284.謁見II⑤
私が呆然とする中、王様とオティーリエさんが満足げな表情を浮かべる中、周囲の輝きは一か所に集まっていった。
その輝きは徐々に形を成していき、そして――
「――ホログラム……?」
元の世界で見たことのあるような、宙に浮かび上がった立体映像。
青白い光を湛えるその映像は、美しい女性を描いていた。
まるで、女神様のような――
「……『白金の儀式』の開始を確認しました。
これより儀式を執り行います……」
どこかから美しい声が響いた。
女神様の口が動いているし、きっとこの女神様の声なのだろう。
それにしても、何て美しい――
私たちを囲んでいる王族たちも、全員がその姿に見惚れているようだった。
「――さぁ、女神サマ。さっさと進めてくださらない?
こんな茶番、早く終わらせてしまいましょう」
その場の空気を壊すように発言したのは、オティーリエさんだった。
しかし儀式が始まったのは良いけれど、ここからどうやって進むのだろう。
女神様がそれぞれの身分や身元を晒してお終い……?
「……儀式進行の条件を満たしていません。
立会人は公正で在るように――……」
バチィイイィッ!!!!!
「がはッ……!?」
「お、お父様!?」
突然響いた激しい音と共に、王様が崩れ落ちた。
まるで至近距離で、強力な電撃でも食らったかのように倒れ込んだのだ。
驚いた騎士たちは王様の元に駆け寄ろうとしたが――女神様の力のせいか、そこまで進めないようだった。
おそらくは儀式を邪魔されないために、結界のようなものが張られているのだろう。
「……な、なるほどな……。立会人というのも楽ではない……か……。
言っても言わなくても結果は変わらぬが……良かろう。アイナよ、聞くがいい……」
「一体、何を……?」
「先ほど私は、『白金の儀式』は『プラチナカードの所有者同士は、身分や身元の照会ができる』……と言ったな?」
「……はい」
「それは本当のことだ。しかし――
だからと言って、みだりにそんなことが増えても困るだろう? ……元々は、身分を隠匿しながらも保証するもの……だからな」
……確かに。
せっかく隠しているのに、いちいち照会されるのも困ってしまう。
「そこでだ……。この『白金の儀式』には、ペナルティが存在する。
照会を求めた方、求められた方は関係ない。プラチナカードに刻まれた身分の低い方が、ペナルティを差し出さなければならないのだ……」
「えぇ……!?
そんなこと言ったら……だって――」
「ようやく気付いたの? ふふ、やっぱり頭がお花畑なのねぇ。
そう、私は世界有数の大国……ヴェルダクレス王国の王位継承順位第1位。これ以上となると、そうは無いわよ?」
「うむ……。今のオティーリエを超えるには、それなりの国を実際に統治している者や、あるいは超高位の聖職者……といったところになる。
果たしてお前が、そんな身分にあるものかな……?」
もしかして、オティーリエさんがわざわざ王位継承順位を上げたのって、それが理由……?
しかし――
「待ってください!
勝ち負けは分かりましたが、ペナルティ……って一体、何ですか!?」
「それはな……勝った者が、望むものだよ」
「は……?」
「んー? まだ分からない?
例えば勝者の私が貴女を望めば、貴女は一生、私のド・レ・イ♪ になるってことよ」
「そ、そんな……!?」
「まぁ……それなりの待遇はしてやるから、そこは安心するが良い。
ただし、この国のために一生働いてもらうがな。はっはっは……!」
「で、でもそれだけなら……。
奴隷紋を刻めば良かっただけなのでは……?」
実際に私を奴隷にしたいというのであれば、普通に奴隷紋を刻めば良いのだ。
人権やら倫理観などの問題はあるだろうが、そんなものは王様の権力でどうにでもなるだろうし――
「それに準じることをやって、シェリルはダメだったのだ。
奴隷紋による支配ではその心までは手に入らない……。私は従順な駒が欲しいのでな。
だからこそ……お前がプラチナカードを所持していると知ったときは、喜びに打ち震えたものだ」
「ついでに言っておくと、『白金の儀式』での隷属は一生消えないの。
うふふ。だから貴女、一生この国の玩具になるのよ。とっても楽しみよねぇ~♪」
……話をまとめると――
私が『白金の儀式』で負けると奴隷になって、一生をこの国のために働かなければいけない……ということだ。
しかも私は不老不死。それこそ未来永劫、使われ続けることになる――
冗談じゃない!!
「――加えて言うとな、身分の差が大きいほどペナルティも多く発生するのだ。
オティーリエはどうしてもあの若者が欲しいようでな……。もし2つ奪えるということになったら、彼が欲しいそうなのだよ」
あの若者――ルークのこと!?
