みも面白かったよ?」
「あはは、アイナさんもですか?
私、笑うのを凄く我慢してました……!」
私とエミリアさんが笑うのを見て、ルークは何とも複雑な顔をしていた。
しかしその顔がまた、笑いを誘ってしまうという悪循環を生み出してしまう。
「さ、さて、この話はそろそろおしまいにしますか……。
えーっとそれじゃ、これからどうします? あとはもう用事は無いから――
……あ、お菓子を買って帰らないと!」
「おお、これから行きますか!?
ルークさん、しんどいときはお菓子ですよ! お菓子を食べて元気になりましょう!」
「え? 何で突然……?」
お菓子の話は昨日の夜、エミリアさんと話していたときに出ていたものだから、ルークは当然ながら何のことかは分からない。
とりあえずお店に着くまで、そこら辺の話をしておこうかな。
……話してる間に、ケアリーさんとの兄妹喧嘩(?)のことも忘れてしまうでしょ、きっと。




