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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第6章 遡流の旅路
321/911

321.フィノールの街③

 メインデルトさんに連れられて病室に行くと、ルークはベッドで上半身を起こしながら、窓から外を眺めていた。

 病室には彼が一人だけ。……こう見ると、何とも物憂げなようにも見えてしまう。


 私はいつの間にか、メインデルトさんを置き去りにして、ルークの元に駆け寄ってしまっていた。


「ルーク!!」


「……アイナ様!!」


 ベッド横に着いたあと、何となくルークの手を握ってみる。

 この前見たルークは今にも死にそうだったけれど、今の彼はそんな風にはまったく見えない。


 完全に呪いは解けていないとはいえ、命があっただけでも私には嬉しかった。


「……おはよう! 調子はどう?」


「おはようございます。

 調子は……そうですね。呪いが残っているということで、まだ少しダルいのですが……。

 しかし、問題はありませんよ」


「そうなんだ? ……本当に?」


「旅をする分には、特に問題無いはずです。

 ……ただ、戦闘になると不安が残るかもしれません」


「不安……?」


 私からルークへの質問には、メインデルトさんが答えてくれた。


「そうじゃの。激しい運動は控えた方が良いぞ。

 恐らく、本来よりも身体能力は下がってしまっているはずじゃ」


「それって、元には戻るんですか?

