表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第7章 Differents' Note
332/911

332.アドルフ・カール・ギリングズ

「――まぁ、こんなもんか……」


 作り終わった剣を手に取り、俺は呟いた。

 長年使い続けた道具と、長年積み上げてきた経験で剣を鍛え上げる――


 なかなかの出来ではある。

 ……しかし、自分が納得できる『最高傑作』なんていうものは、今なお作ることができていなかった。


 誰かにどれだけ褒められようが、鑑定スキルでS+級と言われようが、こればかりは本人の問題だ。

 全員から(けな)されても、鑑定スキルでF-級と言われても、本人が納得するのであれば、それが本当の『最高傑作』になるのだ。


 ……仕事も終わり、酒をグラスに注いで口を付ける。

 美味いは美味いが、きっと『最高傑作』を作ったあとの酒はもっと美味いのだろう。


 いつか俺も、その味を味わってみたいものだ。



「はぁ……」


 俺はため息をつきながら、近くにあったナイフを手に取った。

 昔、自分で作った属性付きのナイフ。5本セットで作ったが、手元に残っているのは火属性の1本のみだった。


「――あいつら、元気でやっているかなぁ……」


 あいつら……というのは、以前俺の店に来た客のことだ。

 残りの4本は、その客との別れ際に全部くれてしまっていた。


 それは錬金術師の女の子――アイナさんを筆頭にした、4人のパーティだった。

 あのときの注文は今でも覚えている。……いや、忘れようはずもない。



 ――『なんちゃって神器』。

 それは俺が命名したものだけど、一番しっくり来る名前だった。


 あの剣はなかなか良い出来になった。

 他の神器と並べても、デザイン的には遜色が無かっただろう。


 ただ、惜しむらくはやはり素材だ。

 さすがに素材は普通のものだったから、実際に並べてしまえば圧倒的な存在感の違いが露呈してしまう。



『ちなみに切れ味も最初に言った通り、しっかりナマクラになったからな。

 いや、今回はここ数年で一番良い仕事ができたんだが――しかし戦闘では役に立たない剣で……とはなぁ……』


『――役立たないことなんてありません! いつかこの剣が、世界最強の剣になるんです!』



 ……俺は酒を傾けながら、アイナさんと交わした言葉を思い出していた。

 あそこまで強く言うからには、飾るだけじゃない、何か別の目的があるとは思っていた。


 しかしそうは言っても、普通の女の子だ。

 例えばどこかの魔法使いに魔法を込めてもらうとか、例えばどこかの有名な魔法剣士に使ってもらうとか、そんなところだとは思っていたのだが――



 ━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

 『アイナ・バートランド・クリスティア』によって神器『神剣アゼルラディア』が誕生しました。

 ─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━



 ――あの声が頭に聞こえてきたとき、俺は一つの仮説を立てざるを得なかった。


 もしかして『なんちゃって神器』をもとに、本当の神器を作った……のではないだろうか。

 錬金術の中にはアーティファクト錬金という分野があり、そこには物質を入れ替える『置換』という技術が存在する。


 ただ、単純なものであれば基本的に何でも入れ替えることはできるが、あの剣の構造上、単純に入れ替えただけでは神器には成り得ないはずだ。


 ……物質の性質は単純なようであって、かなり複雑だ。

 逆のことも言える。複雑なようであって、かなり単純なこともある。


 例えばいくつかの金属が混じり合った部分なんてのは、単純な置換は行いにくい。

 一見入れ替えられたように見えても、必ず綻びが出るはずなんだ。


 そんな綻びがある状態では、武器としては質の悪いものになってしまうだろう。

 何かしらの方法で、補正や調整を行わない限りは――



 ……その後、アイナさんたちが指名手配されたことを知った。

 国王暗殺を企てた罪――ということだったが、アイナさんたちがそんなことをするわけは無いと考えている。


 ナンパ師のジェラードだけは怪しいが、他の三人は人を疑うことも知らなさそうな連中だったし――



「はぁ……。

 神剣アゼルラディア……か。……俺も一度、見てみてぇなぁ……」


 ……神器というのは、太古から伝わる大いなる遺産だ。

 一見すると剣に見えるが、それはただの剣ではない。もちろん、ただの魔法剣でもない。


 製法を記した本もあるとは聞くが、俺の目には触れたことが無い。

 そんなものがあったら誰かが作っているだろう。……いや、仮にあったとしても、神器を作るのはきっと想像以上に難しいことなのかもしれない。


 ……というと、何でアイナさんが作ることができたのかは、やっぱり謎なんだよな……。



