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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第6章 遡流の旅路
312/911

312.逃亡中の日常⑥

「ルークっ!!!!」


 ――しばらく後、私はクライドさんを滅多打ちにしているルークに声を掛けた。

 私の声に、ルークは攻撃の手を止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「……アイナ様……?」


 その表情には生気が無かった。

 初めて見るような、そんな彼の表情――


「今回はもう、それくらいにしておこう。

 ……私の代わりに、ありがとね」


 ルークは神剣アゼルラディアを大きく一振りして、微かに付いた血を払った。

 そして泡を吹いて倒れているクライドさんを一瞥すると、私の方に急いで戻ってきた。



「そ、それよりもアイナ様! ご無事ですか!?

 先ほどの奴隷紋は――」


「うん、バニッシュフェイトで消しちゃったよ。

 ほら、この通り」


 そう言いながら、私は奴隷紋が描かれていた場所をルークに見せる。


「……お、おお。そういうこともできたんですね……。

 私はてっきり……。

 ――しかし、傷跡が残ってしまいましたね……」


 ルークは切なそうに、私の腕をじっと見ていた。

 確かに私の腕には、薄っすらと傷跡が残っている。


 『奴隷紋を刻む』とはよく言ったもので、魔力が込められたインクが身体に侵食して、食い込んできていたのだろう。


「……ああ、でもこれも大丈夫。

 こういうのを治す薬、まだ残っているから」


 それは王都にいたころ、キャスリーンさんの身体の傷跡を治すために作った薬。

 これくらいの傷跡なら、一瞬にして治すことができるはずだ。


「はは……。さ、さすがアイナ様……。

 良かった……。本当に……、本当に……」


「ごめんね、心配掛けちゃったよね。

 ――それで、そっちはどう?」


 全身から力の抜けたルークに質問しながら、私はクライドさんと用心棒の方を見た。

 二人ともピクピクとはしているから、まだ生きてはいるだろう。


「……殺すつもりはありません。……いや、感情を抑えるのには必死でしたが……。

 後遺症は残るでしょう。しかし治療をすれば、命は助かるはずです」


 力無く言うルークの言葉に、私はふとジェラードのことを思い出してしまった。

 ジェラードもかつて、『何かの罰として』身体の一部を動けないようにさせられたのだ。


 ジェラードが今の私たちを見たら、何と思うのだろうか。

 ……何か、思うのかな? 手出しをしてきたのはそもそも向こうなんだけど――


 そんなことを考え始めると、頭の中がまたぐるぐるとしてきてしまう。

 これがダメだとしたら、私は一体どうすれば良かった……? 何もせず、従えば良かった……? それとも、逃げれば良かった……? 自分たちの危険の芽を残して……?


 私たちに害を為す人にも、生活があるし、きっと大切な人もいる。

 それは他人が勝手に取り上げるわけにはいかないものだけど、しかしそんなことをどこまで気遣えば良いのだろう。


 ……分からない。分からないな……。

 何回考えても、何だか分からないや……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――アイナさん、顔色が悪いですよ……」


 私の顔を覗き込みながら、エミリアさんが言った。

 突然現れた可愛い顔に、私は思考が空回りしていたことに気付かさせられる。


「あ……すいません、ちょっと考え事を……。

 ……って、そんな時間ありませんね! 早くここから離れないと!!」


 側には全身ボロボロになった人間が2人いる。

 こんな現場を誰かが通り掛かったら、また面倒なことになってしまうだろう。



「……彼女たちは、どうしますか?」


 ルークの言葉に、そういえば奴隷の少女が2人いたことを思い出す。

 都合よく気絶をしてくれていれば良かったのだけど、そう上手くはいっていなかった。

 彼女たちは今も、馬車の中で寄り添いながら震えているようだった。


「どうすると言っても――」


 ……そもそも私たちは逃亡中の身なのだから、一緒に連れていくことはできない。

 しかし放っておけば、ここであったことを誰かに話されてしまうだろう。


 それなら知られないようにする? 説得でも脅迫でもする?

 きっと無駄だろう。こんなところで口約束をしたって、そんなものは破られて当然だ。


 ……殺すという選択肢が取れない以上、いつかはバレてしまう。


 無抵抗の人間の命を奪うだなんて、私はそんなことをしたくない。

 もちろん、ルークにもエミリアさんにもして欲しくはない。


 ――それならここは、もう逃げるしかない。



「よし! 最初の予定通り、ミラエルツに潜入しよう!

