316.力を戴く星②
森の中をしばらく進んでいくと、切り立った岩場に黒い穴が見えてきた。
普通に立って入れる高さがあって、結構深そうな感じもする。
「アイナ様、この洞窟です」
「わー、いかにも洞窟って感じだね。中も深いの?」
「はい、結構奥までありますよ。
以前ちょっとした修練に使ったのですが、野営をするにも丁度良かったです」
「修練? 修練って、何の?」
「サバイバル技術の修練です」
話を聞いてみると、ルークはそういった修練――訓練のようなものを、仕事の一環としてやっていたらしい。
所属する部署によっては、野外での仕事も当然のようにあるから……というのが理由だった。
「……ふぅん、いろいろやってきたんだ……。
それじゃ、私たちが休むにも良さそうだね。今日は疲れちゃったし、さっさと準備して早く休もっか」
「はい」
「分かりました!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
野営の準備をしてみると、その洞窟は確かに雨露をしのぐにはもってこいの場所だった。
少し入ったところには広めの空洞があって、アイテムボックスから馬車を出すことも普通にできた。
洞窟の中で、さらに馬車の中。
馬車に乗ってみると、いつもより吹き込んでくる風が少なく感じられる。
最近は本当に冷えてきているから、これだけでもずいぶんと過ごしやすくなるというものだ。
「――とはいっても、ずっとここにいるわけにもいかないからね……。
馬がやられて、馬車は動かせないし……。これからどうしよう……」
焚き火を囲みながら、温かいお茶を飲みながら今後のことを話す。
「クレントスまでは馬車でもまだ1週間といったところでしたから、徒歩となると……」
私の言葉に、ルークが頭を抱えた。
馬車を時速40キロ、徒歩を時速4キロとすれば、掛かる時間は10倍だ。
馬車で1週間が必要というのであれば、徒歩なら単純計算で10週間、つまり2か月以上……。
さすがにそれは、現実的ではない。
「どこかで馬を買えれば良いですよね……。
ルークさん、この辺りに街や村は無いんですか?」
「この森から北東に行ったところに小さな街があります。
ただ、そこでも身分証明が必要ですので……」
「……うーん。それじゃそこも、入れないか……」
「むぅ……。街に入れないって、やっぱり凄い大変なことですよね。
私、少し前まで全然意識したことがありませんでした……」
エミリアさんはそう言いながら、肩を落とした。
街に入れないだなんて、悪いことをしなければそうそうは無いはずなのだ。
エミリアさんは司祭――聖職者だし、そんな意識が無かったのも当然というものだろう。
「……仮に街に入れたら、馬でも何でもたくさん買えるんですけどね……。
食糧とか、お料理とか、あとは服とか――」
「はぁ~……。
せめてアイナさんだけでも街の中に入っていければ……」
「ふふっ。今なら即、捕まっちゃいますけどね!」
「あはは、確かに! ……はぁ」
一瞬の笑いは取れたものの、同時にため息も取れてしまった。
さすがにこんな空気ばかりでは気が滅入ってしまう。そろそろ明るい話題が欲しいところだけど――
……しかし、頭に出てくるのは暗い話ばかりだ。
「――結局、馬に矢を放ったのって、誰だったのかなぁ……」
私たちの馬車の馬を、一矢で仕留めた弓師。
その矢はかなり遠くの岩場から放たれたはずで、私たちは今もその矢の主を知らないでいた。
「……何とも、正体が分からないっていうのは不気味ですよね……」
正体が分からなければ、私たちを狙った理由も分からない。
例えばこれが王国軍の誰かであるなら、王様の命令の下で私たちを狙ってきている……ということになるんだけど。
「普通に考えれば王国軍、あるいは実力のある野盗――
いや、物盗りであるなら、すぐに襲ってくるか……」
ルークは独り言を言うかのように、考えをまとめていった。
聞こえる言葉からすると、やはり王国軍の誰かという可能性が濃厚だろう。
「……ちなみに、弓師で有名な人っているの?
