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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第5章 王都ヴェセルブルク
290/911

290.暗闇の神殿⑤

「――メリット……。

 光竜王様が、ご自身の魂を捧げるメリット――」


「……アイナよ。近くに寄り、我が身体に触れるが良い……」


「え……?」


 突然の要求に、私は1回ルークとエミリアさんと顔を見合わせてから――そして光竜王様に近寄った。

 近付けば近付くほどに光竜王様の顔は見えなくなり、私の目の前にある身体も、何だか立派な像のように思えてきてしまう。


 寒さを感じるほどの強烈な雰囲気の中、ようやくその美しい竜鱗に触れてみると――


「冷たっ」


 生物学的に見れば、恒温動物では無いのだろうか。

 いや、外装である竜鱗が冷たいだけなのだろうか。


 しばらく冷たいのを我慢していると、10秒ほど経ってからようやく光竜王様が話を続けてくれた。


「――……なるほどな。……うむ、良かろう。問題は無い……」


「えぇっと……。もう離れても良いですか……?」


「元の場所まで戻るが良い……。その場所にいられては、お前の顔が見えないのでな……」


 こちらとしてもそれは助かる。

 このままだと、何だか壁と話しているような感じだし……。


 許可をもらったので、私は小走りでルークとエミリアさんのいる場所まで戻った。



「ところで、今のは何だったんですか……?」


「……少しお前の記憶を覗かせてもらった……。

 必要な部分だけだから、あまり心配することは無い……」


 え、えー……?

 人に話して恥ずかしいことまでは見られていないよね……?


「す、凄いですね……。

 そういう話は創作物で見たことがありますけど……大体は頭に手を触れていたような……」


「それが最も見やすくはあるのだが……。

 我の手がお前の頭をかざすなど……不安であろう?」


 光竜王様は何となく、悪戯っぽい感じで言ってきた。

 確かにあんな巨大な手が私の目前にまで来たら――うん、正直不安と言うか、恐怖と言うか、完全に戦慄レベルだ。


「お気遣い、ありがとうございます……。

 それにしても何で私の記憶を突然?」


「これから話をすることには、いくつか前提条件があるのでな……。

 ……私とて万能では無い。お前のことをずっと見ていたわけではないから……記憶から補完させてもらったのだ……」


「な、なるほど……」


 そういえば『意識をすればどこでも見ることができる』って言っていたもんね。

 逆にいえば『意識をしなければどこも見ることはできない』のだろう。



「――話を続けるが……、まずはここで『転生』の話をしよう……」


「え!?」


 突然の単語に、私は驚きの言葉を発してしまった。

 ルークとエミリアさんは、そんな私を少し不思議そうに見ている。


「今回は竜王種による転生の話だ……。安心するが良い……」


 ……ああ、私の転生の話では無いのか。

 突然こんな場所で私の転生が暴露されたら――いや別に困ることは無いんだけど、何となく心の準備というか。


「竜王様の転生……ですか?」


「うむ……。

 竜王種は神の眷属……。それゆえに長い寿命を持っておる……。

 しかし自らの意思で、ある程度自由に次の命を得ることができるのだ……」


「……次の命?」


「古き身体を捨て、新たな身体を得る……。

 今の力を失うことになるが、しかしまた成長することが可能になるのだ……」


「最初から成長した状態では無い……ということですか?」


「竜王種が持つ力は大きいものだ……。

 再びそれを得るためには、ある程度の時間が必要になってしまう……。

 他の生物であれば、最初から成長しきった状態――というのも可能ではあるがな……」


 ふむふむ……。私の場合は人間種族だったから、最初から成長しきった状態だったと……。

 いや、17歳が『成長しきった状態』なのかは議論の余地があるだろうけど、可能性に満ちた年齢帯であることは確かだからね。


「それでは竜王様は、これから転生をして……若い身体になると?」


「……この身体を見よ……。

 300年をこの状態で過ごしているからな……。……案外と、中身もボロボロになっているのだよ。

 そのために、我が神力も衰え始めておる……」


 案外と――って……。

 そんなに柱が刺さった状態で300年も生きてるだけで十分に凄いんだけど……。


 ……それに、『神力』?

 初耳だけど、今まで私たちが感じ取っていた『魔力のようなもの』の話かな……?



