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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第6章 遡流の旅路
306/911

306.スライム②

「――うっ、うわああああぁあああっ!!!?」


 突然の恐怖と共に、私は身体を跳ね起こした。

 大量の汗をかいており、動悸も激しい。喉がとても乾いてしまっている。


 雑に暗い闇の中、赤色だけがやたらと鮮明に映える世界。

 あの一件は、私にとってそんなにも際立った出来事だったのだろうか。


 ……いや、実際にその通りなのだろう。

 自分が誰かの人生を終わらせることになるだなんて、私は今まで考えたことも無かったのだから――



 ――ぽよん。



「……うん?」


 悪夢の余韻を引きずりながら、上半身だけ起こして呼吸を整えていると、私の傍らで不思議な気配がした。

 何やら透明な、ゼリー状のものがぷるぷると揺れている。


 それは昨晩、私が見つけたスライムだった。


 確か馬車で寝るときに、一緒に連れてきていたんだっけ。

 私が寝付くまで、気分転換に(つつ)いて()でていたのだが――


「……君、逃げないでいてくれたんだねぇ……」


 そう言いながら、私は改めてつんっと(つつ)いてみる。

 そのスライムはそのまま静かに、ぷるぷると揺れていた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「おはようございまーす」


「あ、おはようございます!」

「アイナ様、おはようございます」


 馬車から降りて、エミリアさんとルークに挨拶をする。

 二人はすでに起きていて、焚き火を囲んでお湯を沸かしているところだった。


 お湯なんて、私が錬金術を使えればすぐに作れてしまうけど――

 ……れんきーんっ


 ………………。


 ……やっぱりダメか。

 私は自分の右手を見ながら、小さくため息をついた。


 錬金術の使えない私なんて、何でも鑑定ができる優良倉庫でしかない。


 ……いや、それはそれで凄い需要がどこかにありそうだ。

 それならまだまだ、私も捨てたものじゃないか。



 ふと顔を上げると、エミリアさんが私を見ていることに気が付いた。

 目が合って、少し困ったような顔で微笑んでくれる。


「――今日も、ダメですね!」


 私も負けじと、困った顔で微笑み返す。


 きっと毎日見るあの悪夢がどうにかなるまで、私は錬金術を使うことができないのだろう。

 悪夢を見なくなったからといって元に戻るかは分からないけど、とりあえずは平穏な朝が迎えられるようになりたい。


 見て見ぬ振りはしているが、朝一番で目に入るルークとエミリアさんの表情は、やはりどこか緊張している。

 ただでさえこんな生活に巻き込んでしまったのに、私のせいでさらに心配を掛けているこの状況を――やっぱり早々に、何とかしたかった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 焚き火を囲んで、とりあえずお茶を飲む。

 起きたばかりの冷えた身体には、その一杯が何とも強烈に効いてきた。

 身体を動かす力の源というか、今日の活力が生み出される素というか……何だかそんな感じだ。


「……ところでアイナさん。そのスライムって、まだいたんですね?」


 私の膝の上でぷるぷると揺れているスライムを、エミリアさんが軽く(つつ)いた。


「朝にはいなくなってると思ったんですけど、何だかずっと側にいてくれたみたいで。

 ふふふ、何だか嬉しいなぁ♪」


「魔物を従えるには『従魔契約』というレアスキルが必要なのですが……。

 恐らくはそれでは無いですよね?」


 ルークの言葉に、クレントスのヴィクトリアのことをふと思い出した。

 確か彼女はレアスキルの『従魔契約』を持っていたっけ。


 そう思いながら私は自分を鑑定するも、レアスキルのところには『従魔契約』は出てこなかった。

 突然そんなパワーアップイベントなんて起きるわけがないし――仮に起きるとしたら、光竜王様からもらった『神竜の卵』が使えたときかな?


「まぁ……ペットみたいな感じ?

 でも、そんな感じで懐いてくれるだけでも嬉しいなぁ。……ねーっ?」


 私はスライムに向けて話し掛けた。

 何というか、この何ともいえない感じ。話し掛けるだけで、返事が戻ってこないのに、やたらと癒されてしまう。


「アイナさん。いっそのこと、もう飼ってしまってはどうですか?」


「え? ……スライムって飼えるんですか? 何を食べるんでしょう……?」


「基本的には雑食って言われてますよ。

 放っておけば、そこら辺の草を食べるみたいです」


「へー……、特に用意しないでも良いんですね。

 しばらく馬車での移動になるだろうし、それなら飼っちゃおうかなぁ……」


 ちらっとルークを見ると、軽く笑いながら静かに頷いてくれた。

 二人が良いのであれば、ここは飼うことを検討してみよう。


 ……まぁ、このスライムが逃げてしまうまでにはなるけどね。



「よーし、それじゃ早速! 君の名前を決めよっかー」


 私はスライムを両手に持って、真っすぐに話し掛けた。


 名前……。ペットの名前……。

 『スライム』だから、そこから(もじ)ると……。


 スラ……、スイ……、スム……。

 ラス……、ライ……、ラム……。

 イス……、イラ……、イム……。

 ムス……、ムラ……、ムイ……。


 ……うーん。

 『スイ』は結構澄んだ感じがして好きだけど、何だか控えておこう。

 『ラム』はお酒っぽくて可愛らしいけど、スライムっぽくは無いかなぁ。


 それなら……

 スライ……、スイム……、スラム……。


 ……むむ? 3文字で考え始めると、途端にややこしくなってしまうぞ?

 ここはもう、(もじ)りは諦めておくか……。


「エミリアさん、何か良さげな名前はありますか?」


「そうですねぇ……。それじゃ、ローレンス!」


「無駄に格好良い!!」


 スライムのローレンス!!


 ……いや、名前負けしてるし!!

 さすがにスライムには違うかな。この子は格好良いというよりも、可愛いって感じだから。


 それじゃ次は、雰囲気から攻めていこうかな。

 透明でぷるぷるしてるから、クリアとかゼリーとか――


 ……あ! リリーちゃん!


 何か嵌った! 私の中で、何か嵌ったぞ!!


「リリーちゃん!!」


「おぉ!? 可愛いですね!

 ……でもこの子って、女の子なんですか?」


「え……? スライムって、性別はあるの?」


「性別はありません。増えるときは分裂をしますので」


「へー。分裂するんだぁ」


 ルークの言葉に、私は納得しながら頷いた。


 改めて見ると、スライムは本当に透明な感じのゼリーなのだ。

 男の子要素も女の子要素も特に無いのだから、性別もやはり無いのだろう。



「――それじゃ、君の名前はリリーだよ!

 私たちと一緒に、旅に来てくれると嬉しいな♪」


 そう言ってから何度か撫でて、私はリリーを地面に下ろした。

 このまま逃げなければ、本当に飼うことにしよう。


 ここで逃げてしまえば、いつかはきっと逃げてしまうのだ。

 そうなってしまえば私も寂しいし、それなら今のうちにお別れしておいた方が気は楽だ。


 ……その辺りのことは、ルークもエミリアさんもすぐに察してくれたようだった。



「リリーちゃん、一緒に来てくれると良いですね」


「なかなかスライムをペットに……というのは難しい話なのですが。

 しかしもし飼えたとなれば、アイナ様の逸話がまた増えることになります」


 ……まぁ、スライムを仲間にするのは浪漫だもんね。

 それはどこの世界でも、変わらないものなのかなぁ?

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