283.謁見II④
突然現れたオティーリエさんはそのまま悠然と、王様のすぐ横まで歩いていった。
私との距離もずいぶん近付き、王様とオティーリエさんの威圧感がダブルで襲ってくる。
「――私が呼ばれたってことは、お父様の思惑通りに進んだってことよね?
まったく馬鹿な人。せっかくの温情があったでしょうに」
お父様……というのは、話の流れからして王様のことだろう。
というと、オティーリエさんって王女様だったのか……。あれ、もしかしてレオノーラさんも……?
でも、呼び方からして姉妹ではなさそうだし、それなら血縁は少し離れているのだろう。
「まぁまぁ、オティーリエよ。そう悪く言うでない。
おかげで私の理想にまた一歩近付くのだからな」
「そうね。それにルーク様は、私が頂きますからね♪」
「何故そこまで目に掛けるかは分からぬが……好きにするが良い」
オティーリエさんは拘束されているルークに投げキッスを送ったあと、王様と一緒に私に冷たい視線を向けてきた。
「――それではお父様、この虫の処理をしてしまいましょう」
「まったく、この口の悪さときたら……。
さて、アイナよ、待たせたな。これから私の望みを言わせてもらおう」
「……それを聞いたら、ルークとエミリアさんを解放して頂けますか?」
「ハッ! エミリア様なんてどうでも良いけど、ルーク様は私が頂くのよ?
アイナさんには選択肢なんて無いんだから――」
「オティーリエ、しばらく黙っていなさい」
「はぁい、お父様。申し訳ございません♪」
王様の注意に、オティーリエさんは人を小馬鹿にする感じで謝った。
「……話が脱線してすまんな。
アイナが私の望みを聞けば、あの2人は解放してやろう。ただ、オティーリエがどうにもあの若者を気に入っていてな……。
そこは本人たちの好きにさせてやってくれ」
そうは言っても、ルークはオティーリエさんに何の興味も持っていない。
つまり私はそのあたりを気にせず、素直に王様の望みとやらを聞いてあげれば良いわけだ。
「……分かりました。それでは、王様のお望みを教えて頂けますか……?」
「うむ、約束したぞ。
……さて、プラチナカードについてだが――もうひとつ、能力があるのだ」
「別の……能力……?」
先ほどは『身分や身元を暴こうとする者に致死のダメージを与える』という能力を教えてもらった。
プラチナカードの存在意義を考えてみれば、これはごく当然の能力だろう。
しかし、それ以外となると……?
「特に重大な事件があったとき、どうしてもプラチナカードを持つ者の身分や身元の確認が必要になる場合がある。
この能力は、そういった特例措置として存在しているのだ」
王様がそう言うと、オティーリエさんはドレスのどこかから一枚のカードを取り出して、自身の口元に当てた。
「あ……」
「うふふ♪ 私もプラチナカードを作ってもらったの。どう? 良いでしょう?
――って、アイナさんも持ってるのよね? まったく、下賤な者が、身分不相応に……」
嬉しそうに言ったり、苦虫を潰したように言ったりと、オティーリエさんの顔も忙しそうだ。
まともに取り合っていてはキリがない。私はそんなふうに、彼女のことは茶化しながらスルーしておくことにした。
「オティーリエはこの1か月ほど、王族に伝わる試練を受けに行っていてな。
無事にクリアして、見事に生還したわけだ。その褒美と証としてな、プラチナカードを作ってやったのよ」
「……それは、おめでとうございます……」
王様はそんなことを誇らしく言ったが、それが一体どうしたのだろう。
確か、王位継承順位が上がるっていう試練なんだよね……?
「まぁったく、アイナさんは頭が高いわね。
ねぇねぇ、私の王位継承順位ってご存知?」
「……第22位だと聞いておりますが……」
その後、レオノーラさんに話を聞いたエミリアさんから、第22位よりも上がったとは聞いているけど――
そこまで言う必要は無い。下手をすれば、レオノーラさんにも飛び火してしまう。
「今ね、私の王位継承順位は第1位なの。次期国王よ?
……もっと口の利き方ってあるんじゃないかしら?」
え!? よりにもよって、第1位!?
っていうか、この国大丈夫!?
……こんな場面にあって何よりも、そんなことをまず思ってしまった。
「申し訳ございません……。知らぬこととは言え……」
「まぁまぁ、オティーリエ。そんなに意地悪をするで無い。
第1位とは言っても、すぐに変わるものだからな」
「あら。お父様こそ、そんな意地悪を言わないでくださいな」
まったくこの親子は性質が悪い……。
しかしこの話、今する必要はあったのだろうか。
「――さて、プラチナカードの能力の話に戻そう。
特例措置として存在する能力とは……プラチナカードの所有者同士による、身分や身元の照会なのだ」
「え……?」
……何と言うことはない。
プラチナカードの所有者に対して、一般の人はその身分や身元を調べることができない。
しかしプラチナカードの所有者同士においては、その身分や身元を調べることが――いや、暴くことができるということだろう。
「これはプラチナカードの所有者が3人必要なの。
実際に照会し合う2人と、その立会人の1人。そしてその全員の承諾を以って、初めて『白金の儀式』が行えるってわけ」
白金の儀式――
まぁ、プラチナカードでやる儀式だもんね。そのまんまというか……いやいや、そうじゃなくて。
しかし結局、王様は私の身分や身元を知りたいだけ……?
