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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第6章 遡流の旅路
305/911

305.スライム①

 ゴトゴトゴト……。



 ――日も暮れるころ、私たちは3日ほどお世話になった村を離れ、馬車に揺られて走っていた。


 御者をしているのはルーク。

 馬車には6人ほどが乗れるスペースがあるが、乗っているのは私とエミリアさんだけだった。


「……馬車だと、やっぱり速いですね。

 それに、ルークさんが馬車を扱うことができて良かったです」


「ルークって、基本的に何でもできちゃいますからね……」


 街門の守衛をやっていたときも、少し距離のあるミラエルツまでは仕事で行っていたみたいだし。

 いろいろなことができるのは、きっと前職での経験が大きいのだろう。……うーん、どこに行っても働き口がありそうだ。



 何となくぼーっと景色を眺めていると、村での出来事を嫌でも思い出してしまう。

 村長さんの息子さんが帰ってきて、そのまま王都からきた騎士や兵士たちと戦って――


 ……私たちはそのあと、早々に村を離れた。

 村長さんや息子さんに土下座をされて命を乞われたが、そもそも命を奪うつもりなんて毛頭なかった。


 仮に命を奪ったところで良いことが起きるわけでもないし、恨みを無駄に買う必要も無い。

 私たちは王様の命令のために追われているが、そもそも悪人では無いのだ。……悪人では、無いはずだ。


 しかし事情はどうであれ、村長さんたちが私たちの命を狙う側に付いたことは確かだった。

 だからこそ、私たちが多少の無理を要求したところで、それはきっと許されるものだっただろう。



 ――私たちは、村長さんの家の馬車を譲り受けることにした。

 譲り受けるとはいっても相応のお金は払ったし、村長さん側としてもそれを断るという選択肢はあり得なかった。

 ……何せ、そのときはまだ彼らの命が懸かっていたのだから。


 そして馬車と一緒に、積まれていた荷物もすべて譲って頂いた。

 そもそも息子さんは王都までは買い出しに行っていたそうで、馬車にはたくさんの食糧が積み込まれていたのだ。


 村長さんたちには申し訳なかったが、私たちとしては当面の食糧を確保することができたし、とても助かることになった。

 その代わり、馬車と食糧を買い直すだけの十分なお金は渡してきたけど――


「はぁ……」


 ため息と共に浮かんでくるのは、去り際の奥さんの顔だった。

 何とも言えない、あの表情。少し前まではあんなに良くしてもらっていたのに……。


 私はどんな顔で、彼女を見ていたっけ?

 涙が出そうになって、唇を噛み締めていた記憶はあるけど……何だか少し、曖昧かな……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――夜。


