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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第5章 王都ヴェセルブルク
270/911

270.テレーゼさん、お泊り④

 朝。目が覚めると、私の真横でテレーゼさんが眠っていた。


「……なんでやねん」


 まずはステレオタイプな感じの関西弁でツッコミを入れてみる。


 しかしベッドは隙間なく真横に並べていたので、寝返りを繰り返していればこうなる可能性も十分にある。

 もし偶然にこうなっていたのであれば、私のツッコミに対するテレーゼさんの反応は『しらんがなー』になるだろう。


 もし偶然でないなら――今回は温かい目で見ることにしよう。別に何をされたっていうわけでも無いからね。


 ……さて。着替えや準備の時間もあるし、そろそろテレーゼさんを起こしてあげようかな。



「テレーゼさん、朝ですよー」


「うぅ~ん、あと30分……」


 30分って……長すぎだから! せめて5分とかで我慢しよ?


「そんなに寝てたら、ご飯が逃げちゃいますよー」


「……それは困りますぅ……」


 そう言うと、テレーゼさんはむにゃむにゃとしながら身体を起こした。


「おはようございます、よく眠れましたか?」


「おや、アイナさん。どうしてうちに?」


「いえ、ここは私の家ですけど」


「そうですか、ついに嫁に来たんですね……」


 話がまるで通じていない。これは完全に寝ぼけているようだ……。


「さぁさぁ、もう起きてください。

 パジャマでも別に良いですけど、みんなに見られちゃいますからね」


「お母さん、別に家族しかいないならパジャマでも良いじゃないですか……」


 ……今のテレーゼさんのポジションはどこなのだろう。

 寝ぼけているにしても、いまいち良く分からないぞ……?


「起きないなら、お布団ひっぺがしますよ。

 ――それっ!!」


 なかなか話が進まないので、テレーゼさんに掛けられた布団を一気に剥がしてみる。

 寒い時期ではないとはいえ、急に剥ぎ取られてしまえばさすがに寒く感じてしまうだろう。


「うひゃっ!!?

 ……あ、あれ? アイナさん? おはようございます」


「おはようございます。しっかり目が覚めましたか?」


「はい、ばっちりです!

 最後に何だかしあわせ家族の夢を見ていましたが、それは内緒にしておきます」


「そうですね、そうしておいてください。

 それじゃ着替えて準備して、食堂にいきますよー」


「……ああ、そうでした。アイナさんのお屋敷にお泊りしてるんでしたね!

 それにしても起きたら朝食があるなんて、とっても素晴らしい……」


 テレーゼさんはそう言いながら、ようやくベッドを下りてくれた。


「エミリアさんとルークも一緒なので、遅れたら申し訳ないですよ。急いでくださーい」


「は、はーいっ!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 支度を済ませて食堂に行くと、すでにエミリアさんとルークが座って待っていた。

 朝食の準備もできており、給仕にはクラリスさんとミュリエルさんが当たっている。


「おはようございまーす」


「おはようございます!!」


 私の挨拶を皮切りに、それぞれが朝の挨拶を交わしていく。


「それじゃテレーゼさん、昨日と同じ席へどうぞ」


「はい、ありがとうございます!

 わー、朝から素敵なお食事ですね」


 豪華なお料理では決してないんだけど、栄養のバランスが考えられたメニューが並べられている。

 独り暮らしの食事としてはなかなか難しいレベルだから、テレーゼさんの心にも響いたことだろう。


「お待たせしました、それでは頂きましょう」




 朝食をとっていると、そういえばという感じでエミリアさんが話をしてきた。


「ところで昨晩、夜中に何かやっていましたか?」


「ああ、幽霊騒動が――いや、無かったんですけど」


「え?」


 あるんだか無いんだか。えーっと……。

 ちょっと中途半端に言ってしまったところに、テレーゼさんがフォローを入れてくれた。


「私の寝てた部屋で、何か怖い雰囲気がしたので見てもらったんです。

 結局は何もなかったので、ご安心してください!」


「……というわけです」


「そうだったんですか。私はどうも、そういうときには寝ぼけたまま起きられないので……。

 でも、今回はルークさんも仲間ですね♪」


「いえ、私も一緒に調べました……」


 ルークが申し訳なさそうに言うと、エミリアさんの笑顔が見る見るうちに消えていった。


「え、えぇーっ!? また私だけ仲間外れなんですかー!?」


「だって夜中でしたし……。ルークはちょうど修練に行く時間だったので、声を掛けた感じですし……」


「むぅ……。次は何かあったら声を掛けてくださいね!

