253.あっちこっち③
再び白兎堂を訪れると、再びお婆さんが応対してくれた。
「――あら、アイナさん。
まだテレーゼちゃんを探しているんですか?」
「はい。今度は白兎堂に向かったと聞きまして……」
「何だか大変ですねぇ……。
確かに一回来たみたいなんですけど、バーバラと一緒に出掛けてしまって……」
「え? バーバラさんも来たんですか?」
「そうなんですよ、昨日忘れ物をしたらしくて。
もしかしたら、ここで待ち合わせをしていたのかもしれないですね」
ふむ……。
バーバラさんと一緒ということなら、きっと悩みの相談にでも乗ってもらっているのだろう。
それならもう、無理して追い掛けなくても良いか――
……とは思わなくも無いものの、ここまで来たのだ。しかも微妙に銅貨3枚を情報料として使っているのだ。
消化不良のまま終わらせないためにも、最後までいってみることにしよう。
「それで、2人はどこに行ったかは分かりますか?」
「きっといつものお店じゃないかしら。
よく行く食堂があるんですよ。場所をお教えしますね」
「はい、ありがとうございます!」
――そう言えば私が神器の素材を調べたあとに寝込んでいた間、バーバラさんは毎晩テレーゼさんに呼び出されていたんだっけ。
オレンジジュースだけで居座るから、バーバラさんがお店の人に申し訳ないって言ってたなぁ。……それも何だか懐かしいや。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お婆さんに教えてもらった場所にいくと、いかにもと言った食堂を見つけた。
この世界にあっては何とも平均的な感じの食堂だ。
「いらっしゃいませ!」
店内に入るとすぐに店員さんが声を掛けてきた。
「あ、私は――」
とりあえず店内を見回すと4組ほどの客が入っていたものの、テレーゼさんたちの姿は無かった。
ああもう、ここも空振りか……。
ぐぅ。
思わず音のした方を見てみると、それは自分の腹の虫のものだった。
そういえば何だかんだて昼食、まだ食べていなかったっけ。それに歩いてばかりだったし、さすがにもう疲れてきてしまった。
「さぁさぁ、こちらへどうぞ」
店員さんの案内に引きずられ、調理場の向かいのカウンター席に座る。
せっかくだし軽くくらい――いや、結構お腹も空いてるし、何か食べていくことにするか。
バーバラさんの話に出てきたオレンジジュースは頼んでみるとして、あとは何にしよう。
メニューを見てみるとやはりそれも平均的なもので、割と何でもありのように思えてしまう。
「えっと……それじゃ、オムライスとオレンジジュースをお願いします」
「はい、ありがとうございます! 少々お待ちください」
少しすると調理場の方から卵を焼く音が聞こえてきた。
きっと私が頼んだオムライスだろう。しっかり待ってるから、しっかり作られてくるんだよー。
――まったりと過ごして、まったりと食べ終わったころ、改めて食堂の中を見回してみる。
もしかして食べている間に2人が来ないかな……とも思っていたが、そんなことはまるで無かった。
「……あの、すいません。テレーゼさんってご存知ですか?」
会計のとき、話のついでに店員さんに軽く尋ねてみる。
「はい、常連さんですよ。いつも使って頂いてます!」
「そうなんですね。……今日はお昼とかに来てませんでしたか?」
「来てましたよ。お客さんが来るより前に、お友達と一緒に食べていかれました。
……って、テレーゼさんはオレンジジュースだけでしたけど」
「体調が悪いって聞いているんですけど、やっぱり悪そうでした?」
「そうですね、顔色は悪かったです……。それにいつもは長時間いるんですけど、今日はすぐ帰ってしまいましたし……」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
「いえいえー。
それではまたのお越しをお待ちしております!」
店員さんに見送られて食堂の外に出ると、空はどことなく赤くなり始めていた。
今日はもう、あと何か所もまわる時間は無いだろう。
……とりあえずは距離も近いし、白兎堂に一回戻ってみることにしようかな。
バーバラさんがいなかったら、次はテレーゼさんの部屋に行ってみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あれ? アイナさん、こんにちは!」
白兎堂の近くまで行くと、不意に声を掛けられた。
声の主はバーバラさんだった。
「あ、バーバラさん! こんにちは」
「こんなところでどうしたんですか? あ、もしかしてまた服の注文を……?」
「それも魅力的なのですが、今日はテレーゼさんを探していまして……。
バーバラさんと一緒にいるって聞いたんですけど――」
しかしバーバラさんのまわりには誰もおらず、彼女は一人だった。
「そうだったんですか。
……私はこれからまた仕事があるのでご一緒できないんですけど、もし時間があるなら……テレーゼさんの居場所をお教えしましょうか?」
「え? もう夕方ですけど、まだどこかに行ってるんですか?」
体調が悪いのに、何ともまぁ……。
さすがに肌寒くなってくるし、そろそろ自重して頂きたいところだ。
「……何だかもう少し、考えをまとめたいことがあるらしくて。
私にも具体的なことはお話してくれませんでしたし、こんなことも初めてで……」
「そうなんですか……?
