254.突然の訪問
テレーゼさんから謎の荷物を受け取ってから2日。
あの日の翌日――つまり昨日から、テレーゼさんは錬金術師ギルドの仕事に戻っていた。
さすがに元通りの元気いっぱい! ――とはいかないものの、少しずつは顔色も良くなってきたようだ。
しかし受付を任せるほどには回復しておらず、書類整理などの裏方の仕事をしていた。
私は毎日、テレーゼさんを昼食に誘うことにした。
彼女の口数はやはり少なく、先日からの気まずさは若干あったものの、このままいけば特に問題ないような楽観も多少はしていた。
それにしても、やっぱり錬金術師ギルドに入ったときのテレーゼさんのあの挨拶――
正直迷惑だと思っていたけど、無くなってみると寂しいものだ。
……何だかちょっと、それはわがまま過ぎるかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼過ぎにお屋敷に戻り、そのまま部屋でのんびりとくつろぐ。
日差しが今日も暖かくて、優しくて、柔らかい。
そんな中でうつらうつらとまどろんでいると――
「――……!!」
どこかから声が聞こえたような気がした。
外……? いや、中……?
不思議に思いながら廊下への扉を開けてみると、誰かが騒ぐ声が聞こえてくる。
うーん……? 何だか珍しいなぁ……。
ひとまず私は、その場所に向かうことにした。
1階に下りる階段のところまで行くと、玄関のところにいくつもの人影が見えた。
見知らぬ人影もあり、そんな中で誰かが――……倒れているようだ!!
「ちょっと、どうしたの……!?」
私がその場に駆け寄ると、倒れているのはキャスリーンさんだった。
クラリスさんとマーガレットさんがキャスリーンさんの介抱をしており、それ以外の人たちは彼女たちの周りを囲んでいた。
「アイナ様……!
すいません、来客応対中にキャスリーンさんが倒れてしまって……!」
「えぇ……? 一体、何で……?
マーガレットさんは休むところの準備をして! 私とクラリスさんで連れていくから!」
「は、はい! 分かりました!」
私の指示を受けて、マーガレットさんはお屋敷の奥へと走っていった。
ひとまずはキャスリーンさんの状態を鑑定してみると――
----------------------------------------
【状態異常】
貧血(中)、恐慌
----------------------------------------
――そこには先日と同じような感じの項目が現れた。
何でまた……!? そうだ、そういえば来客応対中って――
そう思って顔をがばっと上げてみると、視線の先には見知った顔があった。
「すまんな、アイナさん……。
どうやら、私を見て気絶してしまったようだ……」
「……え?
……え? 何でここにいるんですか……?」
私の目の前には、ファーディナンドさん――グランベル公爵の実兄の姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もう少しドタバタとしたあと、私はようやくファーディナンドさんと客室で2人きりになれた。
「……今回はお騒がせした。
何ともかんとも、あそこでキャスリーンが出てくるとは……」
キャスリーンさんをグランベル公爵のお屋敷から逃がしてくれたのはファーディナンドさんだ。
しかし彼の姿を見て、キャスリーンさんはきっと昔のことを思い出してしまったのだろう。
「いえ、こちらこそお騒がせしました……。
今はゆっくり休ませていますので、ファーディナンドさんは心配なさらないでください」
「うん……。落ち着いたら、済まなかったと伝えておいてくれ……」
「はい、分かりました。
……あの、それで、何で今日は急に突然? 公爵様から監視をされているのでは……?」
だからこそ先日は風俗街まで、露出しまくりの服を着てわざわざ訪ねていったのだ。
こんなに堂々と会えるのであれば、そもそもあれは何だったのだろうか。
「ちょっといろいとあってね……。
まずはそこから話しても良いかな」
「はい、お願いします」
「それと、ここで話す内容は他言無用でお願いしたい。
何ともまぁ、粗末で情けない話もあってね……」
「わ、分かりました……」
私の同意を得て、ファーディナンドさんは静かに話し始めた。
「――まずは先日、缶詰をありがとう。
……うん、あれは凄かったよ……。アイナさんが提案するのも納得の臭いだった……」
「そうですか、それは良かった!」
缶詰というのは『シュールストレミング』のことだ。
あれを使って、グランベル公爵のお気に入りの地下室をダメにしようという計画だったのだが――
「実はね、あれを地下室でとりあえず開けてみたんだよ。
そこでもう、その威力を思い知ったね。思いがけず浄化の魔法で臭いを全部消してしまったんだが……」
「え? 魔法で消せちゃったんですか!?」
臭いを残してダメにしようというのに、あっさりと魔法で消してしまえるだなんて!
