314.追跡者
――それから5日が経過した。
私たちは引き続き、辺境都市クレントスを目指して馬車を走らせている。
鉱山都市ミラエルツの南西から南東に移動し、そろそろ進路を北にする頃合いだ。
ミラエルツには『なんちゃって神器』の剣を作ったアドルフさんや、恐らくはジェラードがいるだろう。
本来は立ち寄りたいところではあったが、街門で身分証明を必要とするため、それも難しいというものだ。
そもそも2度ほど、『ミラエルツに行く』とフェイクを掛けているのだから、それを考えても立ち寄るわけにはいかないのだけど。
馬車の中にはいつも通り、私とエミリアさん、そしてリリーがいる。
御者台ではこれまたいつも通り、ルークが手綱を握っている。
王都から逃げ出して、今日で……確か、25日目だ。
数える日数も、もうすぐひと月を迎えてしまう。
最近では三人が三人とも、精神的にかなりしんどくなってきている。
普段の会話も盛り上がらず、何か話があってもすぐに終わってしまう。
クレントス北部、『神託の迷宮』に着いたら問題がすべて解決――となれば良いのだが、恐らくそんなことにはならないだろう。
あと何日、こんな生活が続くのか……。私たちに平穏が来るのはいつなのか……。
その答えだけでも先に分かれば、ずいぶんと気が楽になるのに――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……尾けられているようですね」
「え?」
馬車を走らせながら、ルークが静かに言った。
他の馬車とすれ違ったり、行く方向が重なったりするのは何回もあったけど、『尾けられている』と明言するのは初めてだ。
「スピードを緩めても追い越されませんし、昼食の前にもあの馬車は見ましたし……。
もしかしたら、この先で検問などがまたあるかもしれませんね」
「確かに、検問もあれ以来だからね……」
あのときは奴隷商の馬車に紛れ込んで何とか通り抜けられたけど、次に検問があったときはどうしたものか。
運の良いことなんて、そう何度も起こらない方が自然なのだから。
「……それにしても、何で尾行をしているんでしょうね?」
エミリアさんが、首を傾げながら聞いてきた。
「尾行するくらいだから、もう私たちだって気付いているんですよね?
そうしたら、位置を捕捉し続けるため……?」
「……そうですね。
あの馬車だけであるなら、戦力的にも然程では無いでしょう。
私たちであれば、問題無く倒すことができるはずです」
ルークはそんなことを、あっさりと言い切った。
確かに私たちの戦力は、いつの間にかに大きいものになっている。
ルークは神器を手にして一気に強くなったし、エミリアさんも魔法の種類が少しずつ増えている。
私もいろいろと魔法を覚えたし、それに爆弾を使うことにも抵抗が無くなってしまった。
……ただ、爆弾は手持ちに無いから、今は使えないけど。
「うーん……。それじゃ、倒しちゃう?」
「そうしましょうか」
「仕方がありませんね」
私の物騒な提案はすんなりと受け入れられた。
そこら辺、私たちの心が擦り切れそうになっていることの現れなのかもしれない。
……でも一応、被害は最小限にしてあげようか。
「とりあえず、尾行されなきゃ良いよね。
馬車をダメにしちゃうって感じで良い?」
「ふむ……。アイナ様はお優しいですね」
ルークは少し考えてから、そう言った。
お優しい……? そうかなぁ……?
「でも一応、勘違いだと嫌だから……。
ちょっと向こうの馬車の人と話して、しっかり確認してからやろうか」
「なるほど……。
実に冷静な判断かと思います。それでいきましょう」
この調子だと、ルークはとりあえず問答無用で襲撃する予定だったのだろうか。
……やっぱりルークも、精神的に参っちゃってるよなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちが馬車を止めると、後ろを尾けていた馬車は明らかに速度を緩めた。
しばらく様子を見ていると、その馬車は私たちを追い越すことなく道の端で止まってしまった。
……実際、隠れるところも無いから仕方が無いか。
ルークは馬車から降りて、尾けていた馬車に向かって歩いていった。
もちろんすでに、エミリアさんの支援魔法はフルセットで使用済みだ。
しばらくすると――
ズガアアアアアアアァン!!
――何やら大きな音が聞こえてきた。
音のした方を急いで見てみれば、向こうの馬車がすでに真っ二つに割れている。
ルーク以外には、6人の人間が馬車の外に出ていた。
彼らは兵士ではなく、服装からして冒険者のようだった。
冒険者たちの4人は地面に寝かされ、残りの2人はルークに命乞いをするような形で地面にひれ伏している。
ルークはそんな彼らをそのままにして、悠然と馬車に戻り、そのまま馬車を走らせ始めた。
「――無事に終わりました」
「うわぁ、事務的ぃ」
ルークの報告に、私はついついツッコミを入れてしまう。
エミリアさんがくすっと笑ってくれたのが、少しだけ嬉しかった。
「……そうそう、これを頂きました」
ルークは御者台から、私にネックレスを手渡した。
「何、これ?」
「どうやらそれを持って尾行するという、冒険者ギルドでの緊急依頼があったようです。
彼らは何も知らされていなかったようですが」
「はぁ……。ただのネックレスにしか見えないけど……?」
でも、そんなわけは無いよね?
……とりあえず調べてみようかな。かんてーっ
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【魔法のネックレス】
魔法が付与された装身具
※魔法効果:位置測定・発信Lv35
※付与効果:情報操作Lv41
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鑑定ウィンドウを宙に映すと、エミリアさんがそれを覗き込んできた。
ちなみにリリーは興味無さそうにぷるぷると揺れている。癒される。
「んん……。『位置測定』の魔法が付いてますね……」
「『発信』ってあるからには、『受信』もあるんですよね?
これって、私たちのいる場所が分かっちゃうっていう……?」
「はい、そういうことです。
これもかなり特殊な魔法で、使い手は限られるものですが……」
……ふーむ。機能的にはGPSみたいなものだよね?
原理は分からないけど、衛星とかを使わないでいけるなら何とも高性能だ。
「それにしても、そんな凄いものを、そこら辺の冒険者に渡しちゃうものかなぁ……」
「先ほどの方は、Aランクの冒険者だそうですよ。
誰でも彼でも……ということは無さそうです」
「へー、そうなんだ――
……って、そんな人たちを土下座させてたのっ!?」
「ははは。言いたいことはあるようでしたが、神剣アゼルラディアの力を見せつけてあげましたからね。
Aランクの冒険者では、相手になりませんよ」
「そうですねぇ……。確かに、神器を持つにはSランク以上が最低条件ですからねぇ……」
ルークの言葉に、エミリアさんもしみじみと頷いた。
神剣アゼルラディアについては私の仲間っていう条件が必要なんだけど――それはそれとして、他の3つの神器には負けるつもりなんて無いからね。
「――さて、アイナ様。そのネックレスはどうしますか?
このまま持っていると、私たちの居場所が伝わってしまうことになりますが」
「うーん……。ぱっと見、とっても綺麗なネックレスだから……誰かにあげちゃえば良いんじゃない?」
「せっかくですし、移動してる人にあげたいですね♪」
エミリアさんがそんなことを悪戯っぽく言った。
確かにそれなら、向こうのミスリードを誘えるかもしれない。
……それはそれで、とっても良さそうだ。




