278.お城の中で④
苺プリンをぶちまけたあと、10分ほどしてから食堂を出ることになった。
変な薬が盛られていなかったら美味しく食べることができていただろうに――
……そう思うと、何とも悲しい気持ちになってしまう。
ちなみにその後、もう一度勧められはしたが、気乗りしない旨を伝えたらあっさりと引き下がってくれた。
あまりしつこくされても逆に不審だし――……そう考えると、薬の一件は恐らくフェリクスさんの差し金なのだろう。
「――ところで今日の目的は、お城を案内してくださることですか?」
何だかもう苺プリンの一件で吹っ切れてしまい、ついつい単刀直入に聞いてしまった。
フェリクスさんは歩きながら、私に背を向けながら返事をした。
「はい、そうです。
国王陛下から、アイナさんに城内の案内を命じられております」
……む、意外と素直な?
しかしそこまでは何となく、今までの流れから察することはできているのだ。
「私たち、今日は突然登城するように言われて来たんですけど……何か理由があるのでしょうか」
「さぁ……? 私はそこまでのことは伺っておりませんので」
相変わらず背を向けたまま、フェリクスさんはあっさりと答えてくる。
それが本当なのか、違うのか。……今のところ、確認する術は無い。
ちなみに苺プリンに薬を盛ったことも同様で、同じようにあっさりと『知らない』と答えてくるだろう。
状態異常の『幻覚』にしようとしていたのだから、恐らくこれから何かを吹き込もうとしたり、判断を誤らせようということがあるのだと思う。
……まさか本当に幻を見せたいわけではあるまいし。
ならば、それに気付いていることは今は黙っておこう。
ここはできる限り刺激をしないように、おべっかの1つでも使っておくことにするか。
「――そうなんですか。
でもお城の良いところをたくさん見せてもらえて、とっても為になります!」
「はっはっは。それは何よりです。
これからは少し真面目な話になりますので、ご期待に沿えられるかは分かりませんが」
フェリクスさんは機嫌良く、そんな言葉で返してきた。
疑念を持っていなければ私も素直に聞いていたところなんだけど、今はさすがに……ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次に私が連れて来られたのは、薄暗い資料室だった。
それなりの広さの部屋にたくさんの本棚が並べられており、本や紙の束がたくさん置かれている。
照明は薄暗く、窓からの光も強く感じてしまう。
兵士の2人は資料室の入口に残っているため、この部屋には私とフェリクスさんの2人きり。
こういう雰囲気の部屋は結構好きなんだけど、一緒にいる人が少し残念……かな。
「――この資料室は、一般の方は入れないんですよ」
「え? 私は入っちゃって大丈夫だったんですか?」
「はっはっは。さすがに許可はもらっています。
自由に見ることはできませんが、私の話を聞いていてください」
「はい」
その後に始まったのは、この国の歴史の話。
建国からのざっとした流れと、ここ100年ほどの簡単な流れ。
何でもこの王国は300年ほど前から存在しており、直近の100年はその領土を堅持してきたそうだ。
「100年も領土を減らしていないって、凄いですね!」
……多分。
きっと、凄いことなんだろう。……多分。
「はい、これも素晴らしい統治があってこそです。
そのおかげで、ヴェルダクレス王国は世界に類を見ない平和を享受できているのです」
……なるほど。
確かに街の外に出ていけば魔物は普通にいるけど、街の中は平和そのものだもんね。
私の平和の基準は元の世界――日本が基準になっているわけだけど、諸外国の治安まで含めて考えれば、この国は十分に平和といって問題ないだろう。
「戦争が行われているだなんて、この国ではなかなか考えられませんものね」
「その通りです。アイナさんも是非、この平和の一端を担って頂けますよう、期待しておりますよ」
「ありがとうございます、まだまだ未熟な腕なれど、精進して参ります」
「はっはっは。アイナさんの腕で未熟ならば、だれが熟達しているものか教えて頂きたいですな」
私の言葉に、フェリクスさんは満足そうに返事をしていた。
……何だかこの先の嫌な展開が徐々に見えてきた気もするけど――
「――あ。大きな地図……」
ふと視線を移した先、資料室の奥の方に、大きな地図が壁に貼られているのを見つけた。
中心にある大陸は私も良く知るこの大陸だ。
しかしその周りには、私の知らない形の大陸がいくつも描かれている。
「はい、世界地図ですね。全大陸が描かれているものは貴重なのです。
アイナさんも、あまり見たことは無いでしょう?」
「そ、そうですね。珍しいっていうか――」
……実は初めて見たんだけどね!
