368.改めて、四人
「アイナ様っ!!」
アイーシャさんたちとの話を終えて部屋から出ると、ルークが慌てて声を掛けてきた。
ルークの後ろにはエミリアさんがいて、心配そうに私を見ている。
「お待たせ――
……って、あれ? ルークは何でいるの?」
「オリヴァーさんが緊急で戻ると聞いて、その流れでアイナ様が襲われたと伺いまして……!!」
ああ、なるほど。そう言えばルークが行った会合って、そもそもはオリヴァーさんが誘ったんだっけ。
それなら一緒に戻ってくるのも不思議では無いか。
「私は大丈夫から、安心して?
ほらほら、それよりも何と! ジェラードさんが来てくれたんですよ!!」
「やっほー♪ ルーク君とエミリアちゃん、元気してた~?」
「「ジェラードさん!?」」
少し遅れて部屋から出てきたジェラードは、二人に明るく挨拶をした。
ジェラードのことまで聞いていなかったエミリアさんも、一緒に驚いている。
「いやー、何だか僕のいない間にいろいろとあったみたいで……。
まさかアイナちゃんがあんなに強くなってるだなんて……?
……それに、ルーク君も神器を持っているみたいだし?」
「あはは、確かにいろいろありましたね。
もうあのときには戻りたくないくらい、それこそいろいろあったんですよ」
私が明るく言うと、ルークとエミリアさんも納得するように頷いた。
散々な目には遭ったものの、私たちはようやく、何とか盛り返そうとしているところだ。
……この状況が最善かどうかは分からないけど、それでも悪い状況からはずいぶん離れることができたとは思う。
「それじゃ、申し訳ないけど僕にもいろいろと教えてくれないかな。
またアイナちゃんの役に立ちたいんだ。だから、情報を少しでも――」
「いやいや、ジェラードさん」
「え?」
私の制止に、ジェラードはきょとんとしてしまう。
「情報がどうとか、ではなくて。
ジェラードさんは私たちの仲間なんですから、今までのことは単純に聞いてもらいたいです!」
「そうですよ! 私たち、今まで大変だったんですから!!」
「まったく……。ジェラードさんがいてくれれば、もっと上手くいったのかもしれないのに……」
「え? え?
……な、何だかそこまで信頼してもらえると、とっても嬉しいんだけど……!?」
ジェラードは少し慌てながらも、私たちの気持ちを素直に受け取っているようだった。
裏の顔を多く持つ彼ではあるが、きっと私たちはそれを含めて、ジェラードのことを信頼しきっているのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お屋敷の一室を借りて今までの話を終えると、ジェラードは深い溜息を衝いた。
「――『神剣アゼルラディア』に『疫病の迷宮』、か……」
特に『疫病の迷宮』については、アイーシャさんたちにも伝えていない内容だ。
それだけに重い話であり、誰かに漏らすことも止めるようにお願いをしておいた。
……その代わりと言っては何だけど、私はすべてのことを話すことにした。
ジェラードは私にとって、アイーシャさんにとってのフルヴィオさんのような存在だ。
情報の扱いに明るいのだから、下手に隠すのは避けた方が良い。
そもそも私が信頼する仲間なのだから、明確に隠していること以外は全部伝えたかった――というのが正直なところだった。
……明確に隠していること。
今となっては、私が『異世界転生者』ということくらいなのだけど。
「――私たちの行動が、この国を大きく動かしてしまいました。
罰を受けるつもりは無いけれど、できることはしていきたいんです」
「うん……。……いや、思ったよりも、凄い話ばかりだなって。
ルーク君、エミリアちゃん。よくぞアイナちゃんをここまで支えてくれたね。ありがとう」
ジェラードの言葉に、エミリアさんは泣き出してしまった。
ルークはルークで、何やら神妙な面持ちをしている。
「……私はもっと、いろいろと上手くできたのでは無いでしょうか。
例えば今日だって、オリヴァーさんの申し出を断っていれば、アイナ様を危険な目には――」
「いやいや、ルーク?
