28.再興の狼煙?
目が覚めた次の日、村の中を歩いて回る。
穏やかな空。静かな村の光景。
2週間ほど前、突然の疫病に襲われた村はようやく平穏を取り戻そうとしていた。
しかし、残された傷跡は大きいわけで――。
「この村、どうなっていくのかな……」
ふとつぶやく私の言葉にルークが答える。
「村人が一気に半分になりましたから……今までの通りとはなかなか難しいものがあるでしょう。
この村には名産品などはありませんし、ごく普通の農作物を作っていくしか――」
「……農産物って、周りの街に売る感じなの?」
「はい。鉱山都市ミラエルツが距離的に最も近いので、そこが主になるでしょう。
ただ……収穫量は減るでしょうし、それに風評被害も出るかもしれません」
……なるほど、疫病の流行った村で作られた農作物……か。
たくさん買って助けてあげたい気持ちもあるだろうけど、実際に口にするとなれば……消費者としては避けてしまうかもしれない。
実際に健康被害が無いと分かっていても、恐怖心がそうさせてしまうのだ。
「もしも、農業で上手くいかないとしたら――」
「生活していけないのではどうしようもありません。この村から他の街に移り住む……廃村になる、ということも有り得るでしょうね」
せっかく繋がった村の歴史がここで切れてしまうのは悲しい。
とはいえ私たちが村を救えるなんて思っていないし、ずっと滞在しているわけにもいかないし――。
「まぁ、割り切らなきゃ仕方ない……の、かな……?」
「……はい。そうですね……」
何ともやるせない思いが、二人の間に広がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おねーちゃん! こっち!」
ジョージ君が元気な声を出す。
宿屋まで来てくれたジョージ君に誘われて、お友達のセシリアちゃんのところに遊びに来たのだ。
「アイナ様、いらっしゃいませ! ルークお兄ちゃんもいらっしゃい!」
「こんにちは、セシリアちゃん」
私を差し置いて、ルークがセシリアちゃんに挨拶をする。
む、いつの間に。
「初めまして、セシリアちゃん。それにしても、何で『様付け』に……?」
「アイナ様はこの村を助けてくれた恩人だから、お母さんがそうお呼びするようにって!」
……まぁそうなんだけど、さすがに子供から『様付け』はちょっと……。
「え……? じゃぁボクもそう呼ぶ~。アイナ様~」
あああ、ジョージ君にも伝播してしまった……。
「アイナ様、この呼び方は村人からの敬愛の証です。そのままにさせてあげるのもお優しさですよ」
こそっとルークが囁く。
まぁそうなんだけどさ……うん、もうそれでいいよ。
「アイナ様、今日は何をして遊びますか!?」
セシリアちゃんが改めて尋ねてくる。
遊ぶというか、今回は是非とも見たいものがあるんだよね。
「えーっとね、ジョージ君から聞いたんだけど、セシリアちゃんって木彫りが上手いんだって?」
「え……? 上手いなんてことは……。いくつかありますけど、見てみますか?」
そう言うと、セシリアちゃんは奥の部屋からカゴを持ってきた。
中を見ると木彫りの置物がいくつも入っている。
「へー、すごく上手いじゃない! クマとかウマとか――……うん? なにこれ?」
動物を彫ったものの中に、何か存在感の異なるものがひとつ。
「あ、これです、アイナ様。私がクレントスの露店で見たものです。――ああ、そうそう。そういえば他にも動物の木彫りもありましたね。どうにもこっちの……こればかりが記憶に残ってしまっていて」
ルークの懐かしそうな、嬉しそうな言葉に私も続ける。
「なにこれ――、キモカワイイ!」
全体的に四角いフォルム。そこにおマヌケな顔。
何かを模ったというよりも、元の世界で言うところの『ゆるキャラ』だ。
うわー、何だか好きだなー、これ。
「き、キモカワイイって言うんですか? なるほど……。初めて耳にする言葉ですが……確かにそんな感じがしますね」
む、順応性が高いぞルーク君。
でもこれ、元の世界だったらグッズとかになっていそうなレベルだよなぁ……。
私だったらこんなクッションがあったら絶対買うよ?
うん……? 絶対買う……?
……もしかしてこれ、売れる?
「ルークって、クレントスでこれが売ってたときは買ったの?」
そういえば、とルークに聞く。
「いえ、物珍しさで記憶には残りましたが……。あの、家に飾るイメージがどうにも湧かなかったので買いませんでしたね」
「私、これすっごくカワイイと思うんだけど、おねだりしたら家に飾ってくれる?」
「もちろんですとも!!」
ルークは語気を強めて言う。
なるほどなるほど、そういう感じなのね。
「セシリアちゃん、これ売ってくれないかな?」
「え? あ、それでしたら差し上げます! 私もアイナ様のお薬を飲んで治してもらったので、そのお礼に……」
むう、そう言われるとお金は払いにくいな……。
うーん、それならありがたく頂いておこうかな。
その代わり覚悟をするが良い。憎しみは連鎖するが、感謝もまた連鎖することを後で思い知るのだ。
「本当に? それじゃありがたくもらうね! ふふふ、セシリアちゃんがこの村の救世主になるかもしれないよ~」
「「「え?」」」
周囲の反応をよそに、私の計画は走り始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エミリアさん、ただいま!」
「お帰りなさい、アイナさん」
宿屋に戻ると、エミリアさんが迎えてくれた。
「ねぇねぇ、これを見てください」
先ほどもらった木彫りの置物をエミリアさんに見せる。
「これは……何でしょう? 何かの動物ですか?」
エミリアさんは置物を触りながら不思議そうに眺める。
「これ、王都で人気沸騰中のキャラクターなんですよ! 新鋭デザイナーのセシリアが作ったものなんです!」
「え、そうなんですか? キャラクターもデザイナーさんも初耳ですけど……なるほど、言われてみれば……可愛いですもんね?」
エミリアさんは感心しながら言う。
「そこで売ってる人いたんですが、エミリアさんもいかがですか? いやー、私はすごく好きだなー」
「そうなんですか……? ど、どうしようかな、ちょっと欲しいな……」
……うん、何となく分かった。
このキャラ、この世界の『可愛い』の基準の当落線上にあるっぽい。
少しアピールすれば……結構売れるんじゃないかな?
「というわけですいません。実は嘘です。これは村の子供が作ったものです」
「えぇっ! アイナさん、騙したんですか!?」
「そんな人聞きの悪い! 違うんですよ、今のやり取りにこの村を救う糸口があったんです!!」
強気に出る私。
「え!? そ、そうなんですか!?……よく分かりませんが、それでしたら……はい」
「ふふふ、疫病を撃退して終わりじゃないんです。まだまだやることはたくさんありますからね!」
不敵に笑う私を、エミリアさんは不思議そうに眺めていた。