元の世界では世界地図なんて本屋で気軽に見ることができたけど、私はこっちの世界での世界地図の価値をまだ知らない。
戦争がよく起こる前提であれば、敵国には地理情報を渡せない――つまり軍事機密になってしまうわけで。
「――ご承知の通り、中央に描かれているのが我が国のあるこの大陸です」
さすがにこれは、クレントスで買った地図でよく見ているものだ。
そして私が知っているのは、ここから南の大陸――
「南の大陸には、アリムタイト王国があるんですよね」
「はい、我が国とは友好関係がありまして、交易が最も盛んです。
東側のドルミナス共和国とは国交がありませんが、アリムタイト王国を経由して、一部の工芸品が入ってくることもありますよ」
「ふむふむ……」
東側――というと、この大陸からはクレントスが一番近いのかな?
いや、クレントスは港町って感じじゃなかったし、そういえば海に近いかと言われればそこまで近くもないか。
しかし交易ができていたら、『辺境都市』の名前も返上だよね……。
「アイナさん、何か気になることでも?」
「あ、大した話ではないんですが……。
クレントスからはドルミナス共和国と交易はしないんだなって思いまして」
「ふむ……。
そこは『しない』のではなく、『できない』のですよ」
「え? あ、やっぱり国交が無いですもんね」
「それもあるのですが、そもそも間の海域を渡ることができないのです。
岩礁が多い上に潮流が激しくて、世界でも1、2を争う難所だとか」
「へぇ~……。
なるほど、だからクレントスは辺境都市なんですね」
「その名前が付いたのもかなり昔ですから、あの地方はずっと辺境のままです。
海を渡ることができれば違った発展を遂げていたでしょうが……」
なるほど、なるほど。
クレントスは私が最初に訪れた街だから、やっぱり思い入れが強いんだよね。
だからこそ、そんな小さな知識でも知ることができたのは何だか嬉しいことだった。
……それにしても、クレントスを辺境と言わせしめる潮流もいつか見てみたいものだ。
きっと凄く、激しいものなんだろうな。
その後も私は、フェリクスさんからたくさんの話を聞かされた。
何となくどの話も『この国凄い!』に繋げているように思える。
思い返してみれば、今日は最初から『このお城凄い!』という話ばかりだったから、これもその延長なのだろう。
きっと苺プリンを食べて『幻覚』に掛かっていたら、この話ももっと凄く感じていたのかもしれない。
そう考えると、やっぱり薬を盛ったのはフェリクスさんで間違い無いんだろうなぁ。
……恐らくは『料理長によろしく』と伝えた時点で、薬を盛るようにしていたとか?
しかし、そこまで分かってしまえば何ということは無い。
今日は『この国凄い!』から繋がる何かにだけ注意しておけば良いのだ。
これから何があるのか、何を試されるのか……。
ずっと不安ではあったけど、注意するところが分かってしまえば今日の道標となる。
そう考えると、心の負担が一気に軽くなった気がした。
――改めてフェリクスさんの話に耳を傾けてみると、今は『循環の迷宮』の話をしているところだった。
この話も最終的には『この国凄い!』に繋がるんだろうけど――
そこは私も(6階の最初までだけど)よく知っている場所。
ここは素直に聞いておいて、少しくらいは楽しんでみることにしよう。




