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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第6章 遡流の旅路
313/911

313.逃亡中の日常⑦

 ――夜。

 今日も一日が終わる。……今日はいろいろなことがあって、何だか疲れてしまった。



「……アイナ様。まだお休みにはならないのですか?」


 焚き火の側でぼんやりとしていると、ルークが聞いてきた。

 エミリアさんは深夜の時間に夜番があるから、すでに馬車の中で就寝中だ。


「今晩も冷えるから……もう少し、焚き火にあたってても良い?」


「もちろんですとも」


 パチパチと炎が音を立てる中、私とルークの会話は盛り上がらない。

 話すよりも休んでいたい……。話さないでも良いから、誰かと一緒にいたい……。


 ……私たちが日々疲れてしまうのは、日々追われているからに他ならない。

 この生活から逃れる具体的な方法なんて分からないけど、今は光竜王様から言われた『神託の迷宮』に縋るしか道はない。


 『神託の迷宮』は辺境都市クレントスの北部にあるという。

 しかしそこまで行くには、順調にいったとしてもまだ2週間程度は掛かってしまう。


 少なくとも、その間はこんな生活が毎日続くことになるのだ。

 ……それなら、休めるうちに休んでおかないといけない。



「――でも」


「はい」


 私のつい漏らした言葉を、ルークは普通に受け止めてくれる。


「……ルークが一番、大変だもんね。

 夜番もたくさんやってくれるし、馬車も走らせてくれる。

 それに、戦いでも一番活躍してくれるし――」


 ……私が転生してきて以来、初めてクレントスに行ったときから、ルークには本当にお世話になっている。

 王都ではしばらく別行動だったけど、それ以外はずっと一緒にいるのだ。


「ははは……。

 確かにやることはそれなりにありますが……、私は感謝していますよ」


「……感謝?」


「アイナ様の旅に連れてきて頂きまして、今までとはまったく違う経験ができています。

 いろいろな人たちと触れてきましたし、広い世界をあちこち見てまわれていると思います。

 ……まだ、この大陸の半分もまわっていないんですけどね」


 ルークは笑いながら、そう言ってくれた。



「そうだね……。

 ――でも、神器なんて作らなければ……もっと穏やかにまわれたのにね……」


 私のふとした言葉。きっとそれは、今の本音だろう。

 王様から目を付けられなければ、もっと自分たちのペースで冒険を続けることができていたはずなのだ。


 ……もし昔に戻れるのなら、私は安全策を取って、王都にはそもそも行かないかもしれない。

 しかしそうすると、王都で知り合えた人たちとも会えなかったことになるのか……。


「……神器、神剣アゼルラディア――

 この剣のおかげで、私はまた別の世界を見ることができています。

 それこそ、一握りの英雄が振るうような剣なんです。そういった意味でも、私は幸せ者だと思いますよ」


 その幸せと一緒に、とんでもない不幸を背負い込んだようなものなんだけど……。

 ……しかしそう言ってくれるのであれば、少しくらいは私も救われるというものだ。



「……まだ、迷惑掛けちゃうと思うけど……これからも、よろしくね」


「もちろんですとも。

 私は生涯、アイナ様を護ると誓ったのです。こんなところで終わってしまっては困りますよ」


「そ、そうだよね。

 一生にはまだ、遠く及ばないもんね」


 この世界は危険に満ちている。

 いつ命を落とすかなんて分からないけど、人間の寿命を考えれば、まだまだルークとの時間はたくさんあるのだ。



「――しかし、今日は正直……肝を冷やしてしまいました。

 奴隷紋……まさかあんな手に出てこようとは……。申し訳ございませんでした……」


「いやいや!? あれはそもそも、私が奴隷商にお願いしたのが原因だったんだから――

 ……むしろ心配を掛けさせちゃって、ごめんなさい」


 そしてそのおかげで、ルークには2人も半殺しにさせてしまったのだ。

 今までも追手と戦いになったことはあるものの、今回は少し性質が違っていた。

 今回の半殺しには、『復讐』というか『報復』というか――そんな負の感情が、多分に含まれていたのだ。



「……そういえばあの二人……、どうなったでしょうか……」


 ふと、ルークがそんな言葉を漏らした。

 やはりずっと気にしていたのだろう。彼は本来、とても優しい性格なのだから。


「あの人たちの馬車には、食糧とか薬とかも積んでいたみたいなんだよね。

