336.改めて、三人
――その場から撤退する敵を見ながら、私はようやく一息つくことができた。
負ける気はしなかったとはいえ、やはり大勢の前で啖呵を切るのは緊張する。
しかも相手は屈強の男たちで、そして大人数だったのだ。
極度の緊張から解き放たれた私は、身体から一気に力が抜けてしまった。
「……っと」
私が体勢を崩したとき、後ろにいたルークが私の身体を支えてくれた。
「アイナ様」
彼の声は少し潤んではいたけれど、いつも通りの彼だった。
いつも通り――……
……また、ここから始めることができるのだろうか。
……また、一緒に始めることができるのだろうか。
「アイナさん!!」
ずっと後ろの小屋から、エミリアさんがよたよたと歩いてきた。
ああ、エミリアさんもずいぶんと泣かせてしまった。
……まだ、泣いてるし。
何はともあれ、二人にはたくさん心配を掛けてしまった。
ここから私は挽回しないといけない……。
黒い雲に覆われた空は、それでも遠くの方から光の切れ間が見えてきた。
……きっと私たちも同じだ。
もう少しだけ我慢をすれば、きっと明るい未来が待っているはず――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけで、楽しい楽しい昼食の時間です」
「「えっ」」
「……あれ? お腹、空いてますでしょ?」
「いえ、まぁ……」
「そうですが……」
小屋の近くまで戻ってから、私は昼食を提案した。
私が倒れている間、ろくな食事をとれていなかったはずなのだ。食糧は全部、私のアイテムボックスの中に入れていたのだから。
……でもまぁ、二人の気持ちも分かるは分かる。
「正直言って……私、今すごく気まずいんですよ!!」
お茶らけた風に言ってみたが、実際その通りだった。
私はいろいろとしでかした直後だから――そもそも『疫病の迷宮』を創ってから気を失っていたわけで、私の記憶としては、その出来事もついさっきのことなのだ。
「……アイナさん!
そんなことを言ったら涙ボロボロ状態の私は!! 私も気まずいですよ!!」
「ご、ごめんなさい! ……まぁそんなわけで、気分転換に食事にしましょう。
腕を振るっちゃいますよ! ……振るう腕は、そんなに無いですけど」
「あはは……。それでは、私もお手伝いしますね」
「……私は一応、敵が残っていないかを見てきます。
エミリアさん、アイナ様をお願いしますね」
「はい、承りました!!」
そう言うと、ルークは騎士たちが撤退した方へと走っていった。
「――この流れで、敵がまだ残っていたら凄いような気もしますけど……。
でも、念には念を入れておいた方が良いですもんね」
「……アイナさん。ルークさんは、とっても心配をしていたんですよ?」
「え? ……そうですね。
あとで、もっとちゃんと謝っておかないと」
「ああ、もう。そういうことではなくて――」
「むむ?」
「……ルークさんも少し、一人になりたかったんだと思います」
エミリアさんは少し困ったような笑顔を向けてくれた。
……また困らせてしまった。……最近、私はこんなのばっかりだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルークが戻ってきたあと、小屋の中の粗末なテーブルに作り立ての料理を並べていく。
張り切って作り過ぎてしまったため、全部を乗せることができなかった。
「――っていうか、フィノールの街でお料理自体も買い込んでいたんですよね。
それを無視して新しく作ってしまいましたけど」
「いえ、嬉しい限りです」
「あ、そう?」
ルークの即答に、私は不意を衝かれた。
「まぁまぁ、ルークさんはアイナさんのお料理に胃袋を掴まれてますから!」
「いやぁ、それって――」
美味しさじゃなくて、私が作るから……って理由だよね?
意味合い的に、胃袋は掴めていない気がする。
「――まぁいいや。
それじゃ、頂きましょう。はい、いただきまーす」
「いただきまーす!」
「いただきまーす」
……全員、疲労と空腹に満ちていた。
何だかんだで食べ始めると夢中になってしまう。
エミリアさんに至っては、食事前のお祈りもしないくらい――
……んん? 珍しいというか、そんなの初めて見たかもしれない。
――さて、私もずいぶんお腹が空いているし、負けずに食べることにしよう。
まずは近くのスープを手に取って、ゆっくりと飲んでいく。
作りながら味見をしていたから、承知している味ではあるんだけど――食卓で飲むのはやはり落ち着くというものだ。
あまりたくさんは食べられないと思うけど、それでもこれからのために、無理をしてでも詰め込んでおかないと。
……目の前の二人も、現在進行形で詰め込み中だ。
凄い食べっぷり。足りなくなったら、早々に補充してあげよう。
幸いにしてお料理は作り過ぎちゃったし――って、作り過ぎということはあり得ないか。
何と言っても、エミリアさんがいるわけだし!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――案の定、作った分は綺麗に無くなってしまった。
MVPは当然のことながらエミリアさんだ。……ルークも頑張ったが、一歩も二歩も三歩も足りなかった。
「はぁ……、落ち着きました……。
やっぱりアイナさんは凄いですね!!」
「え、何がですか?」
「いやいや、やっぱりこういう局面ではその働きが凄くて!」
「あはは。私は裏方特化ですからね!!」
「……裏方……」
私の言葉を聞いて、ルークが小さく漏らした。
……ああ、もうそんなこともないのか。さっきなんて、英雄やら騎士やらを追っ払ってしまったし――
エミリアさんの方を見てみれば、彼女も同じことに気付いたようだった。
二人からはなかなか聞き辛いとは思うし、私もいろいろと話をしなければいけないか……。
……それに、私からも聞きたいことはある。
ルークは神剣カルタペズラを持った英雄と渡り合っていた。
……ということは、先日の呪いはもう大丈夫になったのだろうか。
さすがに呪われたまま、対等に渡り合えたとは思えないし……。
……ただ、やはりまだ気まずい空気はある。
気まずいというか――すぐに素直になれないというか、心の整理が必要というか……?
今の時間は14時くらい。
敵もすぐには戻ってこないだろうし、今日は体力の回復に専念をして、明日ここを発つことにしよう。
それなら時間はまだある。
タイミングを見て、今日のどこかで話を切り出そう。
……どう切り出すかは、ちょっと一人で考えることにしようかな。
「――さて。それじゃ、片付けをしてきますね」
「私も手伝います!」
「では私も」
「むむ」
残念ながら、私は一人の時間を作ることに失敗してしまった。
……いや、残念なわけも無いか。
最近失っていた、ただの日常。
そんなただの日常が、身近にあるだけでとても嬉しかった。
……って、まだ気まずいんだけどね!!




