282.謁見II③
「エミリアさん! ルーク! 大丈夫!?」
思わず二人に声を掛けると、二人とも気丈な感じで頷いた。
本当ならすぐにでも駆け寄って話をしたいところだけど、私の前には王様がいる。
ただでさえややこしいところなのに、変に動いてさらにややこしくなるのは御免だ。
……ここは王様を中心に話を進めていくしか無いだろう。
「――二人を、どうするおつもりですか……?」
「なに、特に何もしないさ。
アイナさえ望むように動いてくれればな」
「……研究室のことですか?
分かりました。二人の無事を保証して頂けるなら……、その話はお受けいたします」
王様自ら人質を取るだなんて、何て姑息なことを……。
しかし私のせいで、二人を危険に巻き込むわけにはいかない。
「いや、それはもう良いのだ」
「……え?」
思わぬ王様の返事に、私は驚いた。
つい先ほどまで執拗に求めていたのに、今は違うものを望んでいる……?
「――こうなることは最初から予想しておったよ。
研究室に興味も無いだろうことも、ユニークスキルを知らないと言い張ることも、私の意のままにならぬことも」
「そ、それでは――」
「……しかし私とて、このような方法は取りたくなかった。
仮にも一国の王が人質だとはな……。だからこそ、最初はお前の意思に任せようと思ったのだ。素直に従っていれば良し、とな」
「…………」
王様の言葉に、私は何も言うことができなかった。
次に何の話がくるか分からず、おそらくはその不安に怯えていたのだろう。
そんな私を舐めるように見たあと、王様は両手を上げて、私の後ろの方に大きく声を挙げた。
「――皆の者、集まるが良い!!」
私の後ろを振り返ってみれば、身なりの良い10人ほどが近くに集まってきていた。
そういえばすっかり忘れていたけど、謁見の間に入ったときからすでにいたんだっけ……。
しばらくすると、私と王様、ルークとエミリアさんは遠巻きに見られるように囲まれた。
囲まれるとはいっても人数はあまり多くないから、隙間はたくさんあるんだけど――
「この方たちは……?」
「私と志を共にする、王族の者たちだよ。
今日はアイナと謁見をするということでな、集まってもらったのだ」
「国王陛下の申し出を断るなんて愚かな……」
「ふふふ、もう終わりだな……」
「今日は貴重なものが見られそうだわ……」
――耳を澄ませるまでもなく、そんな声が聞こえてきた。
何を望むのか、何が起こるのかは分からないけれど、もはやここは素直に聞くしかないのか。
「……国王陛下は私に何をお望みなのでしょう。
私の仲間には、どうか手を出さないで頂きたいのですが――」
「アイナさん!? 私たちのことは気にしないで良いですから!」
「そうです、アイナ様! まずはご自身のことをお考えください!」
私の言葉と、それに続いたエミリアさんとルークの言葉。
王様はすべてを聞き終わったあと、一息ついてから言い放った。
「反逆罪である!!
エミリア、ルークの両名を拘束せよ!!」
「は……?」
「あっ!?」
「ぐっ!?」
すぐさま周囲の騎士が、二人の身体に剣を押し当てる。
ルークは王様を睨み付けているし、エミリアさんは抜き身の剣に震えていた。
「な、何をなさるんですか! おやめください!!」
私は王様を見たあと、とっさに周囲の王族たちを見まわした。
全員がにやにやとした気持ち悪い笑みを浮かべており、途端に不気味な感情に呑みこまれてしまう。
「――アイナよ、もう遅いのだ……」
そう言いながら、王様は自身の立派なマントから一枚のカードを取り出した。
そしてそれは、私にも見覚えのあるものだった。
「それは――」
「……これはプラチナカードという。王族など、高貴な立場の者に与えられるものだ。
アイナよ。お前も持っているのだろう?」
「え!?」
確かに持っている。しかし何で王様がそれを知っている……?
最近は滅多に出していないし、そもそも出したことは数回だけだ。
王都に来てからでいえば、大司祭様に見せたときと、『循環の迷宮』の裏切りの件で騎士団に提示したとき――
「あ……」
「……心当たりがあったか?