でもバーバラさんにそういう感じなら、私が行っても、どうなんでしょうね」
「うーん……。私とアイナさんではそもそもが違いますからね……。
でも何となく、ずっとテレーゼさんと一緒にいた私だからこそ、何となく思うんです。
……テレーゼさんに会いに行って頂けませんか?」
真面目な顔で、まっすぐに言うバーバラさん。
テレーゼさんのことを心配しているのが容易に伝わってくる。
「……分かりました。
それではすいません、場所を教えて頂けますか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バーバラさんから聞いた場所は、王都の中にある広い公園だった。
……こんなところもあったんだね。散歩をするにも良さそうだ。
少し小高くなった場所の大きな樹の下に、テレーゼさん……のような人がいた。
樹の根元で、何かを抱きかかえながらうずくまっているから確証は無いんだけど――
「――テレーゼさん?」
近付いてとりあえず声を掛けるも、反応は返って来なかった。
いつもなら声を掛ける前に反応をしてくれるというのに、何とも寂しい限りだ。
テレーゼさんであることを確認したあと、そのすぐ横に座ってみる。
しかしそれでも彼女が反応することは無かった。
寝ているわけでは無いし、無視されているようでも無いんだけど――
とりあえず突っついてみるか。
つんつん。
とんとん。
ぱしっぱしっ。
「ふぇ……?」
何回か突っついていると――途中から軽く叩いている感じになってしまったが、ようやくテレーゼさんが顔を上げてくれた。
「こんにちは。……もうすぐ、こんばんわの時間ですよ?」
「……まずい……。幻覚が見えてきた……」
「いえいえ、本物ですから!」
眠気を払うように頭を振るテレーゼさん。そんな彼女の手を取って握りしめてみる。
「え……? ……本物なんですか? ……夢じゃないですか?」
「本物ですとも!」
「えぇ……? な、何で本物がこんなところに……?」
「今日は仕事をお休みしてるって聞いて、お見舞いに行っても部屋にいなくて。
ずいぶん探しまわったんですよ?」
「そうなんですか……。すいません、ありがとうございます。
……本当に、ありがとうございます……」
そう言うテレーゼさんの顔色はやはりとても悪い。
会話の流れも何となくそこで途切れてしまった。
空を見てみると、闇色に混じって星がちらちらと瞬き始めているところだった。
さすがに冷えてくるし、あまり長居はできなさそうだ。
「――何だか精神的にまいっているようですけど、私は何かお手伝いできますか?」
「……はぅ。……それじゃ、ちょっとお話を聞いてもらえますか……?」
「はい、喜んで」
テレーゼさんはなおも大きな包みを抱えながら、小さくそう言った。
私は彼女の言葉に小さく頷く。
「……一説によると、運命というのは、途中にいくつかの分岐点があるらしいんです……」
……は? ……え? ……はい。
「えーっと、はい」
「分岐点で生まれる選択肢を決めていくことで、運命が確定していく……。
あやふやなことが、時間を経るに従って、しっかりと固まって、定まっていく……。
――あ、すいません。これはある本に書かれていたことなんです……」
「ふむ……」
そういえば今日は図書館にも寄っていたよね。
そこで読んだ内容なのかな?
「まぁ、それはそれとしてですね……」
「それはそれとしちゃうんですね!」
「実は最近、よく夢を見るんです。
……内容は言えません。……アイナさんにも、言うことができないんです」
「……変な夢なんですか?」
「はい、とっても変で……おかしくて……そして、嫌になってしまう夢です……。
何とか自分の中で消化しようとしたんですけど、でも体調まで崩しちゃって……。はぁ、主任に怒られなきゃ良いんですけど……」
「ダグラスさんは心配だけしてましたよ。
怒られるなんてことがあったら、私が怒ってあげますから」
「……え? アイナさんでも怒ることがあるんですか?」
「よっぽどで無ければキレたりしませんけど、人並みには怒りますよ?」
「あはは、私も怒らせないようにしないとですね……。
……それで、そんな話もどうでも良くて……」
「えぇ!? よ、良くないですよ!?」
「……アイナさんに、お願いがあるんです」
「む? え、はい、何でもどうぞ」
「この荷物、預かっていてもらえませんか……?」
そう言いながら、テレーゼさんは両手に抱えていた大きな包みをゆさっと揺らした。
「え? 何でまた……?」
「……すいません、言いたくないんです。それと、中も見ないで欲しいんです……」
――まるで意味が分からない。
見られたくないものを私に渡してどうしろと……?
でも――
「そうしたら、テレーゼさんの悩みは少しくらいは軽くなりますか?」
「そうですね……。多分、なるかもしれません……」
……これまたあやふやな。
でも、持ってるだけで良いというのなら持っておこう。
アイテムボックスに入れておくだけだから、特に困ることも無いわけだし。
「分かりました。それじゃ、返して欲しくなったら教えてくださいね」
私が王都から離れるときはどうすれば良いんだろう?
……それはいつか、テレーゼさんが元気になったときにでも聞いてみることにしよう。
「ありがとうございます……。
それと、もう1つお願いがあるんです」
「何でもどうぞ!」
「あの……この先、王都の外で、もしどうしても、どうしようもない状況になってしまうことがあったら――
この荷物、開けてみてください……。それで……意味不明だったとしても、怒らないでください……。軽蔑、しないでください……」
テレーゼさんは声を震わせながら、そんな言葉を絞り出した。
――どうやらつまり、この荷物は私のために用意してくれたもののようだ。
それなら、何で軽蔑なんてしなければいけないのか。
「……分かりました。
それではその荷物、お預かりしますね。テレーゼさんの悩みは分かりませんけど……ありがとうございます」
「すいません、すいません……。
……私、弱くて、ごめんなさい……」
嗚咽を漏らすテレーゼさんの言葉の意味はやはり分からないが、一言一句、忘れないようにしておこう。
いずれその意味が分かるかもしれないのだから……。




