31.新たなる旅立ち
ガルーナ村を発つ日の早朝。
外はまだ暗いのだが、今日中に鉱山都市ミラエルツまで進むべく、早朝の内に出発する予定だ。
ちなみに朝食は宿屋にお願いして、早めに作ってもらっていた。かなりの早朝なのに本当にありがたいことだ。
「はぁ……。やっぱりここのご飯はお腹に染み入りますねぇ……」
温かいスープを飲みながら一言。
「はい、ここのスープは優しい味がしますよね。あの……おかわりお願いします」
エミリアさんは食堂の人におかわりを求める。
よく食べることがバレてから、普通にたくさん食べるようになったのはご愛嬌か。
まぁ私は食べる人を見るのが好きだから、気にしないというかむしろ気に入ったんだけど。
「……でもエミリアさんって、たくさん食べる割にはスタイル良いですよね」
「そ、それは多分、お祈りで力を使うからかと……!」
……うん? その理由はよく分からないぞ。
もしかすると、頭を使うときに糖分を消費するみたいな感じなのかな? ……まぁいっか。
「それにしても、今日でガルーナ村とはお別れかー。
でもその内クレントスにも戻る予定だし、そのときはガルーナ村にもまた来たいよね」
「そうですね、そのときには活気が少しでも戻っていれば良いですね」
「……多分そのときは、私はもうご一緒していないんでしょうね。そう考えると寂しくなってしまいます……」
エミリアさんはおかわりのスープを飲みながらしんみりと話す。
いつのことになるか分からないのに、しんみりするのがちょっと早すぎなのでは。
「――エミリアさんも私たちと旅をしますか?」
それならと、冗談半分で提案する。ルークと二人旅っていうのも良いんだけど、どうしても彼に負担がいってしまうからね。
別に急ぐ話でも無いんだけど、旅の仲間は欲しいというのが正直なところだった。
「……いえ、すいません。私は信仰を深めること、広めることに人生を捧げたいんです。アイナさんの旅がそれでしたら良かったのですが――」
「うん、そういう旅じゃないですからねー」
私の旅の目的は『神器を作る』こと。
神が作ったかのようなものを人間が作る。それは、考えようによっては信仰とは真逆の価値観を示すのだ。
「それじゃエミリアさんとは王都まで、ですね。それでもそれなりに長い期間になると思いますが、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。一緒にいる間は私もアイナさんのことをしっかりサポートしますので、何かあれば仰ってくださいね!」
……というわけで、エミリアさんが(一時的に)仲間に加わったんだけど、食費や旅費はルークと同じで私が負担させて頂こう。
特に明言はしないけど、さっさとそんな空気にしてしまうのだ。
でもそうすると、予定以上にミラエルツで稼がないといけないよね。
うーん、稼ぎ口はあるかなぁ……。
「……さてと、エミリアさんが食べ終わったら行きましょうか」
「あ、はい。あと5分くらいお待ち頂けますか? すいません……もぐもぐ」
はい。
……これはこれで、なぜか癒されるなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋のご主人の見送りを受けながら宿屋の外に出ると、外はうっすらと白み始めた頃だった。
村はまだ静寂に包まれて――
「おはようございます、アイナ様」
――いなかった。
外で出迎えてくれたのは村長のランドンさん以下、大勢の村人たち。
「ランドンさん? おはようございます、一体どうしたんですか?」
「いえ、当然のことながらお見送りをさせて頂こうかと思いまして」
「えっと……後ろのみなさんも?」
「はい、もちろんです」
ランドンさんの後ろに控える村人に目を移すと、たくさんの人と目が合った。
思い返せばここにいる人たち全員を診ているから、つまりは全員と話をしているんだよね。
うーん、それにしてもこんなに大人数。何だか感慨深いものがあるなぁ。
「皆さん、お見送りありがとうございます。
ちょっと旅を続けて来ますが、この村にもまた戻ってきますので、どうかお元気で――」
「アイナ様、本当にありがとうございました」
「絶対にまた来てくださいよ!」
「美味しいもの作って待ってますから!!」
「ルークさん、お世話になりました!」
「エミリアさんは俺の嫁!」
村人はそれぞれに挨拶をする。ルークやエミリアさんに対する挨拶も当然含まれていた。
うん、この村でみんなよく頑張った! うん、本当に色々なことがあったね――。
「アイナ様!」
「あ、セシリアちゃんも来てくれたんだ? 眠くない?」
「大丈夫です! あの、ガルルンのことは任せてください! 出来るだけ早めに作って、届けてもらいますので……!」
「うん、ありがとう。でもそんなに急がないで良いからね。初めが肝心だから、クオリティ優先で!」
「はい、分かってます!」
セシリアちゃんと私はある意味では仲間なのだ。そう、ガルルンブームを起こすという……!!