 ――神器といえば、そういえばシルヴェスターの旦那はどうしているのだろう。

 アイナさんたちの話によれば、旦那は辺境都市クレントスを訪れていたらしい。


 しかしそれもずいぶん前の話で、それ以来は何の話も聞こえてこない。

 ……腐っても英雄。そんじょそこらの連中には引けを取らないはずだが――しかし、だからこその不安というか……。


 英雄ともなれば、その一挙手一投足が注目されてしまう。

 何せ神器の力は凄まじい。どの国に所属するかで、国家間の戦力バランスが崩れてしまうとさえ言われている。


 となれば――


「……アイナさんたちも、そうなんだよな……」


 自らに従わないのであれば、殺してしまえ――

 ……もしかしたら、この国のお偉いさんはそう考えたのかもしれない。


 とすると……国王暗殺という企ては、やはり冤罪か……?



 俺は空になったグラスに酒を注いだ。

 ふわっと良い香りが鼻をくすぐってくる。


 少しだけ良い気分に浸っていると、テーブルの上のナイフが目に入ってきた。



『いや、ほら。こういうセットは仲間内で分け合うものだろ?

 俺もアイナさんの功績に感動しちまってさ。俺は旅には出られないけど、ついでに仲間にしてくれよ。な?』


『え、ええ。分かりました、それじゃ私のパーティの五番目のメンバーということで……』



「――仲間、か……」


 アイナさんは突然の申し出を快く……は無かったかもしれないが、受け入れてくれた。

 その場のノリというものもあろうが、俺としてはやはり嬉しかったものだ。


「仲間であるなら……仲間が困っているときには、手を差し伸べないといけないよな……」


 ……しかし今の俺に、一体何ができる?

 俺には鍛冶しか無い。これで、今のアイナさんたちを助けられるのか……?



「……はぁ、やめやめ! 今日はもう寝ちまうか!」


 良い感じで酒もまわってきたし、今日も仕事で疲れてしまった。

 あれこれ考えるのは止めておこう。こういうときは、さっさと寝るに限るからな。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――爺ちゃん! 遊びに来たよ!」


 次の日の昼、俺の孫がやってきた。

 息子夫婦と一緒に暮らしているが、こうしてちょくちょく遊びに来てくれる。


 ……そういえばアイナさんたちとの出会いは、仲間の兄ちゃんと孫が会ったのがそもそもの切っ掛けだったっけ。


「おう、よく来たな。何かして遊ぶか?」


「えぇ!? 爺ちゃんは仕事中だろ!?

 店番をしててあげるよ!!」


「はははっ、客なんて来ねぇぞ!」


「いつものことだろ!?」


 可愛い中にも憎まれ口。

 それを含めて、孫ってやつは何て可愛いんだろうなぁ。



「――ところで最近はどうだ? 生活も大変だろう?」


「うん。それに、ここのところ凄く寒いしね。ママなんて暖房費が掛かるーって、いつも頭を抱えてるよ」


「ははは、ウチもそうだぞ。

 燃料も高騰しているし、たくさん使うし……。本当、商売あがったりだよ」


「だよねぇ……。

 それならさ! 鍛冶屋は少し休んで、一緒に暮らさない?」


「あー……。いや、それはママが嫌がると思うぞ?」


「ううん、ママがそう言ったんだよ!」


「え? そうなのか?」



 息子の嫁はしっかり者だ。

 そろそろ老後の心配をしてくれるということか――


「ママはさ、爺ちゃんと一緒に暮らして、暖房費を出してもらいたいんだって!」


「ぶっ!?」


 ……ああ、しっかり者の嫁だな。ああ、しっかり者だ。


 だが、それもまた良いかもしれない……か?

 売れない鍛冶屋は廃業して、孫たちと一緒に暮らす。それもありかもしれない――



 ……そんなことを考えた瞬間、俺の右腕が疼くのを感じた。



 ――……違う。

 俺はまだ、鍛冶屋で在り続けることを望んでいる。


 目的も無く休んでしまえば、腕が上がることは無い。

 むしろそれを皮切りに、一気に下がってしまうだろう。


 俺は自分が作る『最高傑作』に、まだ出会えていない。

 歳も食ってしまった。今からそこに至るには、これからどうすれば良い……?


 ……答えはもうある。

 昨晩から薄っすらとは気付いていた。

 しかし、それを確定させることに、少し戸惑いがあった。



「……そうだなぁ。これからのことは、爺ちゃんもちょっと考えてみるわ。

 ママにはそう、伝えておいてくれるか?」


「うん、分かった!

 爺ちゃんがウチに来てくれたら、僕も凄く嬉しいよ!!」


 孫はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

 ……だが、すまん。その期待には、きっと応えられそうにない。



 ――……俺はまだまだ、上を目指す職人でありたいからな。

 どこまでも、どこまでだって――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