299.ある村にて①
様々な不安や心配を抱えながら、私たちは人通りの少ない場所を選んで進んでいった。
広い道から離れた草原――といった感じの場所。少しは歩きにくいものの、精神的にはずいぶん楽だった。
ひたすら歩いて陽も暮れたころ、私たちはようやく小さな村を発見することができた。
水は持っていたので大丈夫だったが、ここに至るまで食事は何もとっていない。
何ともお腹が空いたところではあるが、まずは寝る場所を確保しなければ――
「……泊まるところ、あるかなぁ……」
村をざっと眺めれば、周囲を柵で囲ってはいるものの、村の入口に人が立っているということはなかった。
ひとまず村に入るための身分証明は必要が無さそうだ。……泊まるときには分からないけど、そこで求められたら何とか誤魔化すことにしよう。
「私の格好――鎧が良いもののままなので、私がリーダーという設定でいきましょう。
それと、ここからは偽名を使いませんか?」
ルークが率先してそう言った。
エミリアさんがずっとルーンセラフィス教の法衣であるように、ルークもずっとあの日の格好のままなのだ。
普段よりも良い鎧を着けているので、この3人の中ではぶっちゃけ一番リーダーっぽい。
それに、偽名の件も良い提案だ。
本名で呼び合っていたら即バレするか、バレなかったとしてもその情報がいつか広まってしまうだろう。
「……うん、そうだね。そうしよっか、デイミアン」
「私がアンジェリカで、アイナさんがフレデリカさんですね!」
エミリアさんが何だかうきうきしながら言った。
呼び合う名前を変えるだけで、いつもとは違う非日常に。それが心躍る……といった感じだろう。
「呼び間違えたら、金貨1枚のペナルティにしましょうね」
「「えっ」」
「……あ、いや。それくらいの緊張感を持って……ということで!」
「「なるほど!」」
私の提案は笑いを外してしまったが、何とかフォローすることに成功した。
……しかし実際のところ、金貨を1枚出して無かったことにできるのであれば、それはかなりお安いものだ。
今はその1つのミスが命取りになってしまうのだから。
「――そうだ。もし鑑定できる人がいたら、私が高位の錬金術師だってバレちゃうから……ちょっと調整しておきますね。
私は駆け出しの魔法使いという設定でお願いします」
「おー、魔法使いフレデリカさん!」
エミリアさんは何かを納得しながら頷いている。
個人的にはエミリアさんの魔法使いルートの方が気になるんだけど……。でもそれは、私しか知らないことか。
そんなことを思いながら、ユニークスキル『情報秘匿』を使って、鑑定されたとき用のスキルを調整していく。
ちょちょいのちょいっと数字をいじって、こんな感じで終了――
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【アイナ・バートランド・クリスティア】
職業:錬金術師 魔法使い
一般スキル:
・水魔法:Lv25(Lv25)
・装飾魔法:Lv25(Lv25)
・錬金術:Lv99(Lv7)
・鑑定:Lv99(Lv17)
・収納:Lv99(Lv11)
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括弧の中が鑑定されたときのレベル、括弧の外が本来のレベルだ。
職業の『錬金術師』は消すことができないので、錬金術スキルは低いレベルで残すことにした。
そしていつの間にか増えていた職業の『魔法使い』を活かして、魔法系のスキルをばっちり主張しておく。
……これならきっと、ぱっと見の印象としては『魔法使い』として認識されるだろう。
「どうでしょう。それっぽいですか?」
鑑定のウィンドウを二人に見せて、感想を聞いてみる。
「……おお、魔法のレベルが結構高いですね……。
レベル25って、一人前のレベルですよ?」
「何だかんだで普通に使えるレベルですからね……。
それでは魔法使い、兼、駆け出し錬金術師っていう設定でいきますね」
「そうですね。このバランスであれば、魔法使いとして見られると思います。
さすがに錬金術スキルが低いので、『世界の声』で告知された錬金術師とは思わないでしょう」
「……あ、でも鑑定だと名前がバレちゃいますね」
「確かに!!」
エミリアさんの言葉に、私は致命的な問題を突き付けられてしまった。
「――しかし名前まで鑑定するのは高レベルの鑑定スキルが必要ですし、この村なら問題ないと思います。
もしバレたなら、そこはもうどうにかするのみです」
ルークは説得力のある感じで言ったが、よくよく聞いてみれば具体的なことは何も言っていなかった。
その場の状況が分からなければどうしようもないし、まぁそれも仕方が無いか。
「……ところでフレデリカさん、スキルといえば――光竜王様からレアスキルをもらいましたよね。
あれってどういうスキルなんですか?」
「え? あ、そういえばアンジェリカさんとデイミアンは鑑定できないから、まだ知りませんよね。
それじゃ、今日の夜にでもお話しましょう」
「えぇー!? フレデリカさんはもう知ってるんですか!?