そうだ、騎士団より報告があったのだ。リーゼなる者の懸賞金を懸けたときに、身分証明としてプラチナカードを使ったであろう?」
確かに使っていた。しかしまさか、そんな報告が王様のところまでいくなんて!?
……いや。そもそもプラチナカードを持つのは高貴な者であるのは間違いないが、どこの所属かは一切不明なのだ。
そんな人間が国内にいるのであれば、いちいち報告が上がるのは止むを得ない?
クレントスでも見せたけど、それはさすがにここまでは報告されなかった……?
しかし――
「……そのプラチナカードが一体、どうしたのでしょう。
国王陛下のお立場は、この場にいる者すべてが存じ上げていると思いますが……」
「ふむ……。その表情から察するに、本当に知らないのか?」
「え?」
王様の言葉に、私は以前の鑑定結果を頭の中で呼び起こした。
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【プラチナカード】
王族や神職者に与えられるとても貴重なカード。
身分や身元は秘匿され、暴こうとした者には重大なペナルティが科される
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……しかし改めて見たところで、王様の真意は何も伝わってこない。
「ははは……! まさかプラチナカードを、何も知らない者が持っておるとはな!
そもそもそれは、果たして本物なのか……?」
王様は勝ち誇った目で私を見てくる。
このプラチナカードは神様が私に最初から持たせてくれたものだ。
しかし誰かから説明を受けたということも無く、ざっくりと鑑定した以上の知識が無いのも確かだった。
「不勉強で申し訳ございません……。お教え頂けますでしょうか……」
「ふふ、良かろう。何とも滑稽なことではあるがな。
……まずはこのプラチナカードであるが、ただのカードではない。国際規約に則り作成された、魔導器の一種なのだ」
「え? 魔導器……?」
突然の説明に私は困惑した。
こんなカードが魔法の力を秘めている……?
全体的に白金色で、右上に小さな青い宝石が埋め込まれた美しい外観。
魔法の力があると言われれば、確かにそんなふうにも見えるけど――
「そしてその能力なのだがな……。
身分や身元を暴こうとする者に、ある呪文を使うことでペナルティを――つまり、致死のダメージを与えることができるのだ」
「致死……」
……いや、そんな呪文は知らないんだけど?
でも確かにそういう能力が無ければ、強引に暴こうとすれば良いだけだもんね……。
しかし、そのプラチナカードをここで出す意味は……?
「――さて、アイナよ。お前のことはいろいろと調べさせてもらった。
ガルーナ村で疫病騒動を収束させる前は、辺境都市クレントスにいたそうだな?」
「はい……」
「しかし、その前はどうだ? いくら調べても、クレントス以前の情報が何も掴めぬ。
もしかしたらドルミナス共和国から渡ってきたのか? 確かにあの国には、小さな錬金術国家があると聞いている」
ドルミナス共和国とはフェリクスさんの話にあった、クレントスの海の先にある別大陸の国だ。
そこから密航したとなれば辻褄は合うけど、間の海を渡るのは至難の業だと聞いている。……しかし、可能性は0では無い。
「――おっと、これ以上追及しては私の身が危ないかもな。
突然呪文を唱えられて、殺されるわけにもいくまい」
王様がそう言うと、周囲の王族からは笑い声が上がった。
何とも余裕。何とも不遜。……何とも高慢。
「国王陛下は、私の生まれを知りたいのですか?
それが望みということでも無いと思いますが……」
「……ふむ、聡いな。その通りだ。
そんなものはあとで、どうしても知ってしまうことだからな」
「は……?」
不穏なことを言ったあと、王様は右手を上げた。
このパターン、また誰か来る……?
とっさに先ほど、エミリアさんたちが出てきた扉を見てみれば――
そこから私の見覚えのある女性が、悠然と歩きながら入ってきた。
「――ふふふ♪ ご機嫌ね、エミリア様。アイナさん。
こんなところでお会いできて嬉しいわ。何だか庭の蟻に、久し振りに会うことができたみたい」
その美しい姿。その美しい声。その棘のある言葉。そして身を斬り裂くような、その鋭い気配――
エミリアさんの天敵、王族のオティーリエさんがこんなときに、こんな場所に登場してしまった。
……もう、何がなにやら――




