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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第6章 遡流の旅路
317/911

317.力を戴く星③

「……1人で来るとは、ずいぶんと舐められたものだな……」


 突然現れた青年の前に、ルークが立ちはだかった。


 確かにその通りで、いくら強さに自信があったとしても、1人で敵地に来るだなんて無鉄砲に思えてしまう。

 仮に王国軍の誰かなのだとすれば、私たちの戦力は多少なりとも知っているはずなんだけど――


「んっんっんっ♪

 ……舐めてるかなぁ? いやいや、ボクにとっては、これが一番なんだよぉ~?」


 青年はあどけないような、それでいてへらへらとした嫌な笑みを浮かべてくる。

 口調からも、人を小馬鹿にするような感じが強く伝わってきた。



「――それで、あなたは何者なんですか?」


 このあとルークがこの青年を倒すとして、ひとまず先に聞いておくことにした。

 さすがに素直に答えてくるとは思わなかったけど――


「ボクは呪星……。呪星ランドルフ。

 ……この名前を聞いて、驚いたかな?」


 ――素直に答えてくれてしまった……。

 自信たっぷりに言う青年ではあったが、しかし私にはその凄さがまるで伝わってこない。


「……えっと、誰ですか……?」


「さぁ……?」


 エミリアさんも私と同じで、きょとんとした表情を浮かべている。

 ただ、ルークだけは違うようで――


「む……。七星の一人か……!」


「え? ルークは知ってるの?」


「はい、王国軍の遊撃部隊のような……特殊部隊のような、そんな存在です。

 情報はあまり多くないのですが、王国軍の切り札とも言われています」


「んっんっんっ♪ さっすが元クレントスの田舎騎士♪

 そんな辺鄙(へんぴ)な場所にまでボクたちの名前が知られてるなんて、嬉しいなぁ~」


 ランドルフはルークを挑発するようにへらへらと笑った。

 しかしルークは安っぽい挑発には乗らない。……内心どう思っているかは分からないけど。


「それで、貴様は何をしに来たんだ?」


 ルークは低い声でランドルフに問い掛ける。

 下手な動きを見せれば即座に斬り伏せるつもりなのだろう。ルークは静かに、神剣アゼルラディアを構え直した。


「おぉ~。それが新しい神器かぁ~。

 ……うん、とっても美しいね。どうだい、それを持って王国側に戻ってこないかい?」


「何だと……?」


「んっんっんっ♪ まぁまぁ、もちろん国王陛下の一派は拒否するだろうけどぉ~……。

 王族も一枚岩じゃないからね? ボクらの七星に、キミが入る余地もあるわけだよ」


 それは突然の、思わぬ申し出だった。

 命を助けてくれるだけじゃない。王国軍の切り札とも言える七星への勧誘でもあるのだ。


 ルークにとっては今の逃亡生活に終止符を打ち、そのまま名声も獲得できてしまうという話だった。

 しかし――


「断る」


 ルークはあっさりと拒否した。


「えぇっ!?

 犯罪者のレッテルを貼られたままでも良いの? このままじゃ、一生冷や飯食らいだよ?」


「構わん」


 ルークはランドルフを睨みつけながら、少しも心を動かす様子は無かった。

 ランドルフはそんなルークを見て、忌々しい表情を少しだけ見せた。


「……折角キミだけは助けてあげようと思ったのにぃ~。

 それじゃもういいよ、後悔しながら死んでいけば良いさ!」


 そう言うと、ランドルフは右腕に纏っていた黒と紫色の光を、そのまま右手に集中させ始めた。

 雰囲気からしてとても嫌な予感がする。ここは先手を打って――


「バニッシュフェイトッ!!」


 私はすべての魔法効果を打ち消す光魔法を使った。

 ……しかし期待に反して、ランドルフの右手の光を消すことはできない。


「んっんっんっ♪ その魔法を使えるのは聞いているよ!

 でも残念! ボクには効かないんだなぁ~」


「な、何で……?」


「んっんっんっ♪ ボクの使う術は、魔法じゃないのさ。

 魂の力をそのまま、魔法を媒介とせずに使う――魔法とは別系統の術だからね♪」


 一見では魔法にしか見えないその輝き。

 物理的なもの以外はすべて魔法だと思っていたけど、そもそもそれは誤った認識だった……?


「……問題無い。剣で倒せば良いんだろう?」


 そう言った瞬間、ルークはランドルフに斬り掛かる。

 しかしその攻撃は途中で不自然に曲がり、ルークはおかしな形で体勢を崩してしまった。


「――ッ!?」


「おお、凄い攻撃だ。実に凄い力を感じるよ!