 奴隷の女の子たちが何とかして……あげたかな? ……どうかな?」


 もしかしたらそのまま逃げちゃったかもしれないけど――

 ……正直、そこはあまり考えていなかった。今となっては、奴隷の少女たちが何とかしてくれたことを祈っておこう。


「……そうですね、何から何までは難しいですし……。

 他人のことよりも、今は自分たちのことを考えなければ……」


「うん……。

 私も、油断するとすぐにいろいろ考えちゃうの。切り替えていかないと……」


「……早く、切り替えないで済む日が来てくれれば良いのですが……」


「あはは……。本当に……」



 会話に間ができると、私たちはいつの間にか空を一緒に見上げていた。

 空には雲もなく、綺麗な星が一面に広がっている。


 ……今はたくさんの悩みがあるけど、それもそのうち全部無くなって、純粋な気持ちで星空を見上げる日がくるのだろうか。


 願わくばそのとき、ルークも、エミリアさんも、一緒にいてくれると嬉しい。

 他にもたくさん一緒にいて欲しい人はいるけど、この二人には絶対、私と一緒にいて欲しいものだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「んん……う~ん……」


 寝るために馬車に乗り、毛布に包まっていると、ふと苦しそうな声が聞こえてきた。

 私の他に声を出せるのは、この馬車の中ではエミリアさんしかいない。


 リリーは当然のように話すことができないけど、もしかしていつか話せるようになったりするのかな?

 ……いや、さすがに無いだろうなぁ……。


 そんなことを思いながら、エミリアさんの方を覗いてみる。

 彼女は表情を歪め、何やら苦しそうにしていた。


「体調でも悪いのかな……」


 とりあえず額に手を当ててみると、熱は無いようだった。

 どちらかと言えば気温が低いせいで、額も冷たくなっているというか。


 ……でも、これくらいは普通にあることだからなぁ。

 焚き火で温まってもらうのも良いけど、わざわざ起こすのも違うような気がするし……。


「――あ、そうだ」


 私はアイテムボックスから白ガルルンのぬいぐるみを取り出して、エミリアさんと毛布の隙間に入れてみた。

 エミリアさん曰く、このぬいぐるみには『白癒石』というものが入っていて、安眠効果があるそうなのだ。


 ……もし悪夢なんて見ていたら、きっとこれが取り除いてくれるに違いない!!


 ちなみに先日、私も抱き締めながら寝てみたのだが――残念ながら効果は無かった。

 しかしそれはきっと、私の悪夢が癒しようのないほど大きかったりするからだろう。

 ……さすがにしつこ過ぎるからね、私の悪夢は。



 ぬいぐるみを入れてからしばらくすると、エミリアさんの表情が多少和らいできたように見えた。


「……おお、本当に効果があるんだ……」


 ――って、いやいや。別に疑っていたわけでは無いんだよ?

 効果が分かりやすく見えると、ついつい嬉しくなってしまうということで。


 これでひとまず、エミリアさんは大丈夫そうかな?

 それじゃ、私もそろそろ寝に入ることにしよう。

 ……そう決めてから、そこからがいつも長いんだけど……。



 身体を毛布で包み直して、隙間風が入ってこないことを確認してから寝転がる。

 枕元にはリリーもスタンバイ・オーケーだ。たまにぷよんと揺れていてとても可愛く、そして癒される。


 ……そうそう、リリーにも私とずっと一緒にいてもらいたいな。

 でもスライムって、どれくらい生きるんだろう……?


 確かルークが『スライムは分裂して増える』って言ってたけど、分裂しちゃったら名前ってどうなるのかな。

 親子みたいな感じじゃなくて、両方ともリリーなんだよね?


 そうしたら『リリーA』『リリーB』……みたいな?

 いやいや、それこそどこぞのRPGみたいな感じだし、それこそ魔物って感じがするし、どうにも頂けないなぁ……。


 実際のところ、スライムを飼ったり従魔契約をしている人ってどうしてるんだろう……。



「――って、そんなことはそのときに考えれば良いか……」


 エミリアさんの寝息が聞こえる中で、私はふと冷静になった。

 いつか考えなければいけないことは、いつか考えれば良いのだ。


 今はまず、身近なところから何とかしないといけない。

 しかし今の私には力が足りない。……この難局を乗り越える力……。



「……せめて、錬金術が使えれば――」


 私は宙に右手を伸ばし、何かを掴もうとした。

 しかし当然のことながら、その手は何も掴むことはできなかった。

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