372.栄養剤、作成
しっかり眠れば、朝もしっかり頭が冴える。
それはとても当たり前のことだけど、そう過ごせなかった経験を持つ人にとっては、とてもありがたいものなのだ。
……毎日毎日、悪夢を見てしまう――とかね。
今日からはアイーシャさんの話にあった通り、『野菜用の栄養剤』をもりもり作っていくことになっている。
まずはクレントス中にある素材を集めて作って、そのあとは冒険者たちが採集してきた素材を使って作る――という感じだ。
作ること自体は私ならどこでもできるんだけど、素材のやり取りや納品があるため、私は錬金術の工房をひとつ借りることにしていた。
その工房は以前訪れたことのある場所なんだけど――
「――師匠!」
「え? ああ、レティシアさん。お久し振りです」
私が工房に入ると、すでに知った顔が3人いた。
その中で、声を掛けてくれたのは私の弟子――と言っても会うのはこれで2回目だけど、活発な感じの錬金術師の少女だ。
……2週間振りくらいかな?
「お久し振りです! 王国軍との戦い、私のところにも師匠の武勇伝が伝わってきましたよ!
魔星クリームヒルトと戦ったって……!!」
「いやいや、結局は他の人が倒しましたからね? 私は近くまで付いていっただけです」
「そうなんですか? それでも錬金術師が戦場で活躍できるだなんて、とっても信じられません!」
「錬金術って、極めれば凄いんですね!」
「さすが神器の魔女さま!!」
レティシアさんの言葉に、横の錬金術師たちも好き勝手に追随する。
でも戦場では魔法が主体だったから、錬金術を極めても戦いにはあんまり――というツッコミは胸にしまっておこう。
「ま、まぁ……そうですね。錬金術は可能性に満ちていますから……」
「さすがです、師匠!!」
「――っと、それは置いておいて。
今日はここで『野菜用の栄養剤』を作る予定になっているんですけど、みなさんは何を?」
「はい、今日は師匠のお手伝いをするように言われているんです!」
「何でもお申し付けください!」
「いろいろとご指南ください!!」
「む、そうなんですか。
……でも今回は大量に捌いていかなければいけないので、何か教えるのはまた次の機会にしたいんですけど――」
「「「分かりました!」」」
うおぅ。今いるのは3人だけだけど、何だか息もぴったりだ。
レティシアさん以外の2人は年上の男性で、性格も素直な感じ。
単純作業とか肉体作業ばかりになりそうだけど、この人たちなら我慢してくれそうかな。
「ところで師匠、用意できる分の素材は搬入が終わっていますよ!
私たちは参加していませんでしたが、夜中にクレントス中からかき集めたそうです!」
「え、夜中に?」
「一部では文句を言う人もいたようですけど、これからの食事情に関わることですからね。
早く作って、早く農家さんに届けて、早く作ってもらって――っていうことかと思います!」
……確かに、これは一刻を争う問題だ。
1日や2日遅れたところで致命的にはならないだろうけど、早く終わらせれば、それだけ作物が早く収穫できるのだ。
「それではもりもり作っていきますか。
みなさんにお願いすることは決まっていないのですが、都度決めさせて頂きますね」
「「「はい!!」」」
うーん、返事が何とも気持ち良い。
それに報いるためにも(?)、私も精々頑張ることにしよう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バチッ
「……っと、こんな感じかな」
素材をあるだけ使って、100個ほどの『野菜用の栄養剤』を作ってみる。
例のごとく、作るのは一瞬だ。
「相変わらず、師匠の錬金術はよく分からないですね。
何でこう、一気に作れてしまうのでしょう……」
「……世界がそう出来ているから?」
「おぉ、何とも深いお言葉です!」
私のこのスピードはスキルのせいだから――つまりこういう作りになっている世界のせいなのだ。
元の世界ではこの世界で言う『スキル』なんていうものは、現実的に無かったからね。
「アイナ様。素材の量の割に、これだけしか作れないのですね……」
そう聞いてきたのは、錬金術師の男性の1人だった。
「そうなんですよ。効果が高い薬だから、量があまり作れないんです。
でも少量で高い効果がありますし、これで大丈夫だと思いますよ」
「なるほど、そうだったんですか!」
「ふふふ♪ 師匠に死角があるはずなど無~いっ!!」
何故か自信満々に言い放つレティシアさん。
やめてください。フラグを立てるの、やめてください。
「それはそれとして、今日の作成分は終わってしまいましたね。
さて、これから何をしましょう」
「師匠……。まだ30分も経っていないんですけど……?」
「まぁまぁ、本番は明日からということで!
