342.状況と戦況
ひとまず私たちは、クレントスの街をゆっくりと歩いていった。
……私とルークとエミリアさん。それにエドワードさんと、獣星と合成獣。
何だか違和感があるのは、やっぱり獣星と合成獣がいるからかなぁ……。
「えぇっと……。獣星さんって、七星の一人なんですよね?
七星って、『王国軍の切り札』……とか言ってませんでしたっけ?」
「ふふふ、その通り!!
王国軍の選ばれし精鋭ッ! 遊撃部隊ッ!! それが、我ら七星ッ!!!!」
「ですよね? そんな七星が何でクレントスに――
……いやいや、そもそも今ってどういう状態なんですか? クレントスで反王政の動きがあるって聞いてはいましたけど……」
「――それは私から説明しましょう」
私が獣星に生温かい視線を送っていると、エドワードさんが話してきた。
獣星とエドワードさん――これまでの印象から、どう考えてもエドワードさんの方が説明は上手そうだった。
「お願いします。私たち、何も知らなくて」
「はい、簡単に説明しますね。
まず、反王政派――とは言っても、そもそもはクレントス領主のアルデンヌ伯爵への不満から始まったのです」
アルデンヌ伯爵……というのは、ヴィクトリアの父親だ。
詳しい話は聞いたことが無いけど、まぁアレの父親だから……まぁ多分、そんな感じなのだろう。
「……不満、ですか?」
「権力を傘に、やりたい放題だったと言いますか……。
身内に便宜を図ったり、税金を使い込んだり、諸々の組織に無理を言い続けたり――」
「はぁ……。それはさすがに、どうにかしたくなりますね」
実際、冒険者ギルドのケアリーさんもヴィクトリアから圧を受けていたようだったし。
……でも、私としては具体的にはそれくらいしか思い浮かばないかな。
「そこで立ち上がったのが我らのリーダー、アイーシャ・ルクス・アドリエンヌ様です!」
「アイーシャさん! ……私も面識はありますが、お元気にしていますか?」
「もちろんです! 今も私たちの先頭に立って、指揮を執られておりますよ。
アイナさんのことも、ことある度によく話してくださいます」
「えぇ……?」
……悪い気はしないものの、どんな話になっているかはやはり気になった。
さすがに悪い話では無いだろうけど、聖人君子みたいに扱われるのは、それはそれで何だか嫌だからね。
「――っと、話が逸れてしまいました。
アイナさんがクレントスを離れたあと、アイーシャ様がいわゆる反王政派の方々と手を組んで、そしてアルデンヌ伯爵の屋敷を占拠したのです。
アルデンヌ伯爵とその家族は、今も屋敷に幽閉されている状態です」
「おぉ……」
……ということは。もちろんヴィクトリアも一緒なんだよね?
でも、投獄じゃなくて、幽閉なんだ。……昔の仕打ちを考えれば、私としては投獄したいところではあった。
「その後はさすがに、王国側にも動きが知られてしまいました。
そこでアイーシャ様は王都の知人に呼び掛けて、情報戦に入ったのです」
「へぇ……。王都にそんな知人が……」
――って、確かファーディナンドさんがアイーシャさんと文通をしてなかったっけ?
もしかして、知人ってファーディナンドさんのこと……?
「その結果、王国軍から派兵はされたものの、協力者を多く含めることができました。
たくさんの兵士がクレントスに集められていますが、要所要所ではこちら側の味方が多いのですよ」
「へぇ……、凄いですね。もしかして、検問所もそんな感じでしたか?」
「はい、検問所は要ですからね。
そして、ずっと協力者を集めているのですが、その中でも――特にアイナさんは、重要な人物と位置付けておられました」
「え!? それはまた何で?」
「……今、アイナさんはとても有名ですから。
神器を作った偉大なる錬金術師。しかも、ヴェルダクレス王国と敵対関係にある――」
「うぐ……。確かに、私たちもクレントスで少しは落ち着けるかとは期待していましたが……」
私はついつい、ルークとエミリアさんと顔を見合わせた。
苦笑いしながら、何とも反応に困ってしまう。
「いえ、ご安心ください。
アイーシャ様の直属で、王国側の情報を鵜呑みにする者はおりません。王都で何があったのかは、アイーシャ様にお話を頂ければと思います。
何と言っても――」
そう言うと、エドワードさんはルークを見ながら、彼の胸を拳骨で軽く叩いた。
「――お前が『竜王殺し』だなんて、そんな大それたことをやるとは思えねぇしな♪」
「はは……。どうだかな……」
ルークは不敵な笑みをエドワードさんに返した。
……何だかとっても男の友情っぽい。端から見ていて、どこか気持ちが良いものだ。
「経緯は大体分かりました。
それで、今の戦況はどんな感じなのでしょう。南門の方に、ずいぶんと兵士が陣取っていましたけど」
「今は膠着状態にあります。
向こうは戦力を補充してから攻めるつもりのようですが、それは上手くいっていないようですね」
……戦力の補充。
呪星ランドルフが率いていた部隊は『疫病の迷宮』で全滅させたし、英雄ディートヘルムと一緒の部隊は敗走させた。
案外、ここら辺は私たちも一役買っているのかもしれない……?