 だからこそ、ボクたちの仲間にならないのは悔やまれるなぁ~……。

 ……そうそう、そっちの女の子がキミのご主人様なんだってね?」


「答える義理は無い!」


 ランドルフの言葉に、ルークは即答した。


「つれないなぁ……。

 ボクはキミに興味があるから、こんなところまでわざわざ会いにきたのに……。

 何だか悔しいな。この術はキミのご主人様に使おうと思ったんだけど、やっぱりキミに使うことにするよ♪」


 ランドルフは右手に集約させた光を、そのまま周囲に解き放った。

 暗いような眩しいような光が周囲を照らしたあと――


「ぐ、ぐが……ッ!?」


 満面の笑みを浮かべるランドルフの前で、ルークが突然苦しみ始めた。

 ルークの身体には薄っすらとした黒いオーラが纏わりついている。


「ちょ……!? な、何を――」


「んっんっんっ♪ ちょっと強力な呪いを掛けさせてもらったよ。

 生命力を奪う、ボクの特別製さ♪ 残念ながら、もう弾切れなんだけど!」


 強力な呪い……?

 確かにルークは、胸の辺りを押さえながら苦しんでいる。

 私の持っているアイテムではこの呪いを解くことはできなさそうだし、今は新しいアイテムを作ることもできない。


「エミリアさんっ!!」


 慌ててエミリアさんの顔を見ると、青ざめた顔で首を横に振った。

 しかし一瞬後、彼女はルークのもとに駆け寄って、何かの魔法を唱え始めた。


「簡単な解呪の魔法なんて、効かないからねぇ♪

 ボクの誘い、断ったことを後悔しながら死んで――」


「……う、うおぉおおおおおおおッ!!!!」


 大きな雄叫びと共に、ルークは突然ランドルフに襲い掛かった。

 側で魔法を掛けていたエミリアさんは横に倒されてしまったが、そのままルークの剣が宙を走る。


「――ッ!! この呪いを受けて、まさか動けるなんて……ッ!?」


 ランドルフはルークの剣を紙一重で避け損ね、脇腹に傷を負った。

 しかしルークの攻撃はそこで終わり、そのまま地面に崩れ落ちてしまった。


「ルーク!! 大丈夫!?」


 私が声を掛けるも、ルークの息は絶え絶えだ。

 何とか返事をしようとしていたが、その声は声にならないでいた。



「うぅ……。痛い、痛いよ……。

 この死にぞこないが、何てことをしてくれるんだ……」


 怪我を負ったランドルフは、腰の小さな鞄からポーション瓶を取り出した。

 そんなもの、ここで使わせるわけにはいかない――


「アイス・ブラストッ!!」


「えっ!?」


 パリンッ!!


 私の撃った氷の弾が、上手い感じにランドルフのポーション瓶を破壊した。

 ポーション瓶からは液体が飛び散り、地面に零れ、吸い込まれていく。


「ちょ……。よ、よくも……! ポーションはあれしかなかったのに……!!」


 ランドルフはふらふらとしながら、忌々しそうに言った。

 だが、そんなことを親切に教えてくれるのであれば、ここは追撃せざるを得ないだろう。



 ――私はもう、無我夢中だ。

 ルークのことが何よりも心配だ。はやく側にいてあげたい。しかし、今はこのランドルフが邪魔で邪魔で仕方が無い。


「クローズスタン!!」


 バチバチバチィッ!!


「んが……っ!!」


 意を決してランドルフの懐に飛び込み、スタンガンのような魔法を叩き込む。

 ランドルフの肌と服の一部が焼け焦げ、彼はさらにふらふらとし始めた。


「エミリアさん、追撃を――」


「こっ、これ以上付き合ってられるかっ!!

 ――ガイスト・エアスラッシュ!!」


 ランドルフが叫ぶと、まわりの空気が突然荒ぶり、空気の塊が私たちに襲い掛かった。

 威力自体はそこまで強いものではなく、どちらかといえば足止めのような感じの攻撃だった。


 攻撃の最中、私たちが動けないでいると――恐らくは10秒ほどだっただろうが、その隙にランドルフの姿は消えてしまっていた。

 洞窟の外に向かって血の跡が続いていたから、きっとこの場から去ってしまったのだろう。


「逃げた……?

 ――それよりもルーク! ルークは大丈夫!?」


 今は逃げたランドルフよりも、苦しんでいるルークが先決だ。

 すでにエミリアさんが、ルークの側で再び何かの魔法を唱えている。


 私は二人の側に駆け寄り、二人の顔を見た。

 ……その表情はどちらも辛そうで、絶望的なものにしか見えなかった。

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