異世界冒険録～神器のアルケミスト～

第5章 王都ヴェセルブルク

296．それは世界に刻まれて⑤

　王都から逃げることを決めた私たちは、とりあえず一番近くの街壁に向かうことにした。

　転送してきた公園からであれば、１時間以内には着くことができるだろう。

「それにしても――こんな時間なのに、何だか騒がしいですね……」

　急ぎ足で歩きながら、エミリアさんがそう言った。

　時間はすでに０時だ。こんな遅い時間にしては、確かに街全体が賑わしいというか……。

　どこを歩くにも通りには人が溢れ、皆が不安そうに話をしている。

　しかし、その理由は――

「……『世界の声』……ですよね……」

「あ……」

　私の返事に、エミリアさんはすぐに理解を示した。

　新しい神器が作られたことは、『世界の声』によって世界の全員に告知されてしまった。

　にわかに信じ難いことではあるが、王様は会った早々に新しい神器の存在を口にしていたのだ。

　王都から遠く離れた場所では、もしかしたら告知が届かないという可能性もあるが、今はそんなことを考えていても仕方が無い。

　……ただ、少なくとも王都に暮らす人たちには届いていることだろう。

　そして、そんな声が突然聞こえてきたら――誰もが不安になるのは容易に考えられる。

　これが仮に元の世界での話であれば、きっと住所や顔写真などもあっさり特定されて、ネットですぐに広まってしまうだろう。

　しかしこの世界にはそんな技術は無い。

　だから、今のところは通りを普通に歩けてはいるのだけど――

　……私たちは話す余裕も無く、できる限りの速さで歩みを進めた。

　できる限りとは言っても、今日はまだまだ歩き続けなければいけない。

　体力の配分を考えれば、あまり速く歩けないというのももどかしかった。

◇　◇　◇　◇　◇

　不安に話す人々の横を通りながら、私たちは何とか街壁まで辿り着くことができた。

　さすがにそこは人影も無く、私たちしかいないようだった。

　今はすべての街門が閉ざされ、仮に開いていたとしても、外に出るには身分証明のカードなどを提示しなければいけない。

　つまり街門に行っても捕まってしまうだろうから、街壁まで来たのだけど――

「……爆弾で壊そうかと思ったんだけど……さすがに無理か……」

　冷静に考えると、爆弾ごときで壊せる街壁であれば、街の防衛機能としては致命的な問題である。

　それでも爆弾をたくさんつぎ込めば、いずれは壊せるとは思うけど――それには時間が掛かりすぎるわけで。

「――ならば、この剣に責任を取ってもらいましょう」

「……え？」

「この剣の力を借りて、ここを街壁を破壊します……！」

　ルークは神剣アゼルラディアを手に取り、街壁に向かって構えた。

「確かにその剣は強いけど……」

　暗黒の神殿での戦いを思い返してみれば、剣を振るうだけで爆弾のような破壊力を生み出していた。

　しかし結局は爆弾程度のレベルだから、こんな巨大な壁を壊せるはずもない。……いや、もっと強い力を持っている……？

「エミリアさん、支援をお願いします」

「は、はい！　……それでは、攻撃寄りのものを――」

　場の流れを汲み、エミリアさんは攻撃寄りの支援魔法を掛け始める。

　その間に、ルークはこれから行うことを話してくれた。

「アイナ様、先日お話した……私の必殺技のことを覚えていますか？」

「え？　えぇっと……『響震剣』がストーンゴーレムの１匹目を倒した……振動を叩き込むやつだよね？

　それと……２匹目をスッパリと切断してたやつ……？」

「はい。２つ目は『響斬剣』という技なのですが、剣に細かい振動を伴わせて斬るものです。

　そしてあと１つ、魔法剣の技がありまして……」

　魔法剣の技……？

　そういえばルークが修行から戻ってきた夜、そんな話も出ていたっけ……？

「確かに、あったような……！」

「師匠曰く、神器も魔法剣の一種だと言っておられました。

　従って、この剣を使えばその必殺技を撃つことができると思うのです」

「なるほど……？

　でも、それって本番一発勝負ってことだよね……？」

「はい。しかし問題ありません。

　修行では『できなければ死』ということがよくありました。こんなところで、しくじるはずがありません」

「うおぉ、メンタル強……ッ！」

　何とも羨ましい限りではあるが、しかしルークはそれ以上の苦労をしてきているのだ。

　ただ単純に羨むだけというのも申し訳ない。

「――ルークさん、支援魔法を掛け終わりました！」

「ありがとうございます！

　……それではアイナ様、エミリアさん。ご覚悟はよろしいですか？

　大きな音がすると思うので、街の人々がすぐに集まってくると思います」

「覚悟も何も……どうしようも無いから……！」

「私も大丈夫です！

　魔力がまたギリギリになってしまいましたので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが……」