私も早く使いたいです!!」
「いやぁ……。すぐには使えないんですよ、あれ……。
だから安心してください」
「むむ?」
エミリアさんは不思議そうな表情を浮かべるが、それよりも今は今晩の宿を確保しなければいけない。
楽しそうな話はあとに回して、今は面倒なことを先に潰してしまおう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――もし、そこのお方。この村に何か御用ですかな……?」
村の中に入ると、しばらくして村人が遠くから話し掛けてきた。
雨に濡れないように家の中から扉を開けて、身体を半分出しているような状態だ。
風貌としては老人……とまでは言わないが、少し老けた中年の男性。
その村人からの問い掛けに、ルークが丁寧に返事をした。
「私たちは旅の者なのですが、今晩泊まる宿を探しております。
この村に、どこか泊まるところはあるでしょうか?」
「ほう……、こんな雨の中を大変ですな……。
生憎とこの村には泊まる場所はございません。――とはいえ、お客人をこのまま返すわけにはいきますまい」
「寝泊まりができれば問題はありません。
できれば食事も頂きたくはあるのですが――」
「ふむ……。それでは狭いですが、我が家に泊まられますかな?
ちょうど今、息子が王都に出向いておりますので、部屋は空いているのです」
「おお、ありがとうございます!」
思い掛けず、今晩の宿が速攻で決まってしまった。
順調すぎて怖いところもあるけど、まずはこのスピード感を喜ぶことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あなた方に、お願いがあるのです」
濡れた服を魔法で乾かしながら暖炉にあたっていると、村の男性がそう言ってきた。
すでに終わらせた自己紹介によれば、この男性はこの村の村長らしい。
見知らぬ村を訪れたときの村長からの依頼というのは、ゲームでもよくある話だ。
どんな依頼なのか、少しだけ楽しみだったりして……?
「何かお困りごとですか?」
これは私の台詞……ではなくて、ルークの台詞。
今はルークがリーダーという設定だから、こういう話は全部ルークに任せることにしていた。
私は私でまったりと、エミリアさんと並んでその会話を静かに聞いている。
……いつもと勝手が違うけど、これは何だか楽だなぁ。
「はい……。あなた方もご存知でしょうが、この5日ほど雨がずっと降り続いております。
このままでは畑がダメになってしまうので、対応を行わなければいけないのですが……人手が足りなくて……」
……なるほど。……ん? 畑……?
「私どもは何をすれば良いのでしょう」
「はい、デイミアン殿には畑での作業を手伝って頂きたいのです。
力仕事の手が足りておりませんので……」
――むむ?
まさかこのタイミングで、そういう頼みごと……?
農業はこの村の死活問題だろうから、大切なことであるのは確かなんだけど――
それにしても何だか一気にゲーム感というか、ファンタジー感が消え失せてしまった。
……いや、畑の作業が大切なことなのは分かるんだけど――いや、うん、とっても大切なことだよね! これは手伝わないとね!
ルークは一度、私をちらっと見た。
名目上はルークがリーダーだけど、決定権は私にあるのだ。
その前提を踏まえて、私は小さく頷いた。
「――分かりました。ただ、あまり滞在はできませんので……そこはご容赦ください」
「おお、助かります! それではデイミアン殿には明日、畑での作業をお願いいたします!
次に、アンジェリカ殿には病人を診て頂きたいのですが……」
「え? この村には病人がいるのですか?」
村長さんの言葉に、エミリアさんは身体を乗り出した。
さすが聖職者、そういったことには人一倍反応をしてしまうのだろう。
「病人とはいっても風邪なのですが……。この雨の中、身体を冷やす者が多くて……」
「いえ、こじらせると大変ですからね。今から向かいますか?」
「はい、是非お願いいたします。その間に、食事の準備をいたしましょう」
病気の治療といえば、本来は私の仕事なんだけど――
むむむ……。今は仕方ないとはいえ、何だか得意分野を取られた感じで悔しい!
「さて、それでフレデリカ殿には――」
そしてついに、私の番。
一旦どんな頼みがくるんだろう……!?
「――食事の準備と洗濯をお願いしても良いですか?」
……………………。
めっちゃ家事やーんっ!!!!
――と思ったけど、洗濯は一番得意でした。魔法があるから。
食事の準備もこの3人の中では一番得意なつもり。
……村長さん、とっても名采配☆