今日は私が勝手に外に出て、勝手に巻き込まれちゃっただけだからね!?」
「そうそう、気に病むことは無いよ。
アイナちゃんが大人しく寝ていれば、僕がどうにかする予定だったんだから」
「……え? そうだったんですか?」
「うん。一人がトイレにでも行ってる間に、一人ずつ始末しようかなって」
……驚愕の事実である。
もしかして、それって――
「私、戦う必要が無かったってことですか……?」
「まさかアイナちゃんが、一人で外に出てくるだなんて思ってもいなかったからね?
弓星ですら、あれには驚いていたんだから」
「うぅ……。
最近芽生えてきた勘が、まさか無駄な戦いを生むだなんて……」
「でも、僕は感動したよ。アイナちゃんが倒した魔法使いって、かなり強い部類だったし――」
「そうですよ、ジェラードさん!
アイナさんは、英雄ディートヘルムを一人で倒したくらいですから!
私たちの中では最強と言っても良いのではないでしょうか!!」
「あぁー……。そういえば話の流れでスルーしちゃってたけど、そのときはどうやって倒したの?」
「えっと、まわりの空気の構成を変えてですね、息を吸ったら貧血を起こすようにしたんです。
私のことを舐めてくれていたんで、楽に近寄ることができたんですよ」
「へぇ、そういうことも出来るんだね……。
……でも、さっきはそうしなかったよね? 何で?」
「私、あのときは全力疾走してたじゃないですか。
息を切らせているところで、間違ってその空気を吸ったら倒れちゃうかなーって」
「た、確かにそうなったらシュールな光景だったね……。
それに、絶体絶命になってただろうし……」
「ディートヘルムと戦ったときは、風が追い風だったんですよ。
だから息を止める必要も無かったし、えいやーってやっちゃったんです」
「……そうなんだ。
でも条件付きとは言え、アイナちゃんって至近距離だと無敵だね……」
「いやいや。さっきジェラードさんと対峙しましたけど、勝てる気がしませんでしたよ?
やっぱりスピードを出されると、私にはどうしようも無いですから」
ジェラードが弓星を斬ったときなんて、正直何も見えなかったのだ。
だから、私にはもっともっと強くなる余地がある。危険を自分で解決するためにも、私もこれから頑張って強くならないと……。
「ところで、ジェラードさん。私って不老不死なんですよ」
「へー、そうなんだ♪
……って、えぇ!? 今、何かとんでもないことをするっと言った!?」
ジェラードはとても驚きながら、私たち三人を見てまわる。
「脈絡無く言ってしまったんですけど、ルークとエミリアさんはもう知っていることなので。
一応、ジェラードさんにもお伝えしておこうかなって」
「う、うん、ありがとう……?
仲間内だけの秘密ってことだよね? 他の人には黙っておくから、安心して」
「よろしくお願いします。
でもだからと言って、痛いものは痛いし、瀕死になるときは瀕死になるんですよ」
「夢物語の不老不死とは違うんだねぇ……。
怪我した端から、しゅるしゅるーって治りそうなイメージがあったんだけど……」
「それだったら楽だったんですけどね。
私は何回も寝込んでて、何回もエミリアさんに面倒を見てもらっていますもん」
「――最近思うんです。
私が生を受けた理由って、アイナさんの看病をするためなのでは――と」
私の言葉に、エミリアさんは何か悟ったように、静かに言った。
「いやいや、エミリアさん!? それは達観しすぎですよ!?」
「えぇー……」
「でも、エミリアちゃんの気持ちは分かるな。
僕だってアイナちゃんに右腕を治してもらって、人生を救われたんだ。
だから、これからは一生を懸けてそれに報いたいと――」
「ちょ、ちょっとジェラードさん!?
確かにそんな話、以前には聞きましたけど……一生とか、そういう話では無かったですよね!?」
「えぇー……」
ジェラードはエミリアさんの真似をしながら、しゅんとしてしまった。
「アイナ様、私も同感です。
私は命ある限り、アイナ様にお仕えしますので」
「ルークの場合は、そういう誓いを交わしたからね。うん、よろしく」
「えー!? ルークさんばっかりずるい!!」
「そうだそうだ! 僕たちも是非、誓いをっ!!」
「却下します」
「「えぇー……」」
私としては、仲間の中で上下関係なんて付けたくないのだ。
すでに誓いを交わしてしまったルークは置いておいて、他の人たちとは同じ立場で付き合っていきたいというか――
……まぁ、気持ちだけありがたく受け取っておけば大丈夫だよね?