 私ができることなら、何でもやりますから……!」


「お嬢ちゃんが……というよりも、あとは高位の解呪魔法を使ってやるしかないからのう。

 解呪魔法さえあれば、ちょちょいのちょい、じゃよ。……ただ、そんな魔法を使える人間なんて、そうそうおらんからな」


「大司祭のクラスなら使えるかもしれない……と、聞いたことがあります」


 もちろんそれは、エミリアさんに聞いた情報だ。

 彼女はまだ眠っているから、それ以上のことは分からないけれど。


「……ふむ、それは信仰によりけりじゃな。

 例えばルーンセラフィス教といった規模の大きいところなら、使い手は何人もおるじゃろう。

 泡沫の信仰とは違って、術者の層が厚いからな」


「なるほど……。

 この辺りで、そういった方はいらしゃいませんか?」


「せめて王都か、メルタテオスまで行かないとな……。

 近くの大きな街――ミラエルツやクレントスでも、いるかはちょっと分からんのう……」


「そうですか……」


 私たちの旅路はすでに、メルタテオスはおろかミラエルツも過ぎてしまった。

 完全に呪いを解くのであれば、進んできた道を戻らなくてはいけない。


「アイナ様、私のことは後回しで構いません。

 まずはクレントスに向かいましょう」


 ルークは明るく、そう提案した。

 確かに戻ったところで街の中には入れない――ことも無いのか。由来は不明だけど、新しい冒険者ギルドのカードもあるのだから。

 しかし戻るのはやはり危険だし、まずはクレントスに向かって、今の私たちの状況を何とかしないと――


 ……いや、この状況がどうにかなるにしろ、ならないにしろ、クレントスのあとにメルタテオルなりを目指せば良いのか。


 どうにかなっているのであれば、普通に行くことができるだろう。

 どうにもなっていないのであれば、クレントスからはやはり逃げることになるだろう。


「……うん、ごめん。

 それじゃルーク、先にクレントスを目指しても良いかな?」


「はい、もちろんです」



 私たちがそんな話していると、廊下の方から話し声が聞こえてきた。

 どうやら施療院の先生たちがやって来たらしい。


「ほれほれ、お嬢ちゃんたち。

 このまま本名はまずいじゃろ? 偽名を使うなら、そうせんかい」


「「あ」」


 他に誰もいなかったから油断していたけど、そういえば本名で呼び合うのはまずかった。

 早々に偽名で呼び合わないと。そもそも私、新しい偽名で誰かを呼んだことがまだ無いし。


「……ご忠告ありがとうございます、メインデルトさん。

 ほら、えーっと……ブレントもお礼!」


「あ、はい。えーっと、メイベル様……でしたっけ?」


「うーん……。その呼び方は何だか怪しいから、『さん』付けで大丈夫だよ」


「分かりました、メイベルさん。

 メインデルトさんも、ありがとうございます」


「ほっほっほ。早くその名前にも慣れるんじゃぞ。

 それじゃ儂は朝飯でも食ってくるわい」


 そう言うと、メインデルトさんは病室から去っていった。

 それと入れ代わる形で、施療院の先生たちが明るい雰囲気で病室に入ってきた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 一通りの診察が終わると、今日は自由にして良いという許可をもらった。

 ルークの呪いはこれ以上取ることができないから、体力が回復しているのであれば、できるだけ動いた方が良いとのことだった。


 ……昨日死にそうな状態だったのに、もうそんな自由にしても良いのかと疑問に思っていると――


「――いえ、実は私がそういう希望を出したんです」


「え? そうなの?」


「はい。私は少しでも早く、クレントスに向かいたいんです。

 『神託の迷宮』で何があるのかは分かりませんが、早くアイナ様に日常を取り戻して頂きたいので……」


 うーん……。

 この期に及んで、ルークはまた私のことばかり考えてくれる……。


「……ありがとね。でも、誰にだって大変なときはあるの。

 だからルークが大変なときは、もう少しワガママくらい言ってくれないと」


「む……」


「いやいや。『む……』じゃなくてね、本当にね?」


 今回の一連のことで、私はルークのありがたみを痛感してしまった。

 いつも私を気遣い護ってくれる彼は、想像以上に私の心の支えになってくれているのだ。


「……そうですね。ワガママを言っても良いのであれば――」


「うん。私ができることなら、何でもしてあげるから」


「早くクレントスに向かいたいですね」


「ズコーッ!!」



 改めて話を聞いてみれば、やはり彼としても早く日常を取り戻したいとのことだった。

 結局私もルークも目的は同じなのだ。


 ……それなら早々に、クレントスを目指してしまうのも、まぁ良いか。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その日の昼すぎ、エミリアさんがようやく目を覚ましてくれた。

 私とルークの姿を見つけると、何だか犬みたいな感じで近寄ってきた。


「アイナさん! ルークさん! おはようございます!!」


「もう昼ですよ!」


「おそようございます!」


「おそようございます!」


 ……私たちは少し懐かしいノリで挨拶を交わす。

 最近はこんな雰囲気もなかなか作ることができなかったけど、やっぱり私たちはこういう空気の方が似合っている。


「ルークさん! もう大丈夫なんですか!?

 こんなに歩けるだなんて、信じられません……!」


 エミリアさんは目を潤ませながら、ルークに詰め寄った。


「ご心配をお掛けしました。お二人のおかげで、何とか命拾いすることができました。

 本当にありがとうございます」


「良かったです、本当に……。

 今回はさすがに……、本当に心配で……」


「エミリアさんはずっと魔法を使ってくれてたんだよ?

 今度何かお礼をしてあげないとね」


「ふむ……。それでは食事を奢らせて頂きましょう。

 どれだけ食べても、私が全額負担しますから」


「え、本当ですか!? 約束ですよ!!」


「はい、約束です」


 涙を浮かべていると思ったら、もう笑顔のエミリアさん。

 しかしそれも、何とも彼女らしいというか。


「……ところで、それって私も一緒に行っていいの?」


「もちろん! みんな一緒ですよ!

 ね、ルークさん!」


「はい、アイナ様がいないと始まりませんから。

 全部私にお任せください」


「あはは、よろしくね。

 それじゃクレントスにでも着いたら、たくさん奢ってもらおうかな♪」


「えへへ、楽しみが増えましたね♪」



 それはささやかな約束かもしれない。

 でも、私たちの運命を左右するような大きな目的以外にも――少しくらいは、そんな小さな目的があっても良いよね?

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