　いや、迷惑を掛けるだなんて――

　むしろ迷惑を掛けているのは私なのだ。

　言葉に出せば涙が零れてしまう。

　ここはそっとエミリアさんの手を握って、口に出せない思いを伝えることにした。

「それでは参ります……。

　――ハアアアアァッ！！」

　ルークが剣に気合いを込めると、突然大きな力の塊が剣を包み込んだ。

　それは徐々に剣先に集まり、大きな球を形作って――

「弾けろッ！！！！　――『重爆響崩撃』ッ！！！！」

　ズゴオォオォオォオオオォォオオオンッ！！！！！！！！

「ひゃっ！？」

「ひぇ……」

　凄まじい音と共に、街壁には大きな穴が穿たれ、周囲には大量の砂煙が舞い上がった。

　砂煙の間からは――何も見えない。ただただ、そこには砂煙が広がっていた。

「かなり煙たいですが、おそらくは貫通したと思います。

　私が先に入りますので、10秒ほどしたら付いてきてください！

　……もし貫通していなかったら、もう一度今の技を使います！」

「うん、分かった！　お願い――」

　私の言葉を最後まで待たず、ルークは街壁の穴に入っていった。

「アイナさん、10秒数えますね！

　いーち……、にーぃ……、さーん……」

　エミリアさんは街壁とは逆の方向を気にしながら、そわそわと数を数え始めた。

　耳を澄ませてみれば、この場所に人の気配が近寄っているような――

「――きゅーぅ……、じゅう！！

　アイナさん、行きましょう！！」

「はい！　……あ、私はちょっとやることがあるので前を行ってください！！」

「えっ！？　時間なんてありませんよ！？」

「大丈夫です、瓦礫を拾っていくだけですから！！」

「え？　え？　……いえ、お任せします！　またのちほど！！」

　エミリアさんはそう言うと、街壁の大穴に入っていった。

　それじゃ私も、大穴の近くに落ちた瓦礫をアイテムボックスに入れながら――

◇　◇　◇　◇　◇

「けほっ、けほっ……」

　何とも煙い大穴の中を走ると、しばらくしてから街壁の向こう側――街の外に出ることができた。

「けほっ……」

　私の近くではエミリアさんも咳込んでいる。

　マスクみたいなものを先に作っておけば――とは思ったけれど、時間がさすがに無かったか。

「アイナ様、エミリアさん、ご無事で何よりです！

　それでは早速、できるだけ遠くに逃げましょう」

「うん！　……あ、その前に――」

　れんきーんっ

　バチッ

「え……？　アイナさん、何を……？」

「大穴を塞いでいった方が、時間稼ぎができるかなって！」

　――というわけで、先ほど集めた瓦礫を使って、大きな岩を作って穴を塞いでみた！

　これならきっと、少しくらいは時間を稼げるだろう。

　何せここまで来るには、街門からまわってくるか、この大きな岩をどかさなければいけないのだ。

「なるほど……、良い考えです！

　しかし街の中の声も大きくなってきましたし、すぐにここを離れましょう！」

　街壁の向こう側では、たくさんの人が騒いでいるのが聞こえてきた。

　確かにこのままゆっくりはしていられない。

　どこに向かうかは決めていないけど、ひとまずは距離を稼がないと――

　――ポツッ

「……！？」

　不意に私の顔を叩いた冷たい感覚。

　私にとってそれは特に珍しいものではなかったけれど、この世界に来てからは初めての経験――

　――雨。

「……珍しいですね、雨だなんて……。

　そういえば空も、いつの間にか雲がたくさん……」

「何とも間の悪い……。

　ひとまずは小さな集落にでも向かいましょう！　少しでも休息を取らなければ……」

　……今日は朝からずっと大変だった。

　時間はもう深夜。確かにそろそろ、体力の限界が見えてきている。

　しかし、まだ休むわけにはいかない――

「そうだね、ルークの言う通りにしよう。

　少しでも眠って、また……できるだけ遠くに行かないと……！」

　そして私たちは歩き出した。

　――雨。

　それはもしかしたら、光竜王様の加護が切れた証なのかもしれない。

　かつて神剣カルタペズラが作られたとき、『生きとし生けるものが祝福を与えた』という。

　私が作った神剣アゼルラディアは、もしかして『生きとし生けるものが悲しみの涙を流した』などと伝えられてしまうのだろうか。

「――ははっ……」

　何とも自虐的な笑いが込み上げた。

　ふと王都を振り返ってみれば、２か月以上の日々の記憶が蘇える。

　……いろいろあった。

　私が転生して以来、一番長くいた街。

　……たくさんの人たちと会った。

　テレーゼさんにダグラスさん、レオノーラさん、使用人のみんな、それ以外にも……。

　……初めての家も持ったし、やり掛けのことなんてまだたくさん残っている。

　シェリルさんとヴィオラさんのこと、ファーディナンドさんのこと、自分のお店のこと……。

　思い出すほどに、私の視界がぼやけていくのを感じる。

　……雨が目に入ったのかな？

　しかしそれが理由で無いことなんて、当然すぐに分かってしまうわけで――