ところで急いで素材を集めていたってことは、急いで配りたいってことですよね?
誰がどう配るとかって、もう決まっているんですか?」
「その辺りは私たちは分からないのですが、昼過ぎにアイーシャ様の遣いの方が取りに来るそうですよ」
……昼過ぎかぁ。
まだ2時間以上あるから、それを待つのも時間の無駄かな……。
さて、それまで出来ること……、出来ること――
「……あ、そうだ。それなら簡単な説明書でも作っておきましょうか。
使い方を知らずに、バシャーって使われたら無駄になっちゃいますし」
「確かに、農家の方に届くまでに伝達ミスがあってももったいないですね!
さすが師匠、やっぱり死角が無い!!」
「あはは。それではその準備をお願いします」
「「「はい!!」」」
――とは言うものの、レティシアさんに何も言われていなかったら、何も浮かばなかったかもしれない。
説明書の作成は彼女の立てたフラグを回収しないように考えた結果だから、実はレティシアさんのおかげだったりするのだ。
「……いやぁ、私の弟子は気が利くなぁ」
「え?
えーっと、褒められました? やったー!!」
不思議そうな顔を見せてから、レティシアさんは良い笑顔を見せた。
やっぱり笑顔が一番だ。みんながそんな顔をできる日が、早く来てくれると嬉しいな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼過ぎまでに、全員で説明書を50枚ほど作成することができた。
説明書とは言っても簡単な内容だし、スピード重視だから文字は少し荒れているけど、この時点においてはきっと百点満点だろう。
「アイナさーん!」
「あ、エミリアさん。どうかしましたか?」
ひと段落して休憩をしていると、扉の外からエミリアさんが現れた。
昨日酒場で絡まれたこともあり、工房の外をルークとエミリアさんに護ってもらっていたのだ。
……変な場所から入られない限り、この二人の護りはなかなか突破できないだろうしね。
「あの、アイーシャさんの遣いという方が見えられたんですが」
「お、来ましたか。
聞いた話によれば、その方に今日作ったものを納品するそうなんですよ」
「そうなんですね!
えーっと、あそこにある荷物ですか? 重そうですけど、取りにきてもらいます? こちらから持っていきます?」
「持っていきます!」
「持っていきましょう!」
「仕事をください!!」
「うわぁっ!?」
エミリアさんの質問に、錬金術師の三人衆が元気良く答えた。
今日やったことは説明書を書くだけだったから、仕事をやり足りなかったのだろう。
「みなさん、お元気ですね!
それではアイナさん、遣いの方にはそのまま待ってもらっておきます。
外に出てすぐのところにいますので、そこまで持ってきてください!」
「分かりました。
それではみなさん、よろしくお願いします!
……ゆっくりで良いので、落とさないようにだけ気を付けてくださいね」
「「「はい!!」」」
……今回の『野菜用の栄養剤』も、これからいろいろな場所に持ち運ばれるだろうし、容器のことももう少し考えても良いのかな?
でも丈夫にするには、コストも掛かりそうだからなぁ……。
もしくは梱包材みたいなのを作ってみるとか?
元の世界で言うところの『ぷちぷち君』みたいなやつ。
『付箋』もダグラスさんには好評だったし、もしかして『ぷちぷち君』も喜ばれるのでは……!!
(……あと、久し振りにぷちぷちしたいというのもあるかもしれない)