 森のルートから進むよ!!」


「「え?」」


 私が大きな声で言うと、ルークとエミリアさんは不思議そうな顔をした。

 それはその通りで、そもそもミラエルツに行く予定なんて無かったのだから。


 ……しかしきっと、奴隷の少女たちの耳には届いただろう。

 誰かが来たとき、その話を広めてくれれば――多少の時間くらいは稼げるかもしれない。


 私たちはそのまま、わざと少女たちに見えるように森の中へと入っていった。



 ――森の中をしばらく歩いたあと、少し広い場所でアイテムボックスから馬車を取り出す。

 馬車を取り出す……何だか言ってて不思議な感じはするけど、とりあえず取り出した。


 私とエミリアさんは馬車に乗って、急いで元の服に着替えをする。

 さすがに奴隷のみすぼらしい服のままだと、これからはそっちの方が目立っちゃうからね。


 着替えを終えて馬車から降りると、ルークも着替えを済ませたところだった。

 馬もしっかり連れてきているし、リリーの入った袋もしっかり持っている。……忘れ物はないかな。



「……さて、それじゃ先に進もうか。

 さっさと森から出て、ミラエルツを迂回して進んで――といっても、まだまだミラエルツまでは遠いけど」


 ミラエルツはここから北東に5日ほど進んだ位置にある。

 私たちはミラエルツに寄ることはできないから、まずは東に大きく進んで、そのあと北に進むことにしよう。


「普通に進むよりも距離がありますから、急がないといけませんね……。

 ここであったことも調べられてしまうと思いますし……」


 ……やはり戦闘になると、目立ってしまう。

 今回もそうだし、先日戦った村もそうだ。


 検問所を通ることはできたものの、逆に言えば、検問所の先にいることがこれから知られてしまう。

 ここから王都の方に戻るとは誰も想像しないだろうが、しかし私たちとしても戻る意味は無い。


 従って、私たちは引き続き、急いでクレントスを目指さなくてはいけないのだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 森を出て、アイテムボックスから改めて馬車を出して、しっかりと馬を繋ぐ。

 私たちは馬車に乗り込み、再び馬車を走らせ始めた。


「――いろいろありましたけど、ようやく一息つけました……」


「そうですね……」


 馬車の中でごろんと横になって、馬車の幌を内側から見上げる。

 ようやく戻ってきた自分たちのプライベートスペース――頼りない空間ではあるけれど、少しでも心が落ち着く唯一の場所だ。

 ……まぁ、この馬車も強制的に譲ってもらったようなものなんだけど。


 ぼんやりと御者台のルークの背中を眺めながら、リリーを袋から出す。

 結構な時間入ってもらっていたけど、リリーは袋の中でずっと静かにしてくれていた。


 うーん、何て賢いスライムなのだろう。

 ……って、まさか死んでないよね?


 そう思いながらリリーを(つつ)くと、ぷるんと揺れた。

 ……ああ、この揺れ具合。……やっぱり癒される……。


「アイナさん、リリーのことが本当に好きですねぇ……」


 私とリリーの様子を眺めながら、エミリアさんがそんなことを言った。


「えー、癒されませんか? ほーら、ぷるぷる~っ」


「いえ、分かりますけど! 可愛いですけど!

 でもアイナさんには、ガルルンがいるじゃないですか……!!」


「え、えぇー!? そこと比較しちゃうんですか!?」


「だって、どっちも癒し系ですよね?」


「むぅ……?

 でも、それを比較するのも何だか違うような――」


 私が疑問を呈すると、エミリアさんは私の言葉を止めるように手で制した。


「……まぁまぁ。たまには気分転換で、そんな楽しい議論でもしてみませんか?

 最近はちょっと難しいことが多いですから……みんな、擦り減っちゃいますよ?」



 ――みんな。



 確かにルークも、普段より口数が少ない気がする。

 そもそもがあまり多くない人だけど、それにも増して……というか。

 やはりクライドさんの件で、何か思うところがあったのだろう。



 ……確かに、私たちはどんどん、心が擦り減っていっている気がする……。

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