315.力を戴く星①
――それからまた3日が経過した。
先日冒険者に尾行されて以来、私たちは再び順調に進むことができていた。
このままいけば、あと1週間もせずに辺境都市クレントスに着くことができるだろう。
ここまで来るとガルーナ村にも寄りたくなってくるが、今はまだ我慢だ。
私たちの生活が落ち着いてゆっくりできるようになったら、そのときは遊びに行ってみよう。
ガルルンの売り込みは王都までの旅ではできなかったけど、初めてガルーナ村を訪れたときよりもお金はたくさん持っている。
次に行ったときは大量発注をして、大量販売への足掛かりにしたいところだ。
……それ以外では、農業がどうなっているのか、ガルルン茸がどうなっているのかも気になる。
そこら辺が上手くいっていて、村の復興に役立てていければ良いんだけど――
「――ところで、あのネックレスってどうなったんでしょうね……?」
私がガルーナ村に思いを馳せていると、エミリアさんがぼんやりと口に出した。
『あのネックレス』……とは、例の冒険者たちが持っていた『位置測定』の魔法が掛けられたネックレスのことだ。
誰かにあげるのは私たちの正体がバレる危険があったので、最終的には森で見つけた猪の首に、紐で巻き付けて逃がすことにしていた。
「……あれも、ルークがいなかったら難しかったですけどね」
「そうですよね。一瞬で猪を気絶させてましたし……、ルークさんはやっぱり凄いです……」
「ははは、あれくらいは大したことは無いですよ。
……本当でしたら、猪の肉を手に入れるチャンスだったのですが」
ルークは謙遜しながらもワイルドなことを言った。
しかし実際にはその通りで、私たちの食糧もずいぶんと減ってきてしまっている。
街や村には寄れずに進んでいる中、果たしてクレントスに着くまで食糧がもつのかどうか……。
もたないというのであれば、どこか途中で食糧を確保しなければいけない。
……正直いつも同じようなメニューだから、そろそろ違う食材も欲しいんだけど――それは贅沢な悩みというやつか。
「はぁ……。猪さん、元気でやってくれてますでしょうか……」
エミリアさんは引き続き、食糧にならずに済んだ猪を心配していた。
私としては、彼(?)にはできるだけ逃げてもらって、そして私たちの代わりに長い時間を追い掛け回されていて欲しいところだ。
あの猪からすれば、迷惑この上ないところなんだけど。
「――私は、あの猪のことをずっと忘れません……! 多分」
「アイナさん、それは絶対に忘れるパターンですよ!」
そう言いながら、エミリアさんはくすくすと笑った。
最近の私は、こんな小ネタで小さな笑いを取ることしかできていない。
しかしそれでも、そんな風にしていないとすぐに場の空気が淀んでしまう。
できるだけ二人の不安や緊張を和らげて……、誤魔化して……。
……正直なところ、私の不安や緊張も限界に近いように思う。
とりあえず我儘は言わないから、早くどこかに腰を落ち着けて、ゆっくりお風呂に入って、ゆっくり美味しいものを食べて、ゆっくり寝たい。
――って、十分に我儘だね!!
……あ、しまった。
私の頭の中だけでノリツッコミをしても、ルークとエミリアさんには伝わらないじゃないか。
改めて同じことを言う気も起きないし、これはお蔵入りにしておこう。……何だかちょっと、もったいなかったかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ザンッ!!
「ヒヒーンッ!!!!」
突然の音と共に、馬の鳴き声が響き渡った。
それと同時に、馬車がガタンと大きく揺れる。
「――二人とも、伏せてくださいっ!!」
「えっ!? う、うん!」
ルークの言葉に、慌てて馬車の中で伏せる。
私の横では、エミリアさんも一緒に伏せていた。
ルークは速やかに御者台から降りて、周囲を警戒している。
頭を少しだけ上げて御者台の向こうを見てみると、いつも見えていた馬の姿が見えない。
先ほどの鳴き声から察するに、何か攻撃でも受けたのだろうか……?
