268.テレーゼさん、お泊り②
いつも通りの夕食の光景に、今日はプラスでテレーゼさん。
元気そうに振る舞う彼女は、先日のお食事会のときよりも会話にかなり参加してきている。
……参加というか、むしろ主導権を握っているくらいだ。
そもそも私とエミリアさんとルークは、どちらかと言えば積極的に話すタイプではない。
がつがつと話を引っ張って行くような人がいれば、結構あっさりと引きずられてしまうのだ。
「――それでもって、その食べ物がネバーッとどこまでも伸びて!」
「えぇ、本当ですかー!? 豆なのに!?」
今はエミリアさんと何だかよく分からない食べ物の話で盛り上がっている。
納豆みたいな話にも聞こえるけど、金色に輝く豆って何ですかね……。
「……そんな食べ物もあるんですね。いや、世界は広いことで」
「そうなんですよ、世界は広いんです!
でも私、この大陸から出たことがないんですよね。王都から出た記憶もほとんどありませんし」
「へー。生まれも育ちもヴェセルブルクなんですか」
「ふふふ、都会っ子ですよ! 雰囲気なんて、洗練されてますでしょ?」
「……いえ?」
「酷っ! アイナさん、酷っ!!」
「うーん……。私、王族とか貴族の方もよく見ていますから……。
そのあたりと比べちゃって良いんですか?」
「あ、嘘です! そんなところとは比べないでください!
宝石とお芋を比べてはダメです!」
「お芋の方が美味しいですけどね」
「そういう意味では無いので、フォローはありがたいですが微妙な気分になってしまいます!」
「ほら、洗練されてるだけが人の良さではありませんし……」
「アイナさん! それは私が洗練されていないみたいに聞こえます!」
「最初からそう言ってますよ♪」
「酷っ!
くぅ……、そんな酷いアイナさんは置いておいて――ルークさんはクレントス出身なんですよね?」
「はい、そうです。ミラエルツあたりまでは仕事で行っていたので、ずっと出ていないということはありませんでしたが」
「はぁ~。ずっとそんな感じだったのに、アイナさんに付いて来ちゃったんですよね。
情熱的な展開すぎて、私にはお腹いっぱいです!」
何ともメロメロな感じで話すテレーゼさん。
いや、もしかして変な誤解をしていないかな?
「情熱的っていうか……。ルークの場合はそういう感じじゃなかったよね」
「思い返せばお恥ずかしい話ですが……。
その辺りは後ほど、アイナ様から話して頂けますと」
「いやいや! その言い方って、何かあったみたいじゃない?」
端から見れば恋愛ストーリーなんかも成り立ちそうなものだけど、そういうのでは全然なかったわけで。
ルークとは私の錬金術がきっかけで一緒に旅するようになったんだから、これは立派な冒険ストーリーなのだ。
「でもアイナさん、ルークさんには敬語を使ってないじゃないですか。仲良しのエミリアさんには使ってるのに。
何も知らない人から見たら、やっぱりルークさんとは特別なんだなって思われちゃいますよ?」
「えぇー? これは主従関係を意識してのものなんですけど……」
「ちなみに敬語を使わない人って、ルークさん以外にはどなたかいるんですか?」
「そりゃいますよ。小さな子供とか、使用人とか」
「さすがにそこまで使っていたら、育ちが良すぎる感じがしますよね。
それ以外にはいないんですか?」
「えーっと……」
……何とかひねり出そうとするも、なかなか出てきてくれない。
特別な理由が無ければ、私はできるだけ敬語で話すことにしているからね。
例えば最近で言うと、ヴィオラさんなんかは『敬語はウザい』って言われたからタメぐちで話すようにしたけど――
「――あっ!!!!!」
「ひゃっ」
「えっ」
「む?」
……すっかり忘れてた!
グランベル公爵のお屋敷でヴィオラさんに会ったことを、テレーゼさんにずっと話そうとしていたんだ!
でもテレーゼさんが仕事を欠勤し始めたところから何となく話すタイミングが無くて――そして、今に至ってしまっている。
「……ごめんなさい。ちょっと急に思い出したことがあって」
「急用ですか? 私には気を遣わなくて大丈夫ですよ!」
テレーゼさんが率先してそう言ってくる。
いやぁ、むしろテレーゼさんにこそ気を遣う一件なんだけど。
「いえ、まったくの別件なんであとにしておきます。
今は楽しい話を続けることにしましょう」
「そうですか? あまり無理はしないでくださいね!