確かに私のルーツが分かれば、何かのアクションにはなりそうなものだけど……。
……あ、もしかしたら私が転生者っていうことがバレてしまうのでは――
「さぁ、どうする? アイナは『白金の儀式』に参加するだけで良い。
それだけでお前と仲間の安全と、今後の王都での平穏な暮らしを約束してやろう」
――王様の話は何だかまったく、釣り合いが取れていない気がする。
今までの要求と比べれば、私の生まれを晒すだけですべてが丸く収まってしまう……?
そんなの、選択の余地はないわけで――
「アイナさん!!」
突然響いた声に振り向いてみれば、そこにはレオノーラさんが立っていた。
その場にいる全員が、彼女の方を一斉に振り向いている。
「え? ……レオノーラさん?」
今まで王族はまわりに10人ほどいたけれど、彼女を今日見るのは初めてだった。
一体、どうしてここに……?
「それを受けてはダメ!!
そうすれば国王陛下の望みなんて――」
「お黙りくださいッ!!」
「つッ!」
しかし彼女の言葉は最後まで終わらず、レオノーラさんは駆け付けた騎士によって床に押さえ付けられた。
「……ちょ、ちょっと! ひどくないですか!?」
憤る私の声は王様の耳には届かない。
「――はぁ……。実に嘆かわしい……。王族の自覚が無いようだな……。
反逆罪である。レオノーラを投獄せよ」
「私もせっかく目を掛けてあげていたのに……。残念だわ、コウモリちゃん……」
王様とオティーリエさんの言葉が冷たく響く。
レオノーラさんは騎士たちによって取り押さえられ、拘束され、そのまま引きずられるように謁見の間を――
「待ってください!
儀式でも何でも受けます! だから、レオノーラさんも許してあげてください!!」
「……ほう? レオノーラとの交流も多少はあると聞いていたが、そこまでとはな……。
くくく、良かろう。ただしこの場におられては五月蠅いのでな。別の場所に幽閉させておくとしよう」
王様はそう言うと、1人の騎士に顎でサインを送った。
その騎士はレオノーラさんたちが出て行った扉に向かい、謁見の間から消えていった。
――そしてそれと入れ違う形で、別の騎士たちが3組の簡単なテーブルを持ってきた。
テーブルというか……お皿を1つだけ乗せるような感じの、スマートなテーブル。
実際、それぞれのテーブルには小さなお皿と綺麗なナイフが1つずつ置かれた。
……ふと横を見ると、エミリアさんとルークが心配そうにこちらを見ている。
私の生まれがバレるだけなら、そんなに心配することは無い。転生者とバレたところで、奇異の目で見られるくらいだろうから……。
「――さて、準備は整ったな。
まずはそれぞれがプラチナカードの宝石に血を捧げ、儀式の参加を表明する。
……オティーリエ、見本をみせてあげなさい」
「はい、お父様。
――白金の儀式、聖なる秤に乗ることを誓います。……オティーリエ・アルナ・トゥール・フォンセ・ヴェルダクレス」
そう言うと、オティーリエさんは自身の指をナイフで少し切って、彼女のプラチナカードに押し付けた。
「アイナよ、同様に」
「は、はい……。
――白金の儀式、聖なる秤に乗ることを誓います。……アイナ・バートランド・クリスティア」
そのまま私もナイフで指を切り、血が出てきたことを確認してからプラチナカードの宝石に押し当てた。
……これで良いのかな? 何だか宝石が温かくなってきたような気がする……。
「――白金の儀式、中立の座にてすべてを見守ることを誓う。ヴェルダクレス王国国王、ハインライン17世」
最後に、王様だけが違う言葉を述べた。
おそらく立会人だけは言葉が違うのだろう。
そんなことをちらっと考えた瞬間、周囲に不思議な空気が満ちてくることに気付いた。
何とも不思議な――
寒いのに暑い
重いのに軽い
柔らかいのに堅い
――様々な相反する感覚が押し寄せてきて、気を抜けば倒れてしまいそうになる。
そんな中で辺りを見てみれば、私たちの周囲を白く美しい輝きが取り巻いていた。
私たちを囲む人たちは全員、その光景に驚いている。
しかし王様とオティーリエさんだけは驚くでもなく、醜い笑みを浮かべていた。
「ふっはっは……。儀式が始まれば、もはやどうにもできまい……。
嗚呼、ありがとう。アイナよ、よくぞ儀式を受けてくれた……!!」
「お父様、まだ儀式は終わっていませんよ? ふふふ……、あーはっはっは!!」
――2人の言葉の意味が分からない。
え……? 一体、どういうこと……?