しばらくすると、ルークが馬車の後ろから顔を覘かせた。
「……アイナ様、エミリアさん。
何者かから襲撃を受けました。……この馬車はもう、使えません」
「もしかして、馬が……?」
「はい、頭を射られて即死です。
ポーションやヒールも、効果は無いでしょう……」
「えぇ……?
……そ、それで? 誰が矢を撃ったかって分かったの?」
「いえ……。
しかしあの精度、かなりの使い手だと思います」
それを聞いて、私はぞっとしてしまった。
もし馬じゃなくて、ルークがやられていたら――そんなことを考えてしまったのだ。
「アイナさん? 顔色が悪いですけど……」
「ああ、いえ。すいません……。
ルークが無事で、良かったなって思って……」
「……私に殺意を向けたら、気取られると思ったのでしょうか。
いわゆる達人と呼ばれる人の中には、そういった感覚を持つ方がいますし」
「なるほど……?
ルークは神器を使ってるからね……。そう思われても当然なのかな……?
でも、本当に良かった……」
――……馬には、申し訳ないけれど。
それにしても、私たちの馬車だと特定されて、見えないところから攻撃を仕掛けられる……。
相手の正体も分からないし、とても怖くて、とても不安だ。
「……その弓師って、まだいるの……?」
「気配は感じられません。
しかしこの付近は岩場がいくつかあって、隠れやすい場所になっています。
できるだけ早く、見通しの良いところに行きたいですね」
「わ、分かった。そうしよう……」
馬車の外に出ると、確かに高い岩場がいくつか見えた。
あんな距離から狙うのは難しそうだけど、しかし実際に狙った人がいるのだ。
ここはエミリアさんの魔法に護ってもらいながら、さっさと岩場から離れるようにしよう。
……長い間、この馬車にはとってもお世話になった。
この馬車が無くなったら、野営のときもなかなか困ってしまうけど――
「……あ、いやいや」
私はそう呟いて、馬車をアイテムボックスに入れた。
大きいから忘れそうになるけど、馬車もしっかり入れることができるのだ。
「アイナさん、馬は――」
「……そうですね。お世話になりましたし、落ち着いたらお墓を作ってあげましょう」
私は馬車に続いて、馬もアイテムボックスに入れた。
アイテムボックスに入るということは、死んでしまったということだ。……何とも、現実を突きつけられた思いがする。
馬車と馬の姿が無くなると、そこには地面に広がった血だけが残された。
これが私たちの誰かのものでなかっただけ、それは良かったのだろう。
……本当に、良かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車で移動することができなくなった私たちは、移動する速度が一気に落ちてしまった。
もう少しでクレントス……というところで、まさかこんな展開になってしまうとは……。
岩場から離れて、ひとまず日が暮れるまで歩くと、近くに森を見つけることができた。
「――おぉ、ここは懐かしいですね……」
「え? ルーク、知ってるの?」
「はい、仕事で何度か来たことがあるんです。
……そうだ、少し入ったところに洞窟があるんですよ」
「へぇ……?」
「洞窟でしたら外よりも安全ですし、今日はそこで野営をしませんか?」
「あ……、それは良いかも」
洞窟というのであれば、入口さえ押さえておけば、急にどこかから矢が飛んでくるということも無いだろう。
それは今日だけになるかもしれないが、ひとまずはゆっくり休めそうだ。
「ふふふ♪ 今日はピンチでしたけど、やっとルークさんの故郷に入ってきたんですよね。
……うん、何とかなりそうな気がしてきました!」
エミリアさんは突然、そんなことを言い始めた。
確かに悪いことが多い中で、それはひとつ良いことかもしれない。
「――それじゃ早速、その洞窟に行ってみましょう。
今日はもう疲れちゃいました!」
私の言葉に、二人は頷いた。
明確な害意を向けられた日は、いつもよりも疲れてしまう。
……明日は明日で大変だろうけど、こんな今日はさっさと眠って終わらせることにしてしまおう。