――ところでエミリアさんは、どちらの出身なんですか?」
「私ですか? 生まれは北の方の小さな村だったんですけど、育ったのは主に王都ですね」
「へぇー、それは私も初耳です。何だかずっと王都生まれだと思ってました」
エミリアさんとはずいぶん一緒にいるのに、そんな話はしたことがなかった。
私自身が昔の話をしないようにしているから、原因はそれなのかもしれない。
「あまり記憶にもありませんし、特に聞かれもしませんでしたので……。
王都に来てからはそのまま大聖堂に入りまして、それからはずっと信仰の道を歩んでいる感じですよ」
「そういえば先日、『浄化の結界石』の儀式をしたとき、小さな信徒さんを付けてもらいましたね。
ビリーちゃんっていう子ですけど」
「そうですそうです。住み込みですが、私もあんな感じでお世話になってました♪」
「ふぅむ、エミリアさんも小さいときがあったんですね……」
「そ、それはありますよ!?」
ですよねー……とは思ったものの、実は私には『小さいとき』が無い。
いや、元の世界ではしっかり0歳から生きてきたから当然『小さいとき』はあったんだけど、この世界では17歳から始まっているのだ。
つまり私の昔を知る人間はいない。本当に存在していないのだから。
そう考えると何だか自分の生まれが特別のように思えてしまう。……いや、実際特別か。
「――それで、アイナさんはどこの生まれなんですか?」
「「あ」」
「え?」
思わず出てきたルークとエミリアさんの反応に、テレーゼさんは不思議そうに返していた。
「……実は私の生まれはですね――秘密なんです!!」
「えぇー? 何でですかー?」
この世界には転生してきたからです! ……と言うわけにもいかない。
しかし他の国のことなんてろくに知らないのだから、嘘をつくこともできない。
「いろいろ事情がありましてね……。
とりあえず、クレントスの方角とだけ言っておきましょう……!」
「クレントスではないんですか?」
「ヒントを言うと、クレントスのような、クレントスではないような……そんな感じです!」
「まったく分かりません!」
「ふふふ♪」
こういう場合はプラチナカードを見せてしまえば即解決(封殺?)することもできそうだけど、何だかテレーゼさんには見せたくない。
友達のような感じで仲良くさせてもらっているのだから、変な遠慮はされたくないというか……。
そういえば私も最近、Sランクの錬金術師という立派な地位を築くことができている。
その地位があれば、プラチナカードなんぞの世話にはならなくても済むのだ。
実際のところ、私にプラチナカードって分相応じゃない気がするんだよね。
あれって本来、王族とか聖職者の一握りの人間が持つものらしいし……。
――つまりそんな代物は、私の人生とは本来縁の無いものだ。
だからあまりひけちらかしたりしたくないっていうのが、本音のところかな。
「まぁまぁ、そんな話よりももっと楽しい話をしましょうよ!」
「逃げましたね、ずるい!」
「そういえばテレーゼさんって、いろいろなことができますよね。
彫金でアクセサリを作りますし、今日なんてケーキを作ってきましたし」
「え? ……ふふふ♪ 私がこうなったのにはいろいろとありまして……。
聞きたいですか?」
「はい!」
「それじゃアイナさんの生まれの話を――」
「あ、それなら結構です」
「えぇーっ!?」
「あはは♪ テレーゼさん、しつこいとアイナさんに嫌われちゃいますよ?」
「それは困りますね! すっぱり諦めることにします!」
「おお、効果てきめん……。
――っと、いつの間にか時間が結構経ってますね」
楽しい時間は早々に過ぎてしまうもので、夜もずいぶん遅い時間になってしまっていた。
食事の後片付けもあるだろうし、そろそろお開きにした方が良いかな。
「本当ですね……。はぁ、そういえば今日は仕事もあったんでした。
何だか眠く……いやいや!? せっかく今日はお泊りの日! 頑張って徹夜します!」
「テレーゼさん、まだ本調子じゃないですよね? 今日は強制就寝です!」
「えぇーっ!?」
明るく元気には見えるが、私の拙い眼力でも、どこか無理している感じは伝わってきている。
また明後日からは仕事なのだから、身体に負担を掛けることなんてさせられない。
「明日もゆっくりしていって頂いて構いませんので、今日は早めに寝ることにしましょう。
ほら、これからお風呂も入らなきゃいけませんし」
「……お風呂! わーい、アイナさんとエミリアさんとお風呂~♪」
「え? いや、別々ですよ?」
「えぇっ!?」
「そういえば私も、アイナさんと一緒に入ったことは無いですね……」
話の流れに乗って、エミリアさんもフォローなんだかフォローじゃないんだか、よく分からないことを言い始めた。
「お、お風呂って一人で入るものですよね……?」
大浴場とかならまだしも、自分の家で何で同世代の子たちと入らなければいかないのか……。
見るのは良いけど見られるのは――……って、いやいや、何を言っているんだ、私は。
とりあえず時間も遅いこともあって、夕食の終了だけは宣言することにした。