ほら、剣だったら英雄シルヴェスター……みたいな感じで」
「そうですね。英雄クラスではいませんが、有名な方は何人もいますよ。
王国軍は、層が厚いですからね」
「それじゃ、その誰かなのかな――
……って、さすがに情報が少なすぎるか」
「はい、残念ながら……。
しかし私たちも立ち止まってはいられませんので、少々危険でも何とか進まなければ」
「確かにぃ~……」
その後もしばらく話を続けたが、結局何の答えも見つけることはできなかった。
三人とも八方ふさがりの状態になってしまったので、今日はほどほどのところで諦めることにした。
何も進まないときは、一旦そこから離れた方が捗る場合もある。
今日はいろいろなことがあったし、また明日から考えることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――毛布に包まってから、寝付けない時間を長く過ごす。
いつもなら眠れている時間なのに、今日に限っては何だか眠れない。
……何て言うか、何かの胸騒ぎがするというか――
私の横ではエミリアさんが静かに寝息を立てている。
私の枕元ではリリーが静かに……寝てる……のかな……。とりあえず揺れもせずに置かれている……というか、そこにいる。
そして馬車の外では、ルークが焚き火の側で夜番をしながら休息を取っている。
よくよく考えてみれば、とくに珍しくもない、いつも通りの夜だ。
しかし、何だか嫌な気配がしてならない……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます!」
馬車の中で毛布に包まっていると、エミリアさんが目を覚まして、私に挨拶をしてきた。
「……おはようございます」
「もう起きていたんですか?
……って、あれ? 今日は例の夢を――」
エミリアさんの顔が一瞬、嬉しそうに綻んだ。
私はいつも、朝起きるときに大声を上げてしまう。それが無かったのだから、きっと悪夢を見なかった……と、思ったのだろう。
しかしそうではなくて――
「すいません……。眠れなかったんです……」
「え? ……一晩ずっと、ですか?」
「はい……。少しくらいはうとうとしたんですが、何だかちょっと……」
洞窟の中ということで、いつもより野営の環境は良かったはずなのに、眠ることができなかった。
普通に寝不足なわけだから、体調的にはかなりしんどい。
……とはいえ、そろそろ朝食の用意をする時間だ。
やることをやって、それ以外のことはあとから考えることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車から出ると、ルークが焚き火の側に座っていた。
私とエミリアさんの気配を察して、ルークはすぐに挨拶をしてくる。
「――アイナ様、おはようございます。
……もしかして、今日はあの夢を――」
ルークはそう言いながら、一瞬明るい表情を見せた。
……ごめん、そうじゃないんだ。
「いや、一睡もできなくて……。
だから今日は、夢も無し」
「あ……そうでしたか……。
しかし一睡もできていないというのはお辛いでしょう。もう1日、ここに残りますか?」
……おお、それはなかなか良い提案かもしれない。
ここならいつもより落ち着けるし、人もあまり来なそうだし……。
――そんなことを考えた瞬間、どこからともなく声が響いてきた。
「んっんっんっ♪ ……罠に掛かった犯罪者チャンはいるかなぁ~……?」
それは洞窟の入口から、反響を伴って聞こえてくる。
……誰かが、ここに来た……?
しばらくすると、1人の青年が姿を現わした。……顔はまだ少年のあどけなさを残している。
服装は黒を基調としたローブだが、純粋な魔法使いというよりも、どちらかといえば上位の派生職業のような感じだろうか。
……もちろん、私には見覚えのない人だった。
「あ、あなたは……?」
「ボク? ボクはね~、キミたちを殺しにきたの。
んっんっんっ♪ さぁて、誰を殺そうかなぁ~?」
突然現れた青年の、突然すぎる言葉。
もしかして馬を殺した弓師? ……とは一瞬思ったが、明らかに弓師では無いし、弓矢も持っていない。
そんな彼の右腕からは、唐突に、黒と紫色の気味の悪い輝きが溢れ始めた。
どこからどう見ても敵。
それならば、私たちが取るべき行動は――