ルークは私のものってわけじゃないけど……まさか、私との主従関係があるから……!?
「で、でも……。
そんなことを言ったら、国王陛下やオティーリエさんは――他のプラチナカードの所有者を好き放題にできるじゃないですか……!?」
「その通りだ……。
しかし『白金の儀式』に参加した者の名前は、ある場所にすべて記録されてしまう。大義のない儀式は、すぐに諸外国から突き上げを食らうのだ。
……そもそも、プラチナカードの能力というのはあくまでも奥の手。基本的な権限は、国際法が担保しているものだからな」
「……今回は、大丈夫だと……?」
「はははっ! 最も望む者がようやく私の前に現れたのだ!
今無理をしないで、いつしろと!? 多少の突き上げなんぞ、力で捻じ伏せてくれるわ!!」
王様は大声で言い放った。
それは何とも自分勝手な理屈――
「……儀式進行の条件を満たしました。
第一の秤にて、その誓いを刻みなさい……」
私たちの話の切れ目を狙ったのか、タイミングの良いところで女神様の言葉が響いてきた。
その言葉の余韻が消えると、オティーリエさんは呪文のようなものを唱え始めた。
「――大いなる海、大いなる大地。古の竜が住まう場所。
争いの絶えぬ空、悠久の広がる大地。古の剣が突き立った場所。
我が血脈、偉大なる英雄の血筋。神より賜った場所。
アルタ・ラスク・ア・ガネラ・ラーベ・ダラス――」
……そしてオティーリエさんの詠唱が終わると、彼女の足元が強く、白色に光り始めた。
よくは分からないが、呪文の詠唱に成功したのだろう。
――……呪文?
「……第一の秤にて、その誓いを受け止めました。
第二の秤にて、その誓いを刻みなさい……」
「…………」
女神様の言葉が響いたあと、私のところで儀式が止まってしまった。
……もちろん、そんな呪文なんて知らないからだ。
「……アイナよ。早く呪文を唱えるが良い。
いや、それすらも知らぬのか――」
王様は、私を見ながら冷静に言った。
しかしこのまま唱えなければ、儀式は成立しないのでは……?
「――このまま呪文を唱えなければお前の負けになるところだが……。
プラチナカードの宝石に手を当ててみよ。そうすれば、呪文は頭に浮かんでくるだろう」
思いがけず助け船を出してくれたのは王様だった。
立会人だから公正にしないと、女神様からまた電撃を受けると思ったのだろう。
……唱えなければ負けならば、唱えるしかない。
勝負事は、最後まで分からないのだから。
――って、全然勝負事になってないけど! 嵌められてるんだけど!!
こんなところで終わりたくは無いんだけどッ!!!!
……そんな怒りと嘆きを込めながら、私は仕方なくプラチナカードの宝石に手を当ててみる。
その瞬間、頭の中に呪文が浮かび上がってきた。
「――光の海、闇の海。大いなる存在が揺蕩う場所。
七つの光、七つの闇、永遠の人が住まう場所。
異なる空、同胞の空。無限の天穹に祝福された場所。
ラ・ディアス・フルクラル・ア・ステル・ディアラード・ファルニカ・リアス・クアラルード――」
私の頭に浮かんだ呪文を唱え終わると、私の足元が強く輝き始めた。
「……わぁ」
私はつい、声を漏らしてしまった。
オティーリエさんの足元の光は美しい白色だったが、私の足元の光は美しい七色だったのだ。
こんなときであっても、美しいものを見れば美しいと感じてしまう。
隷属してしまったあとでも、こんな感覚は残るのだろうか――
「……第二の秤にて、その誓いを受け止めました。
誓いをそれぞれ照会します……」
女神様はそんな言葉を残すと、しばらく静かになってから――
「……第一の秤にて、ヴェルダクレス王国による守護を確認しました。
王位継承順位第1位、Sランクの身分として認定します……」
「――ふん、しっかりできたわね」
そう言ったのはオティーリエさんだった。
彼女は彼女なりに、少しくらいは緊張していたのだろう。……そんな性格にも見えないけれど。
あとは第二の秤――私の身分を照会するだけだ。
大国の王位継承順位第1位の身分になんて、勝てるはずも無い。
……私が甘かった。
王様の提案を断った私も、クレントスでの苦い経験を忘れていた私も、レオノーラさんの忠告を感情のままに無視した私も――
……そんなことを考えている中、無情にも女神様の美しい声が響き渡った。
「……第二の秤にて、絶対神アドラルーンによる守護を確認しました。
極限ランクの身分として認定します……」
――…… んんっ?




