262.夜中の修練
「――はぁ。起きちゃった……」
目が覚めたときは外も暗く、部屋の中には綺麗な月明かりが射し込んでいた。
これはこれでとても幻想的な光景だけど、眠れないのは困ったものだ。
いざとなればテレーゼさんに渡したような睡眠薬を飲む――という方法もあるけど、すぐに薬に頼るのは良くない気がする。
毎日寝付けないならともかく、目が1回覚めちゃっただけだしね。
部屋の時計を見てみれば、時間は2時過ぎ。早朝……にはまだ早いか。
眠れた時間も2時間ほどだから、身体の疲れはまだ残っている。
気持ち的にも疲れているんだけど、しかしどうにも寝付けない……。
まぁまぁ、こんなときは得てして、そこら辺を歩いてみれば何かが起こるかもしれない。
ゲームでいうところのイベントってやつだね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
着替えをしてからお屋敷と庭を歩いてみる。
途中で警備メンバーと会って少し話をするものの、特にこれといったことは起こらなかった。
……まさかのイベント不発。いや、実際はそんなものか。
「クロック」
時計の魔法を使うと、宙に現れたウィンドウは3時過ぎを示していた。
「……それなりに時間は経ったし、そろそろ眠れるかな?」
一回伸びをして、冷たい空気を思い切り吸い込んでから部屋に戻ることにした。
「――おや? アイナ様、こんな時間にどうされたのですか?」
私の部屋に入ろうとしたとき、ちょうどルークが彼の部屋から出てきた。
「イベント発生」
「え?」
「ああ、いや、こっちの話。
ちょっと眠れなくて歩いていたんだけど、ルークはどうしたの? お手洗いじゃないよね」
見ればルークはしっかり着替えをしている。
手には剣と何かの袋を持っているし――
「はい、修練を行おうと思いまして」
「え、これから? まだ3時過ぎだよ?」
「日中はアイナ様にお仕えするわけですから、修練は夜のうちにしようかと。
用事が無ければ昼にもう少し睡眠を取りますのでご安心ください」
「うーん、それなら良いけど……。でも、しっかり寝ないとダメだよ」
何せ身体は資本だからね。
それに剣士は身体を使う職業だから、十分な休息を取らないといけない。
「ははは、ご心配ありがとうございます。3時間も眠れるだけ十分ですよ」
「……ああ、修行中は睡眠時間も短かったんだっけ」
そういえばそんな話も聞いていた。
私だったらその反動で、帰ってきたら何日か寝ちゃいそうなものだけど……。
「それでは私は行きますね。また朝に――」
「あ、待って。ちょっと見学しても良い?」
どんな修練をするのか、何とも興味が出てきた。
夜中の特訓! そんなイメージがそうさせるのだろう。
「別に構いませんが……傍から見るのはつまらないと思いますよ?」
「大丈夫、大丈夫。飽きたらさっさと戻るから」
「分かりました。戻る際はお声掛けは不要ですので、ご自由にお戻りください」
「うん、ありがとね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ふわぁ……」
飽きた。
……というか、見るものが無い。
私の口からは自然とあくびが出てきてしまった。今なら速攻で眠れそうだ。
ルークは裏庭までいくと、その中央に座って瞑想を始めた。
そして今、それから30分ほどが経過したところだった。
……うーん? 何だかイメージしていたのとずいぶん違うぞ……?
少なくてもこう、剣を振ったりはすると思ったんだけど――まさか座っているだけだとは。
やることも無いし、見るものも無い。
通り掛かった警備メンバーに軽く説明するくらいはしたけど、むしろそれだけしかしていない。
ずっと瞑想ってわけでも無いだろうけど、そろそろ戻ろうかな……。
「――アイナ様」
「えっ?」
「まだお戻りにならないようでしたら、少し手伝いをして頂けますか?」
ちょうど戻ろうと思ったばかりだけど、進展があるならもう少し見学していこう。
「うん、大丈夫。何をすれば良い?」
「これを私に向かって投げて頂けますか?」
そう言いながら、ルークは袋を渡してきた。
その中を見てみると、野球ボールくらいの玉が5個ほど入っている。
「結構固い玉だね。当たっても大丈夫なの?」
「はい、遠慮なく投げ付けてください。私はそれを避けますので、ご心配は不要です」
そう言うと、ルークは同じ場所に戻ってまた瞑想を始めた。
「……んん? ごめーん、瞑想中に投げて良いの?」
「あ、はい。集中しながらも周囲に注意を払う修練――そんな風に考えて頂ければ」
「なるほど」
それは集中しているのかしていないのかよく分からない状態だけど、あの師匠さんから教わったものだし、何でもありな気がしてきた。
しかしただ単純に避けられてしまうのも悔しい。ここは1回くらい、当てることを目指してみようかな。
始まってすぐに投げるのも捻りが無いと思ったので、5分ほど時間を空けてから投げてみることにした。
もしかして周りの空気の動きなんかを読み取っちゃうのかな……。そんなことを考えて、ゆっくりゆっくりと準備を進めていく。
よし、今だ!!
私は猛然と振りかぶり、ルークに玉を思い切り投げ付けた!!
……のだが、玉はのったりとしたスピードでルークの横を飛んでいった……。
ノーコンである。
もう2度ほど投げてみたが、どうにもルークに当てることはできなかった。
しかし玉はまだ2つある!(ちなみに投げ切っても、拾えば補充可能だ)
ここは改めて、全力で投げるッ!!
……そうして放たれた玉は、今度はルークの遥か上を飛んでいった。
ノーコンの次は大暴投――
――パシッ
「おぉ!?」
小気味良い音の方を見れば、ルークが跳び上がってその玉をキャッチしているところだった。
……んん? 助走もしないであんなに跳べるものなの?
垂直跳びをすれば、何かしらの記録が出てしまいそうな高さだ。
「ルーク、凄いね! あんなに跳べるんだ?」
「ありがとうございます。意識を集中させて身体のリミッターを外すというか……そんな感じの技術です。
ところでアイナ様、玉は私に当てて頂けませんと……」
「ご、ごめん。一応、狙ってるつもりなんだけど……」
お互いに申し訳なさそうに言い合う。
「そうでしたか、失礼しました……。
てっきりこう、わざと当てないで集中力を乱す作戦なのかなと思いまして」
「それはそれで高度な作戦だね!
……でも避ける修練だし、跳んでキャッチしてる場合じゃないか……」
「当てられることが前提でしたから、ある意味では集中力は乱されましたよ。
師匠は弾丸のようなスピードで確実に頭を狙ってきましたので、それとは全然違うなと」
「……ルーク、よく生きて帰ったね……」
「ははは、私も信じられません」
そう笑い合ったあと、これ以上いても邪魔になりそうだったので、私は部屋に戻ることにした。
これからは同じ時間に修練をしたいっていうことだったから、使用人のみんなにも共有しておかないとね。
……真夜中に誰かが裏庭で座り込んでいたら、やっぱり怖いものだし。