「――……さて、次にお前が望む神器の話をしよう……」


「は、はい!」


「お前の記憶は見させてもらった……。

 すでに『光竜の魂』以外の素材は揃っている……。そして、神器作成に必要な呪文――『宣言』も暗記しているようだな……」


「うわぁ……。そんなところまで見たんですか……?」


 誰もいないところで、口に出して練習を続けていたものだけど――何回か舌を噛んじゃったのまでは見られてないよね?


「……ふふ、安心するが良い。舌を噛んだところまでは見ていないからな……」


「……見てるじゃないですか……」


「…………すまん、失言だ……」


「はい……」


 …………。



「……話を進めよう……。

 実は竜王種が転生するときには、その魂も再構成されるのだ……。

 神や竜王といった存在は、時を経るに従いその魂も大きくなっていくのでな……」


 魂も大きく――

 それは何とも超越的な話だ。……というか、私は魂なんてものを見たことが無いから、ここら辺は捉えにくい話ではある。


「私には理解が追い付きませんが……、光竜王様はすでに長く生きていらっしゃるんですよね?」


「うむ……。加えて言うと、その大きさ故に自身の魂を転生後にすべて持ちこすことができないのだ……。

 ……従って、我が転生するにあたっては多少の魂が余ってしまう……」


「もしかして、その余った部分で神器を……?」


「通常は新たな眷属を生み出したりするのだが、今回は……な。

 ……我が転生に際して新しい魂を錬成するから……お前はそれを使うだけで良い」


「新しい魂を……? 光竜王様は凄いんですね……」


 ……凄いのも当然か。

 何せ神様の眷属。さらに光属性というのであれば、何となく6属性の中でも序列が高そうだ。



「――……ここまで話をすれば十分か……?

 他に聞きたいことがあるなら答えるが……」


「光竜王様が先ほど仰られたメリット……というのは、何ですか?」


「すでに話した……転生、だな。

 転生後に我は新たな命と自由を得る……。……もちろん、人間に害をなすことはしないから安心するが良い。

 ……こう見えても、人間というものはなかなか好きなのだ」


 光竜王様の目が、ふとずっと遠くを見た気がした。

 好きな人間によって封じられてしまった自身に、何らかの思いを寄せているのだろうか。


 光竜王様は私たちの助力で自由を得る。

 私たちは光竜王様の導きで神器を作ることができる。


 何ともお互い、良いところづくめに見えるんだけど――



「……もし、私が光竜王様の助力をした場合、まことに申し上げ辛いのですが――

 私にデメリットはあるのでしょうか」


「ふふ、我にそれを聞くか……」


 光竜王様は笑いながらのそっという感じで、その身を少し動かした。

 少しとはいえ巨大な身体だ。それだけで地面が軽く揺れることになる。


「――……お前のデメリットは大いにあるぞ……。我からは教えられんがな……。

 しかしお前には、神器を作ることができるという大きなメリットがあるだろう……?

 ……どちらを取るか、それはお前が自由意思を以って決めるが良い……」



 光竜王様の話に乗れば、私には大きなメリットがあるが、大きなデメリットもある。

 大きなメリットというのは、私の旅の最後の一欠片。

 大きなデメリットというのは、……まるで正体が分からない。



「――迷っておるのか……? ……それならヒントくらいは与えてやろう……。

 そのデメリットというのは……宗教観で言うところの、いわゆる『試練』というものだ……。

 お前自らが変わるものでは無い。仲間が変わるものでも無い。

 ……故に、多くの仲間たちと乗り越えていけば良いだろう……」


 頼まれもしないのに、光竜王様はヒントを出してくれた。

 きっと光竜王様としても、この機会に転生をしたいのだろう。


 光竜王様――……完全無欠の荘厳な竜王と思っていたけど、何だか少しだけ可愛いかもしれない。

 それに、辛い試練が待っていようとも、きっとルークとエミリアさんがいてくれれば乗り越えられる気がする。


 それならば、私の答えは――


 一度、ルークとエミリアさんの顔を見る。

 二人は強く頷き、私の決意を後押ししてくれた。



「――分かりました、光竜王様の助力をさせて頂きます!!」



 この返事から続く未来を、私たちはまだ知らない。

 しかし、きっと後悔はしないはず。――そう、信じたい。

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