……さすが魔法の大家、グランベル家だ。臭いくらいには屈しないか。
「うむ……。それで、よくよく考えてみればハルムートも同じ魔法を使えるんだ……。
そんなわけで、先に臭いを付けておくのはダメだと思ったんだよ」
「ふむふむ……」
「それでな、私の方でちょっと細工をして、時間になったら破裂するように魔法の罠を仕掛けてみたんだ」
「え? そんなこともできちゃうんですか?」
「ふふふ、それくらいは朝飯前さ。
部屋に臭いを付けるのとは違うが、『その部屋は臭う』という連想をハルムートに強く印象付ければ、しばらく部屋を使わなくなるだろうと踏んだんだが――」
そう言ったあと、ファーディナンドさんはしばらく口を閉ざし、そして頭を横に振りながら続けた。
「――しかし、それがまずかった」
「……と、言いますと……?」
「破裂する時間は、ハルムートがお気に入りの少女を虐待するだろうときに設定したんだ。
ヤツに直接浴びせないと、魔法で対処されて終わりだからな」
「そうですね。その女の子には申し訳ないですけど……」
「ここからはちょっと、無理そうだったら途中で止めるから……構わず言ってくれ。
まず、爆発したのが――すべてが終わったあと……その少女の拘束を解いたあとだったんだ」
「拘束して、酷い目に遭わせていたんですね」
外道である。
「ああ。その少女も全身に傷を付けられていてな、特にいつもより血が出ていたらしい。
そんなタイミングで缶詰が爆発して、その少女とハルムートはそのまま混乱に陥ってしまったそうだ」
「突然異臭がしたら、そりゃ混乱もしますよね……」
「それに加えて、あそこまでの臭いだからな……。
それで、まずは少女の方が、その臭いに耐え切れずに部屋から飛び出したんだ。
いつもなら完全にハルムートの支配下だから、そんなことは起こり得ないはずなんだが――」
「……あれ? 服は着ていたんですか?」
「いや、素っ裸だった。ちなみに、ハルムートも素っ裸だった」
「お、おうぅ……」
「さすがにそんな姿を屋敷の者には見せるわけにはいかないだろう?
いくら息の掛かった者とは言え、虐待の噂があるとは言え、そんな姿を見せたら威厳なんてものは無くなってしまう」
「そうですね……。それで、どうなったんですか?」
「予想外に少女の走るのが速くて、地下室から抜けて、屋敷の方まで出てきてしまったんだ。
そこには男女問わず、使用人がたくさんいてな……」
「……女の子、裸だったんですよね……。それ、絶対にトラウマになりますよ……」
「それも踏まえて、これからしっかり償っていかないとな……。
それでハルムートなんだが、臭いのせいで混乱していたとはいえ、そのまま少女を追い掛けてきてしまったんだ」
「……え? 裸のままで? 使用人がたくさんいるところまで?」
「……うむ」
その光景を想像してみると、何だかとてつもなく哀れに思えてくる。
自分の主人が突然、裸で――それも全身傷だらけの裸の少女を追い掛けてきたら……ねぇ?
「大変だったんですね……」
「いや、問題はここからなんだ」
「ええ? ここまでも十分に問題でしたよ?」
「ま、まぁそうなんだが……。はぁ……」
ファーディナンドさんは私の言葉を受けて、頭を抱えながらため息をついた。
「――話を続けよう。
そのあと、ハルムートは……階段から転落してしまってね」
「はぁ……」
思わず後ずさりをして、そのまま転落――ということだろうか。
そのときの心情は考えたくも無いけど、後ずさりくらいは許してあげよう。
「……それで、首の骨を折る重体になった」
「えぇっ!? それ、大丈夫なんですか?」
「それは何とかなったんだが、まだ意識不明の状態でな。
意識さえ戻れば、あとは何とかなるそうだ」
「何とかなるって……それはまた凄いですね」
え? だって首の骨でしょ? 何となく即死のイメージがあったんだけど、大丈夫なんだ?
「とっさに対応した者が少しばかり医療に心得がある者でな。
九死に一生を得た……とでも言うか……」
「ふむふむ……」
「まぁそんなわけで、ハルムートは今は意識不明の状態なんだ。
それを治す薬を探すことになって――それで、私がここに来たんだよ」
「だから一時的にとは言え、今は監視されていないんですね」
「そういうことだ。ハルムートには悪いが、久々に人の目を恐れないで済んでいるよ」
力無く笑うファーディナンドさん。
確かにそう笑うしか他は無いだろうけど……。
「何だかいろいろ、大変でしたね……。
それじゃ、私は意識不明を治す薬を作れば良いですか? ……できるかは分かりませんけど」
「うん、よろしく頼むよ。
それで……アイナさん。以前言ったこと、覚えているかな?」
「以前? えぇっと――」
……はて、何の話だろう。どの話のことだろう。
ファーディナンドさんとは、それなりにいろいろなことを話しているから――
「……私が、ハルムートから家督を奪い返すっていう話だよ」
「ああ、それですね! もちろん覚えてます!」
私はユニークスキルを持っている疑いがある――ということで、王様から目を付けられているようだ。
だからこそ、ファーディナンドさんがグランベル家の家督を持っていてくれれば、私としてもいろいろと助かるかもしれない。
それに、うちの可愛いキャスリーンさんや、テレーゼさんの幼馴染のシェリルさんとヴィオラさんも、今まで酷い目に遭ってきている。
そのお返しという意味も含めて、ここは是非協力したいところなんだけど――
「……もし私を手伝ってくれるなら、作って欲しい薬があるんだ。
もちろん、アイナさんには拒否する権利もあるし、気乗りしない薬だってあるだろう。
それでも、もしお願いできるのであれば、是非お願いしたい……!」
テーブルに手をついて頭を下げるファーディナンドさん。
しかし私には、それを拒否する理由なんて無かった。
「――はい。できる限りのことはさせて頂きます。
私は、何を作れば良いのでしょう……?」




