261.遠い彼の地で
ジェラードは私との話を終えたあと、ルークと2人で何かを話していた。
そのあとは私とエミリアさんと合流して、4人で少しだけ話をしてから――
「――それじゃ今日は遅いし、僕はもう帰るね。
留守の間はルーク君、2人をよろしく♪」
「はい、分かりました」
ジェラードのお願いをすんなりと引き受けるルーク。
お願いしなくてもしっかりやってくれそうだけど、そこはそれ。きっと男の約束といった感じのものだろう。
「ジェラードさんも気を付けてくださいね。
――ああ、そうそう。餞別に高級ポーションをどうぞ」
そう言いながら、瓶を5本ほど押し付ける。
「ありがとう、遠慮なくもらうよ。
このお返しは、戻ってきたときにまた働いて返すね♪」
「待ってますからね!」
「ジェラードさん、あまり無理はしないでくださいよ!」
「うん、エミリアちゃんもアイナちゃんのことをよろしくね。
……それじゃ♪」
ジェラードは最後に笑顔を見せると、お屋敷から去っていった。
「――はぁ。ジェラードさんがいない間は少し心細いですが、しっかり頑張りましょう。
ルークも戻ってきてくれたし、大丈夫だとは思いますけど!」
「頑張ります! ……何を頑張れば良いかはちょっと分かりませんが、頑張ります!」
「特に問題が無いなら、いつも通りで良いと思いますよ」
「それでは平穏な日々が続くように、とりあえず毎日お祈りをしておきますね!」
「おぉ、さすが司祭様。よろしくお願いします!」
「お任せください!」
エミリアさんは自信満々に言い切った。これできっと平穏な日々が訪れてくれることだろう。
さて、時間もかなり遅いし、そろそろ――
「アイナ様、このあと少しよろしいですか?」
「え? どうしたの?」
「一応、お耳に入れておきたいことがありまして」
「了解、それなら客室で話そうか」
「アイナさん、私は先に部屋に戻ってますね。何かありましたらお呼びください」
「はーい」
エミリアさんはルークの空気を察したのか、そのまま部屋に戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
客室のソファに座り、2人分のお茶を入れる。
片方をルークに渡して、ゆったりとした雰囲気の中で話を進めることにした。
「それで、何のお話かな? ジェラードさんと何かあったの?」
「はい、ジェラードさんから少し話を伺いまして。
……私の故郷、クレントスの話なんですが」
――辺境都市クレントス。
私が転生してきた場所の、すぐ側にあった街。そしてルークが生まれ育った街だ。
この王都からは3週間ほどの距離があり、かなり遠い場所ということになる。
……思えば遠くに来たものだ。
「クレントスの? ジェラードさんは『時事』って言ってたけど、何だろ」
「情報を得たので共有しておきたかった、ということでした。
特に何がどうというか……どうすることもできないというか、そんな話ではあるのですが」
「ふぅん……? それで、何があったの?」
「何でもクレントスに、王政に対する反乱分子が集まってきているそうなんです。
まだ具体的な行動は起こしていないらしいのですが、それに対抗すべく王国も動き始めているとか」
「反乱分子……?
平和な国に見えて、やっぱりそういうのもあるんだ――」
――と言い掛けて、そういえばと思い出す。
この国の王様、他国への侵略を考えているんだよね。実際のところ、裏では何があるのか分からないものだ。
「そしてそのリーダーの名前は、アイーシャ・ルクス・アドリエンヌ……という方です」
「へー、女性なんだ――って、アイーシャ? ……え? ……もしかして、アイーシャさん……?」
「はい。信じられませんが、そのようで……」
アイーシャさんとは、クレントスで私が脚を治してあげたお婆さんだ。
そしてそのお礼に、私に立派な杖をくれた人。
『これはね、私の支援者に取り寄せてもらったの。脚を治してもらってからね、私にもやりたいことが出来たのよ』
『私も結構な野心家なのよ? 毒を食らわば皿まで。そうそう、アイナさん、ヴィクトリア様にちょっかいを出されていたんでしょう?』
『私の恩人にちょっかいを出すなんて、誰であろうと許しませんからね。うふふ、アイナさんがこの街に戻って来たとき、どうなっているかしらね……?』
――記憶を辿れば、確かにアイーシャさんは別れ際に物騒なことを言っていた。
まさか、そんなに大それたことをするなんて……?