 私もそろそろ、寂しくて死んでしまいそうです!」


 ……ウサギかな?


 しかしそこまで言うのであれば、次に何かあったときは声を掛けさせてもらおう。

 眠っている人をわざわざ起こすのも、何だか申し訳ないんだけど……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食のあと、テレーゼさんと食堂に残って今日の予定を立てることにした。


「はぁ……。それにしても昨晩はご迷惑をお掛けしました。

 なんとも情けない限りです……」


「いえいえ、気にし始めたら気になっちゃうものですよ」


 ちなみにルーク曰く、天井裏に何かがあるらしいのは確かなんだよね。

 でも無駄に不安を煽る必要は無いし、テレーゼさんには黙っておくことにしよう。


「それでですね。今日なんですが、お昼くらいに帰ろうかなって思います」


「あ、結構早いですね。昼食はどうしますか?」


「2食も頂いてしまいましたので、さすがに申し訳ないかと……。

 ですので、昼食は食べないで帰りますね」


「別に気にしないで大丈夫なんですけど……。

 でもそうすると、時間があまりありませんね」


「え? もしかして、どこか案内してくれる予定とかがあったのでしょうか!?」


「はい。以前にお屋敷の中を見たがっていたから、一通り案内しようかと思っていたんです」


「本当ですか!? それじゃ、見れるところは全部見ていきます!」


「いやいや、次回にまわしても良いですよ?」


 1回で全部終わらせる必要は無い。

 小分けにして楽しんでもらえれば、何回でも泊まりに来る理由ができるのだ。


「……それじゃ、今日は1箇所だけで我慢します……!

 そこは帰り際に寄りたいので、それまでは秘密にさせてください♪」


「え? うーん、分かりました。

 それじゃ余裕を持って11時くらいにお屋敷を出て……。あ、お屋敷は出て大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です!」


 ……となると、思い当たる場所は工房かお店か庭か、そこら辺しか無いけど――

 まぁあとになれば分かるし、それまでは良いか。




「――そうだ。テレーゼさんにお話しておくことがあるんです」


「私、また何かやっちゃいましたか……!?」


「いえ、そうでは無くて……。あのシェリルさんの件なんですが」


「シェリルちゃんっ!? 何か分かったんですか!?」


 その名前を聞くと、テレーゼさんは食い付き気味に話してきた。


「ちょっと具体的には言えないんですが……実は、会ってきたんです。

 そのときは元気な方――ヴィオラさんだったんですけど」


「えぇ……!? 元気にしていましたか!?」


「はい。えぇっと……今はある貴族様のところでお世話になっているんです。

 外出できないとかはありますけど、立派な部屋ももらって、シェリルさん共々なんとかやっているって感じでした」


 ……しかしそれは最近のことだ。

 しばらく前までは、グランベル公爵から酷い目に遭わせられていたけど――……今ここで、それを言う必要は無い。


「そっか、そっかぁ……。ひとまず……、はい! 安心、安心しました……っ!」


 テレーゼさんは涙をぼろぼろと零しながら、何とか声を振り絞って言った。

 ずいぶん会っていない幼馴染の子のことを、彼女なりにとても心配していたのだろう。


 ……こんな世界だ、死別も珍しくないのだから。


「大変でしたね……。

 ちなみにテレーゼさんが錬金術師ギルドの受付嬢をしているって教えたら、大笑いしていましたよ」


「……えっ? えぇーっ!!?」


「バーバラさんが服屋で働いているのは、予想通りだって言ってました」


「む、むむむぅ……。今度会ったら文句を言ってあげます!!」


 今度会ったら――

 その願いは叶うのか、どうなのか。叶うにしても、いつになるのかは分からない。

 でも……私もできる限り、彼女たちが会うことができるように努力をしていこう。


「――あんまり多くのことを言えなくてすいません。

 でも、再会してもらえるように私も頑張りますので、待っていてくださいね」


「は、はい! ありがとうございますぅ。……うぅーっ」


 再び涙を零し始めるテレーゼさん。


 しかし私が頑張るのはテレーゼさんだけのためではない。

 ヴィオラさんもシェリルさんも、できれば狭い部屋から助けてあげたいのだ。


 誰かのために誰かの自由が奪われるなんて、それはとっても悲しいことなのだから。

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