348.クレントスの夜②
「えーっと、ルークの部屋の方が近かったっけ……!?」
メイドさんをもう少し縛り上げたあと、私は廊下に飛び出した。
お屋敷の使用人が誰かいれば声を掛けようとも思ったが、見える限りでは誰もいない。
……それならさっさと、ルークの部屋に向かってしまおう。
少し離れているとはいえ、そこまで離れているわけでもない。
本当はダメだけど、他人様のお屋敷の廊下を全力で走っていく。
自分の中の記憶を辿りながら、そこがルークの部屋だということを確認してから――思い切り扉を開ける。
「ルーク!! いる!!?」
「……え? はい……」
あ。
急いでいるあまり、勢いのまま扉を開けてしまった……。
そして当のルークは上半身が裸で、ちょうど身体を拭いているところだった。
……わー、これがいわゆるラッキースケベってやつかー……。
いや、上半身だけだからセーフ? いや、男性だからセーフ?
……むむ、それってもしかして男女差別? でも、さすがにこれは――
「あの、アイナ様? 突然どうされましたか? 何か問題でも……?」
「はっ!?
そうそう! 私の部屋にメイドさんが来て、急に襲われたの!!
それで、ルークとエミリアさんは大丈夫かなって!!」
「何ですって? アイナ様は大丈夫だったんですか!?」
「うん、しっかり倒しておいたよ!」
「……さすがです」
私の言葉にルークはあまり驚かず、何となく納得するように頷いた。
……少しくらいは護られないで済むようになったかな!
「それじゃルークは大丈夫だってことで、次はエミリアさんのところに行ってみるね!」
「アイナ様、私も行きます!!」
「服を着てから来て~っ!!」
「たっ、確かに!!」
私は再度廊下に飛び出して、エミリアさんの部屋に向かった。
確かもう2部屋ほど先のところだから――って、このお屋敷、やっぱり広いな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トントントン!!
「エミリアさん! エミリアさーん!!」
トントントン!!
「エミリアさん! エミリアさーん!!」
扉を素早く叩きながら、ひたすら中に声を掛ける。
慌てているせいか、時間が経つのがやたらと遅く感じてしまう。
……しばらく経ってから鍵の開く音が聞こえて、ようやくエミリアさんが部屋から顔を覗かせた。
「は~い……? あれ、アイナさん? どうしたんですか?」
「エミリアさん!!
……はぁ、無事で良かったぁ~……」
「え? え?」
エミリアさんが不思議がっているところへ、ルークがようやく追い付いてきた。
「エミリアさん、ご無事でしたか!」
「え? えぇーっ!?
どうしたんですか、二人とも。私はずっとのんびりしてましたけど……」
「私がメイドさんに襲われたので、二人は無事かと思って確認しに来たんです」
「えぇぇーっ!? こ、このお屋敷でですか!?
……しっかり護られていると思ったのに……。そ、それよりもアイナさんは大丈夫だったんですか?」
「はい、倒しておきました!」
「……さすがです」
――あれ?
その台詞、さっきも聞いたような……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんにお屋敷の人を呼んでくるようにお願いしてから、私とルークは私の部屋に戻ってみることにした。
「む……。何やら気配がしますね……」
「ん? そうだね、メイドさんがいるから……」
「いえ、それ以外に、です。仲間かもしれませんので気を付けて――
……いや、気配が消えてしまいました。……気取られたようです」
「なるほど、私には全然分からなかったよ……」
そういう気配を感じられるようになれば、私ももっと安全にいろいろこなせるようになるのかな?
できるようになるかは分からないけど、いずれそれも検討してみよう。
そんなことを考えながら部屋に入ってみると、閉まっているはずの窓が大きく開け放たれていた。
そこからは冷たい空気が容赦なく吹き込んでくる。
「窓から逃げたの……? この部屋、3階だけど……」
「そのようですね。……もう、姿は見えないようですが」
「んー。このメイドさんを助けに来たのかな……」
私が部屋の奥を見ると、メイドさんはしっかりとそこに縛り付けられたままになっていた。
「アイナ様……。これは、一体どういう状態で……?」
ルークは不思議そうに、そのメイドさんを見下ろした。
彼女には、不思議な色に輝く鎖が巻き付けられていたのだ。
「――え? いやぁ、最悪誰か仲間が助けに来ても嫌だなって思って――
オリハルコンで鎖を作って、そのまま壁に繋ぎとめてみたんだけど……どう?」
「ど、どうも何も……。え、オリハルコンですか?」
「さすがにオリハルコンなら切れないでしょ?
私以外には解けないから、ちょうど良いかなって思って」
「……多分、オリハルコンをそんな風に使ったのは……アイナ様が初めてでしょうね……」
「あはは、そうだろうね。
でも私なら、再利用がいくらでもできるから」
しかし、よくよく見てみれば――オリハルコンの鎖が繋がれている壁に、いくつもの傷跡が付いていた。
先ほどまでいたメイドさんの仲間が、壁の方を壊そうとしたのだろうか。
うーん。……もしも壁を壊されていたら、オリハルコンを持っていかれちゃっていたのか……。
さすがにすぐ取れるようにはなっていなかったけど、後先考えずに爆発魔法でも使われていたら、もしかしたら……?
――そう考えると、この手はもう使わないようにした方が良いか。
私としても、オリハルコンはかなり貴重なものなのだから。
ひとまず開け放たれた窓を閉めていると、エミリアさんとアイーシャさん、使用人の何人かが部屋に入ってきた。
「アイナさん、大丈夫ですか!? エミリアさんから話を伺って、すぐに来たのですけど……!」
「アイーシャさん、夜遅くにすいません。
このメイドさんにナイフで襲われまして……。ちょっと縛り上げさせて頂きました」
「ッ!!
この子はしっかり仕事をしてくれていると思っていたのに、何てことを――
……アイナさん、謝って済むことでは無いのだけど、本当にごめんなさい……」
「ああ、いえ。もう慣れっ子ですので。
ただ仲間がまだいるようなので、そちらはお願いしても良いですか?」
「慣れっ子って……。
……そうよね、今まで酷い目に遭ってきたんですよね……」
アイーシャさんは彼女の目頭を指で押さえた。
同情してくれだなんて言えないけど、察してもらえるのはやはり嬉しいものだ。
「――分かりました。
直ちにこの子の仲間も探し当てましょう。そして、しっかりと罪を償わせます」
「償わせるって……?」
「アイナさん、私は前にも言いましたよね」
――私の恩人にちょっかいを出すなんて、誰であろうと許しませんから」
そう言うアイーシャさんの目は、怒りに満ち溢れていた。
そして鎖で縛り上げられたメイドさんを、思い切り睨み付けている――
……うわぁ、めちゃくちゃ怖い。
ひとまず今は、アイーシャさんが味方だったことを喜んでおこう……。
アイーシャさんは連れてきた使用人に手早く指示を出し始めた。
私はオリハルコンの鎖を解いて、そのままメイドさんの身柄を他に使用人に引き渡す。
ここで逃げられてもつまらないから、しっかりと手を拘束させてもらうことは忘れなかった。
……それと一応、最初は私ではなくアイーシャさんを狙っていたことも伝えておいた。
聞いてしまった以上、できるだけのことは伝えておいた方が良いからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そのあとはアイーシャさんにすべてを任せて、私はもう寝ることにした。
警備体制も強くしてもらったので、ルークには部屋でしっかり休んでもらうことにした。
私の部屋の前を護ると言い張っていたんだけど、明日からまた大変になるだろうから。
……せめて今日のところは、ゆっくりと休んでもらいたいものだ。