「……とすると、こちらから攻めるなら今のうち、という感じでしょうか」
「そうですね。ただ、こちらも戦力が十分ではないのです。
状況が状況ですから、物資もなかなか滞っておりますし……」
ふむ……。
でも、物資補給なら私の得意とするところだ。
それに戦力なら、私たちがアイーシャさん側に付くことで一気に増加が見込めるだろう。
何せ、神器持ちのルークがいるのだから。
「……クレントスは私も思い入れがある街です。だから、ずっとこのまま……というのは嫌ですね。
私たちも是非、アイーシャさんのお手伝いをさせてください」
「おお! アイナさんが力を貸してくれるなら百人力です!!
ルークも頼むぞ!! ……えっと、それから――」
エドワードさんはエミリアさんをちらっと見た。
この二人は、今回が初対面だ。
「私はエミリアと言います。
通りすがりの聖職者ですが、支援はお任せくださいね」
「エミリアさんですね、よろしくお願いします!
はぁ……、ルーク。お前、両手に花で旅しやがって、この野郎……」
「はは……。お前もいてくれたら、ここまでの旅もずいぶん楽だったんだがな……」
ルークはエドワードさんを見ながら、しみじみとそう言った。
さりげに言ってはいるが、心の底からの本心なのだろう。
「……お前も、やっぱり大変だったんだな。……なぁ、たまには飲まないか?
今夜あたり、予定が無ければ……さ」
「ひとまずはアイーシャおばちゃんに会ってからだな。
ただ、俺はアイナ様をお護りしなければいけないから――」
……いやいや!?
安全さえ確保できれば、別に飲みに行くくらいは良いんじゃない!?
「ルーク、少しくらいは大丈夫だよ!
エミリアさんもいてくれれば、どうにかなるから。ね?」
「そうですか?
……そうですね、アイナ様もずいぶんとお強くなられましたし……」
「え? アイナさんって、強いのか?」
ルークの言葉に、エドワードさんが不思議そうに聞いてきた。
「神器を持った英雄ディートヘルムを、一人で倒すくらいには強いぞ?」
「は? ……最強じゃん」
エドワードさんは、信じられないような目で私を見てきた。
……おぉ? これはちょっと、勘違いな空気が……!!
「ルーク!? もう少し言い方をだね……!?
えぇっと、エドワードさん。あれはちょっとした不意打ちっていう感じで戦ったんですが――」
私は誤解を解くように、慌てて説明をしようとした。
倒したのは事実だけど、尾ひれが付いて話が広がるのはやっぱり嫌だし。
「……しかしアイナさん。不意打ちとは言っても……普通は英雄なんて、倒せないですからね……?」
「確かに」
エミリアさんのフォローもするりと入ってきてしまった。
それはその通りで、確かにそうなんだけど――うーん、まぁ良いか……。ひとまず、また変なあだ名が付かなければ良いのだけど……。
――そんな感じで話をしながら歩いていると、ルイサさんの宿屋が次第に見えてきた。
クレントスに滞在中、私がずっとお世話になっていた宿屋だ。
一泊金貨1枚の部屋に泊まっていたんだよね……。
その使いっぷりも含めて、何だか懐かしいものだ。
「……ところで、ルイサさんもお元気ですか? ……というか、エドワードさんはご存知でしたっけ?」
「あ、はい! ルイサさんは今、アイーシャ様のサポートを行っているんですよ。
宿屋の方は、従業員の方に全部任せているそうです」
「そうなんですか。……ルイサさんが戦うイメージって、あまり持てないなぁ……」
「いえ。戦いではなくて、食事や身の回りのところですね。
アイーシャ様とはもともと知り合いだったそうなのですが、アイナさんにお世話になったことで、意気投合したそうです」
「そ、それはお役に立てて何より……」
「お二人とも、アイナさんに会いたがっていましたよ。
今日はこのままご案内しようと思うのですが、よろしいですか?」
――それはもちろん、私の望むところだ。
純粋に二人に会いたいということもあるけど、さっさとこの街の問題を解決したい。
改善さえされれば、アイーシャさんの庇護下ということにはなるだろうけど、私たちの平穏がきっと訪れるはずだ。
……100%そうなるとは言い切れないけど、他の街に比べれば、その確率はずっと高いだろう。
「――はい。是非、よろしくお願いします!
早々にこの戦いを終わらせてしまいましょう!!」
ひとまず『神託の迷宮』に行くのは、クレントスの問題を解決させてからにしようかな。
……何が起こるかまったく分からないし、それなら安全な拠点があった方が、絶対に都合が良いからね。