ルークの顔を見てみれば、自分で言っておいて信じられない――そんな顔をしていた。
私は先の言葉を本人から聞いてはいたけど、ルークとしてはアイーシャさんがそんなことをするなんて思いもよらないだろう。
「うーん……。アイーシャさんは没落貴族の方で、ルイサさん曰く『悪い連中』が接触を持とうとしていたそうなんだよね」
『悪い連中』……というのは、今の流れでは『王政への反乱分子』……ということになるだろう。
確かに平和な世界において、それを壊す者がいるとしたら――『悪い』と言われても仕方が無いか。
「……そうだったんですか。
私はルイサおば……ルイサさんからは何も聞いていませんでしたから、まったく知りませんでした」
「ルイサさんにとっては、ルークはいつまで経っても子供みたいなものだからね……」
「そうですね……。
それでジェラードさんが言うには、ここまでが1か月前に伝えてくれようとした情報だそうです」
「え? そうすると続きがあるの?」
「はい。何でも周辺都市から派兵が始まったそうです。
ミラエルツやメルタテオス……それ以外にも多くの都市が、王都とクレントスの間にはありますので」
「えぇ……? それって大丈夫なの……?」
「どうでしょう……。
私は昔のアイーシャおば……アイーシャさんは知りませんので、どれくらいのことが出来るのかはまったく……」
「ふーむ……。ちなみに一番兵力があるのって、やっぱり王都なんだよね?」
「そうですね。王都からも少人数ではあるそうですが、派兵されたようです」
「……めちゃくちゃ心配になってきた。
でもこんなところからクレントスまで派兵するんだね……。さすがに遠すぎない?」
片道3週間。
そんな場所から派兵するのは、様々なコストが掛かり過ぎる気がするのだが――
「主に物資補給が目的だそうです。
やはり王都は流通が最も盛んな場所なので、他の場所では調達しづらいものを大量に送り込むのだとか」
「へぇ……?」
「戦いが激化すれば消耗品もたくさん必要になりますからね。
怪我をすれば薬も必要になりますし、戦いを効率的に進めるには爆弾なども使用されますし――」
……え。
「爆弾……」
「はい。全員が全員、魔法を使えるわけではありません。
やはりそういう武装があるのと無いのとでは大違いです。……どうかされましたか?」
「え? う、ううん、何でも無いよ!?」
――何て、そんなことは無い。
先日、王国軍の第二装備調達局から受けた依頼……爆弾。
ルークの話から察するに、あの爆弾もクレントスでの戦いに使うものかもしれない。
そういえばジェラードも、調達局の動きを追っている中で私のところに来たことがあったし――
「……そうですか? 顔色が悪いようですが……」
「そんなこと――
……いや、違う。ごめん、王国軍からの依頼で、爆弾を作って納品しちゃったんだ……」
そのことを隠すには何か後ろめたく、ひとまず正直に話すことにした。
「なるほど。……しかしアイナ様が作らなくても、他に作る方はいたでしょう。
アイナ様が王都に来る前でも、そういう武装は普通に流通していたのですから」
「……威力は普通より高いけど、大丈夫かな……」
「そ、そこは……まぁ……」
私の問いに、ルークは何とも答えづらいように言葉を詰まらせた。
「――私、クレントスに戻った方が良いかな……」
しばらく無言の状態が続いたあと、私は何となくそんなことを言ってみる。
「アイナ様が、何故?」
「いや、爆弾を作ったのもそうなんだけど、アイーシャさんの脚を治したのも私だし――」
――しかし戻ったところで、何がどうなるということも無い。
「ご心配されるのは分かりますが、この件はアイナ様とは関係の無いことだと思います。
ジェラードさんが私にこの話をしたのも、そもそもはクレントスが私の故郷だからです。
……ですので、あまり気に病まないでください」
「うん……。ごめんね」
「……いえ。
実は私も、こう見えて結構動揺しているんですよ」
「そうなの? ……あんまり、そうは見えないなぁ……」
「ははは。それも例の修行のおかげでしょう。
気持ちを安定させるのは特に力を入れましたからね」
「はぁ、凄いね……。私もその修行、受けてみたいかも……」
「滝から飛び降りたり海に潜ったりしますが、大丈夫ですか?」
「……うそ。前言撤回」
「ははは、それが賢明です」
「そう? そうだよね、あはは……♪」
最後は強引に笑い話に持っていって、今日はそこで話を終わることにした。
私の作ったものが、仲間の故郷で、知り合いを倒すために使われる。
そう考えるだけで、何とも心が強く締め付けられてしまう思いだ。
……いや。正直、本当にしんどいかも。




