267.テレーゼさん、お泊り①
冒険者ギルドで休憩をしながら紅蓮の月光の面々と話をしたあと、私たちは錬金術師ギルドへと向かった。
すっかり暗くなった道を歩いて行き、いざ錬金術師ギルドの建物が見えてくると――
「アイナさあああああああんっ!!」
「おっ」
――何だか、懐かしい大声が聞こえてきた。
「アイナさん、お待ちしてました! 準備もばっちりですよ!
ルークさんとエミリアさんも、お久し振りです!」
そう元気に言うテレーゼさんの両手には、何やら大きな袋がぶら下がっている。
それ以外では少し大きめの鞄を肩から下げていた。
「準備って、何でしたっけ……?」
「手土産を持っていくって言ったじゃないですか。お屋敷の使用人の方々に!」
「それにしてはちょっと、量が多くありません……?」
お菓子の詰め合わせを1箱くらいでも十分なのに、それよりも見るからに多い量だ。
一体何を準備したんだろう。
「先日、お食事会にお呼ばれしたじゃないですか。
そのときにレオノーラさんがアップルパイを持っていったと聞いたので、対抗意識を燃やしてケーキを作ってきました!」
「えぇー……? そんな時間があるなら、ゆっくり休んでくださいよー……」
「何の何の! こんなに元気ですから!」
言葉の通り、今日のテレーゼさんは確かに元気そうだ。
心身を崩す前の状態にも見えるところではあるけど――
「テレーゼさん、荷物をお持ちしますよ」
話の隙を突いてそう言ったのはルークだった。さすが頼りになる男子!
「それではもう片方は、私が持ちますね」
そう続けたのはエミリアさん。さすが気が利く女子!
……ちなみに私はタイミングを逸する女子に決定だ。
「あわわ、すいません。ありがとうございます」
「……でも少し距離があるし、私がアイテムボックスに入れていけば良いんじゃない?」
「さすがアイナ様」
「さすがアイナさん」
いやいや。久々のフレーズを聞いた気がするけど、さすがに今回はその台詞を言いたかっただけじゃない?
やっぱりこう、言うなら然るべきときに言って欲しいかな!
そんなことを思いながら、テレーゼさんの手土産をアイテムボックスに入れていく。
「――すいません。持ってもらって申し訳ないんですけど、お屋敷の前まで行ったら私に持たせてもらえますか?
メイドさんに直接お渡ししたいので」
「分かりました。それまでは持っていきますね」
「はい! えへへ、喜んでくれるかな」
「そりゃあもう、絶対ですよ」
「そうだと良いですね!」
今日はやたらとテレーゼさんの笑顔が眩しい。
こんなにも明るい彼女を、きっと久々に見ることができたからだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「アイナ様、お帰りなさいませ」」
お屋敷に戻ると、玄関ではルーシーさんとキャスリーンさんが出迎えてくれた。
「あ、可愛いメイドの子!」
テレーゼさんがまっすぐに見ていたのはキャスリーンさんだった。
そういえば先日の食事会でも、キャスリーンさんのことを気に入っていたっけ。
「いらっしゃいませ、テレーゼ様。
滞在中に何かありましたら、お気軽にご用命ください」
「ありがとうございます!
あの、これ……使用人のみなさんでどうぞ!」
テレーゼさんは片手に持っていた袋をキャスリーンさんに差し出した。
「えっと……?」
キャスリーンさんはちらっと私の方を見てから、その袋を受け取る。
「今日はケーキを作ってきてくれたんだって。
使用人全員の分があるっていうから、みんなで頂いてね」
「ケーキですか! それは楽しみです」
そう喜んだのは、キャスリーンさんの横でルークから袋を受け取っていたルーシーさんだった。
ちなみにルーシーさんは、プロ並みのケーキを作る腕を持っている。
「テレーゼさん、この前のデザートのケーキはルーシーさんが作っていたんですよ」
「えっ!? あれって、どこかのお店で買ってきたものじゃなかったんですか……!?
でも私も、ある意味では負けていないと思いますよ!」
「ある意味って……?」
「……手作り感? ……とか?」
お店の味と家庭の味は違うものだ。おそらくはきっとそういうことだろう。
……それ以外だったらよく分からないけど。
「ありがとうございます、それでは屋敷の者で頂戴いたします。
――アイナ様、食事の準備はできていますが、いかがいたしますか?」
「そうだねー……。
テレーゼさんを部屋に案内してくるから、15分後くらいで大丈夫?」
「かしこまりました。そのようにいたします」
「うん、よろしくね。
それじゃテレーゼさん、今日のお部屋に案内しますね」
「はい!」
メイドさんたちと一旦別れて、他のみんなでぞろぞろと2階へ向かう。
テレーゼさんの部屋は私の部屋から近いところで、向かいの部屋にすることにしていた。
「ここでーす」
扉を開けてテレーゼさんを中へと促す。
他の部屋と同じような間取りだから、特に言うことは無いんだけど――
「わぁ! 立派なお部屋ですね!」
――って、私もちょっと贅沢な暮らしに慣れ過ぎてしまったのかもしれない。
確か昔、同じようなことを思った記憶があるし。
「部屋の鍵はテーブルの上に置いているので、しっかり使ってくださいね。
あと、何か足りないものがあれば教えてください。持ってきてもらいますから」
「分かりました! うーん、何だか緊張しますね……!」
ああ、初々しい。私にもこんな時代があったんだよなぁ……。
「アイナさん、私も部屋に一回戻りますね」
「私も同じく、です」
エミリアさんとルークはそう言うと、それぞれの部屋に戻っていった。
「……むむ? この向かいがアイナさんの部屋ですよね。
お2人はアイナさんの両隣なんですか?」
「はい。庭が見える方の部屋を全員が取っちゃって」
「うぅ、仲良しで羨ましい……! 私、ここに引っ越してきちゃいたいです!」
それは何ともワガママというか、傍若無人な要望だけど――
でも最近のテレーゼさんを見ていたせいか、それすらも愛しく思えてしまう。
「ここに住むと錬金術師ギルドまで遠くなりますよ?
せっかく近くに住んでいるのに、もったいないと思います」
「もったいない……。もったいない……ですかね?」
近いだけで価値がある。
通勤なんて毎日のことだし、積み重なると結構大きな時間になってしまうのだから。
「それと、さすがに家賃をもらうことになりますので――」
「あ! 多分払えませんね! 諦めます!」
「はやっ」
「いやいや、私はただのギルド職員なんですよ!?
アイナさんみたいなSランクの方と同じ生活水準は厳しいです!」
「そう言われると何も返せませんけど……。
でもたまにお泊りにくるくらいでしたら歓迎しますので、お気軽にどうぞ」
「毎週来ても良いですか!?」
「それは来すぎですかね……」
「ぎゃふん」
でも、月に1回くらいなら良い感じじゃないかな?
さすがに毎週は別荘にされてる感じがするし、そしたらやっぱり家賃を――って言いたくなっちゃうからね。