目を合わせているだけでも、そんな強い何かが感じられた。
「あ、そうそう。ジョージ君はまだ眠いみたいなんですけど――」
セシリアちゃんが後ろに目を移すと、母親に連れられたジョージ君が立っていた。
いつもより元気が無さそうだけど……。いや、これは元気が無いというか、眠いだけか。
「ジョージ君も来てくれたんだね、ありがとう」
「ううん? アイナ様、大丈夫~。……むにゅむにゅ」
くっ、萌え殺す気か!
「すいません、アイナ様。この子がどうしても、アイナ様にお伝えしたいことがあると言って」
「伝えたいこと?」
ジョージ君の母親とやり取りをしていると、ジョージ君ははっとした顔をした。急に目覚めたようだ。
「……はっ!? あの、アイナ様! みんなを助けてもらって、本当にありがとうございました!」
あ、うん。それはもういいんだよー。という感じで、私はジョージ君に笑顔を向ける。
「そ、それであの、ボク、アイナ様のこと、本気ですごいなって思って! だから、あの――」
うん?
「ボクもいつか、アイナ様みたいな錬金術師になりたいって……、そう、思ったの!」
……おお。
錬金術、すごく良いよ!
私は神様からもらったスキルがあるからあまり苦労はしてないけど、でも、人を救える凄い技術だよ!
「うん……ジョージ君、ありがと。そう思ってくれるなら、私もとっても嬉しいや」
ジョージ君の前にしゃがみ、目を合わせながら頭を撫でてやる。
表情が犬っぽくて可愛いなぁ、もう。
「待ってるからね。いつか、錬金術のお話をしようね」
「うん、絶対だよ! ボク、頑張るから!」
最後にジョージ君の頬をひと撫でして立ち上がる。
「それじゃ、そろそろ行きますね。本当に、お世話になりました!!」
ルークとエミリアさんを連れ立って、村の門から外に出る。
最初に来たときも、この門を通ったなぁ。そのときは、人っ子ひとりいなかったんだよなぁ。
赤い旗が掲げられていたけど、それももう無いなぁ。
私がここに来たのは、無駄じゃなかったなぁ。
「――うん、死に掛けたけど、良い滞在だったよ」
誰ともなしにつぶやく。
「はい。それに、木彫りの置物も手に入りましたしね」
ルークもまた、同じ感じで返事をする。
「あはは、そういえばそうだね。しかもタダでもらっちゃったしね。うん、すっごく得したよね!」
私とルークは目を合わせて笑い合う。
しかしエミリアさんは、当然のように付いて来れない。
「ええ!? アイナさん、どういうことですかー! 私にも教えてくださいよー」
「そうですね! それじゃどこからお話しましょうか。んー、ルークの大蛇戦からいきますか!?」
「え、何ですかそれ! 聞きたいです!」
「アイナ様、変な脚色はしないでくださいよ……?」
「あはは、大丈夫、大丈夫! それじゃお話しますね――」
ここからは二人旅ではなく、三人旅。
どんな冒険が待っているのかな。今はまだ、それは誰にも分からないわけで――