 私たちは焚き火を囲みながら、暖を取っていた。

 さすがに夜は冷える。……いや、最近はやたらと夜が冷え込むというか……。


 その近くでは、馬が餌の乾草を食べている。

 しばらくは馬車を走らせ続けるということで、餌も村長さんの家にあったものを買ってきていたのだ。


 先を急ぐ道ではあるけれど、やはり私たちが歩くよりも馬車の方が速い。

 だからこそ、馬にもゆっくりと休んでもらわないと……。



「……今日も、やっと終わりですね……」


 どこか寒々しい夜空を見上げながら、私は呟いた。

 最近は1日1日を過ごすのが何とも疲れる。実際のところ、心身ともに負荷が高いのだろう。


 今日という日がようやく終わることに、漠然とした満足感が生まれる。

 しかし明日には、大変な一日がまた新しく始まってしまう。


 そしてその大変な一日を迎えるためにも、私は悪夢を見なければいけない。

 眠らないわけにはいかない。しかし眠ってしまえば、そのあとに待ち構えるのは――



 ……ふと気付くと、私はエミリアさんにじぃっと見つめられていた。

 その表情は特に感情を映していなかったが、焚火の暖色が頬を照らしていて何とも幻想的だった。


「エミリアさん? ……どうかしましたか?」


「いえ……。今日も、お疲れ様でした……って、思いまして」


「……む? そうですね、今日も疲れました……。

 エミリアさんも、ルークも、お疲れ様でした」


 そう言いながら、傍らの乾いた木枝を焚き火に放り込む。

 燃える音がパチパチと響き、何だか心を癒してくれる気がした。


「――そういえば、ルーク。

 神剣アゼルラディアはどんな感じ? 村で戦ったときは、結構使いこなしているのかなーって思ったけど」


「はい、暗黒の神殿で初めて使ったときよりも慣れてきました。

 実際に振るう機会は少ないのですが、使うイメージが分かってきましたので」


「使うイメージ?」


「そうですね……。剣を振るったとき、どういう力がどれくらい掛かるか……。

 振ったときに、どういうことが起きるか……。かなり特殊な剣なので、それが分かるだけでも結構扱えるようになりました」


「私にはちょっと想像が付かないけど……。

 そうだよね、振るだけで地面をえぐっちゃうような剣だもんね……」


 そこだけを見れば、ジェラードのアクセサリに付いた『風刃』の上位互換かもしれない。

 さすがに神器だから、そのあたりは余裕で上回っているのだろうけど――



「……そういえばジェラードさん、どうしてるかなぁ……」


 久し振りに頭に浮かんだその名前。

 ルークやエミリアさんと同じく、私がとても頼りにしている仲間の一人だ。


「ジェラードさん、ちょうど王都を離れていたんですよね。

 ……確か、ミラエルツに行ったんでしたっけ?」


「はい。ちょっと用事があるそうで……」


 ――動かなくされた右腕の、借りを返しに行く。

 過去の恨みを晴らすというより、未来に進むための清算をする……そんな感じだったけど。


「多分、ジェラードさんも『世界の声』を聞いているはずですよね。

 ……あれを聞いて、何て思ったんでしょうね?」


 エミリアさんが焚き火を眺めながら、そんなことを呟いた。


 そういえば、その観点は無かったかもしれない。

 今までは敵対した王様たちや、まったくの無関係だった人ばかりのことを思い描いていた。

 しかし私たちがここまで旅をして、今まで好意的に接してくれた人にも、あの『世界の声』は届いているはずなのだ。


 例えばジェラード、例えばテレーゼさん、例えばヴィオラさん、例えばアドルフさん――


「……再会したとき、何て言われちゃいますかね……?」


「そうですね……。やっぱり、『アイナさんだし』みたいな感じじゃないですか?」


 エミリアさんは、悪戯っぽい感じでそう答えた。

 まぁまぁ、それは否定はできないけど――


「あはは……。

 ……でも、みんなに会いたいなぁ……」


「大丈夫です。きっと会えますよ! だから、楽しみにしていましょうね」


「その通りです、アイナ様。今を越えればきっと――」


 ……きっと、そのときが来る。


 うん、そうなれば嬉しい限りだ。

 ――いや、私たちはそうしなければいけないのだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……ん?」


 焚火にあたりながら、引き続きぼーっと時間を過ごしていると、私の足元に何かが寄ってきた。

 それは何だか透明な、ゼリー状のものだった。


「……あ、スライムですね」


 私が足元を見ていると、エミリアさんもそれを覗き込みながらそう言った。


「おぉ……、スライムですか……。

 私、実物を見るのは初めてです!」


「そうなんですか? 普通はあまり意識しませんからね」


「アイナ様、倒しますか?」


 ……おおぅ、ルークにとっては倒す対象なのか。

 攻撃されるならさっさと倒すところだけど、何だか可愛いし、人畜無害な感じがするし……。


「スライムって、倒さないとダメなもの?」


「いえ。このスライムでしたら問題ありません。

 中には毒や酸を吐くものもいるので、そういったものは危険なのですが」


「いろいろ種類があるんだね……。

 害が無いならこのままで良いんじゃない? この子も頑張って生きているんだろうし」


 このスライムには『頑張る』という概念が無いかもしれない。

 ……いや、多分無いだろう。というか、何も考えてないだろう。本能の赴くまま生きているって感じだろうし。


 だからこそ、最近いろいろと考えすぎる私にとっては、それが何とも羨ましく、そして愛おしかった。

 そんな存在を、気軽に倒してしまえるわけは無いのだ。



「――ふふふ。可愛い♪」


 私がそのスライムを指で(つつ)いていると、エミリアさんも一緒に(つつ)き始めた。


「あはは♪ 確かに、可愛いですね」


「ですよねー」


 その後も私たちは微笑ましくスライムを(つつ)いていたが、ルークはその光景を優しく眺めているだけだった。

 さすがにルークが(つつ)き始めたら、弱い者いじめに見えてしまうかもしれない。


 ……それならまぁ、眺めているだけというのも仕方が無いか。

 そんなことを考えながら、私はいつの間にか口元を緩ませてしまっていた。

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