273.謎の箱②
私たちは謎の箱から出てきた白い欠片を、呆然と眺めていた。
そんな中、最初に口を開いたのはエミリアさんだった。
「――神って、いたんですね……」
「……え?」
それは思い掛けない言葉。
生涯を信仰と共に生きようとする彼女の口から、まかさそんな言葉が出てこようとは――
「……あ! 違いますっ! そういう意味ではなくて……っ!!」
「……え?」
私はつい、同じ言葉で聞き返してしまった。
「もちろん神の存在は信じていますよ! それは絶対です! いないわけが無いじゃないですか!
――でもその存在は、どこか抽象的な、概念的な、そんな感じで伝わってきているんです。
だからこう……こんなに具体的なものとして目の前にあるのが信じられなくて……」
確かに神様の骨なんていう代物が出てきたところで、混乱してしまうのも無理はない。
そもそも神様に骨――いや、人間のような姿をしているのであれば当然あるんだろうけど……骨。普通はそこまで連想がいかないというか。
「――それに、ですよ?」
「はい」
「『神の骨』……というのであれば、その神はどうしたのでしょう?
既に亡くなられている……。神が亡くなる……? そんなことは、あり得るのでしょうか……?」
例えば腕だけ斬り飛ばされて、その骨だけがこの世界に残されている……とかもあるかもしれない。
そうすれば神様本人は生きているし、骨だけが人から人へと伝えられているということも、もしかしたら――
そんなことを考えながら、改めて鑑定結果を見てみる。
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【神の骨・肆】
第四神の骨。
聖遺物のひとつ
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……読み返したところで、やはり捉えどころのない説明文だ。
もう少し詳しく鑑定をしてみても、これ以上の情報はまったく出てこなかった。
アイテムとしてのレベルが高いせいか、はたまたその希少性のためか。
レベル99の鑑定スキルでここまでの情報しか得られないのであれば、そもそもこれ以上の情報は存在しないのかもしれない。
「――でも正直、このアイテムがどういったものかは分かりませんよね。
今のところ世界は上手くまわっている? ……のでしょうし、神様が死んだなんてことは無いと思いますけど――」
実際のところ、神様どころか、その眷属の竜王も、さらにその眷属の竜でさえも、私たちはまだ会ったことが無い。
もしかしたらこの『骨』は、ルーンセラフィス教が信仰する以外の神様のものかもしれないし……。
……まぁ、今の時点では何とも言えないか。
「――とりあえず貴重そうは貴重そうなので、アイテムボックスに入れておきますか」
白い欠片を手に取り、それをアイテムボックスに入れる。
「「え?」」
「うん?」
突然、ルークとエミリアさんに驚いた顔で見られてしまった。
「あ、あれ? アイナさん、平気なんですか?」
「え? 何が……?」
「さっきアイテムボックスに入れようとして、失敗していませんでしたか……?」
「……あ、そういえば……?」
ルークの指摘を受けて、2人に驚かれた理由を把握する。
いつものクセでアイテムボックスに入れちゃったけど、さっき試したときは失敗していたのだ。
……とりあえず収納スキルを使った右手を開いたり閉じたりしてみるも、特に何が起こるということはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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【封印】
魔法効果の一種。
内包物への接触が認められた際、抵抗値を得る。
他の封印に対する抵抗値を得る
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「――もしかして、これかなぁ……?」
改めて今までの情報を確認しながら、不明だったものを鑑定で調べていくと、ようやく原因になりそうなものを発見できた。
「『他の封印に対する抵抗』……ですか?」
「はい。収納スキルもある意味では封印のようなものじゃないですか。
特に時間が止まるレベル50以上なら、本人? ……ではどうしようも無いですし」
「そうですね……。時間が止まってしまえば、そもそも動けなくなりますからね……。
……ということは、最初は骨の方に抵抗されたのではなく、箱の方に抵抗された……ということですか」
「一瞬、骨が意思を持ってるのかと思っちゃいました。
仮に神様のものだったとしても、骨が意思を持ってるっていうのは……ちょっと怖いですからね。箱の方で良かったです♪」
「あはは……。
うーん、それにしても、骨……。……やっぱり気になるので、明日にでも図書館で調べてみたいところですね」
「図書館に、何か分かりそうな本はありますか?」
「期待はあまりできなさそうですけど……うーん」
「でも今まで、こんな話は出てきませんでしたし、慌てなくても問題は無いような?」
そもそもこれを気にするのであれば、他にもそういったものはまだあるのだ。
『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』やら『神魔の書・漆』やら。ここら辺の、意味不明に強そうなアイテムたち。
前者はたまに錬金術の触媒になってくれるからとても助かっているんだけど、後者はまるで意味が分からないものなんだよね。
……ん、あれ? そういえばこの本の鑑定結果って――
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【神魔の書・漆】
第七神が創造した魔法を記した書。
魔法暗号文字によって記され、誰も読むことができない
※付与効果:情報操作Lv98
※付与効果:呪いLv10
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「――わっ!?
アイナさん、これは……あ、メルタテオスで押し付けられた本の鑑定結果ですか」
「はい。これの説明文にも神様のことが書いてあったなって思い出して」
『神魔の書・漆』は第七神が書いた本。
『神の骨・肆』は第四神の……骨?
でも本の方は『聖遺物』とやらでは無いようだし、いわゆる本当に本なのだろう。
これを見る限りでは、第七神は死んでいるか生きているは特に分からないけど――
そんなことを考えていると、壮大な神話を垣間見ているような錯覚を覚えてきた。
それはそれで大変結構なものだけど、やはり浮世離れした話ではある。
……ぶっちゃけ、気にはなるけど私には全然関係ないし。
「――よし、忘れましょう!」
「「え!?」」
私の提案に、2人は驚いた。
「まぁこれが何かしら危険なものだったとしても、私が持っているのであれば大丈夫ですよ。
私はそんなにガツガツしていませんし」
「そうですね……。
仮に世界征服ができる力を持っていたとしても、アイナさんは放っておきそうですもんね」
「それは信用なのか、何なのか……」
「あはは♪ でも実際のところ、これが本物だとしても――アイナさんとルークさんは特に関係がありませんよね。
私の場合は信仰に関わるところなので、いろいろと気にはなりますけど……」
「確かに。……さて、それでは綺麗さっぱり忘れましょう。
――1、2、3……はい! 忘れました!!」
「は、はい……。忘れました!」
「アイナ様、私も忘れました!」
ルーク君。そんな真面目な感じで報告してくるのも違和感があるよ?
……ってまぁ、それは置いておいて。
「――ところでアイナさん、何故か天井に穴が空いていますね」
「本当だ。……何ででしょうね?」
天井の穴は、今しがた忘れたものが原因だった気がする。
しかし原因を忘れたところで、残念ながら結果は残り続けるのだ。
……はぁ。さっさと穴を埋めておかないと。




