252.あっちこっち②
図書館で聞いた話をもとに、白兎堂に行ってみる。
久し振りの店内に入ると、いつものお婆さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。あら、アイナさん?」
「こんにちは」
「はい、こんにちは。今日は服の注文かしら?
バーバラはいないんだけど――」
「あ、そうなんですか。
……ところでテレーゼさんって、今日はここに来ましたか?」
「テレーゼちゃん? いえ、来ていませんよ?」
……あれ?
いつの間にかに追い抜いちゃった? それとも――
「あの、もしかして王都に白猫亭……っていうお店、あったりしますか?」
「白猫亭? ……アイナさん、そんなところに用事があるんですか?」
そう言いながら、お婆さんは少し眉をひそめた。
あ、あれ? 白猫亭自体はあるんだ? でも、お婆さんのこの反応は一体……。
「えぇっと……。今、人探しをしていまして……」
「それって、もしかしてテレーゼちゃんのことではないですよね?」
いや、テレーゼさんのことなんだけど――
しかし『テレーゼさんが白猫亭に行った』だなんて言ったら、この流れでは何だかおかしなことになってしまいそうだ。
……それなら、嘘も方便か。
「はい。テレーゼさんと一緒に人探しているのですが、ここまでで分かったことをお話しようと思いまして……。
でも今度は、テレーゼさんの居場所が分からなくなってしまって……」
「あら、そうなの。……そうよね。
でもここには来ていませんよ。バーバラも昨晩は急ぎの仕事だったし、今日は来ないと思いますよ」
「分かりました、ありがとうございます」
お礼を言ってから、私は白兎堂をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――白兎堂のお婆さんの反応を見るに、白猫亭というのはあまり良い場所では無いようだ。
もしくは私が思い切り場違いな場所だったり?
……例えば、えっちなお店だとか。
そんなところにテレーゼさんを探しに行ったなんてことになったら、テレーゼさんのイメージに傷が付いてしまう。
――とは思ったんだけど、テレーゼさんが図書館の人に言うくらいだから、そんな場所のわけは無いか。
さて、これからどうしよう。
やはりテレーゼさんを探すために白猫亭へは行きたいわけで、それなら誰に聞けば良いのだろうと思い悩む。
ひとまずここから場所が近いということで、錬金術師のザフラさんのお店に寄ってみることにしよう。
――カランカラン♪
「いらっしゃいませ!」
「こんにちはー」
「あ! アイナ先生! お久し振りです!」
……そういえば『先生』付けで呼ばれるようになったんだっけ。
「3週間振りくらいですね。その後はいかがですか?」
「はい、おかげ様でポーションも順調です!
ちょっと取り扱いも増やしてみたんですよ」
そう言いながら、ザフラさんはお店の棚を手で案内してくれた。
確かに以前よりもポーションが増えたように見えるが、よくよく見てみれば床に置かれた爆弾も増えているような気がする。
どうやら爆弾の取り扱いを減らす気は無いようだ。
「なるほど、順調そうですね。何よりです」
「それでアイナ先生、今日はどうしたんですか?」
「探してるお店があるんですけど、場所が分からないんです。
もしかして、ザフラさんが知らないかなって思って寄ってみました」
「そうでしたか。そのお店の名前とか、特徴とかって分かります?」
「はい。えっと……白猫亭っていうお店なんですけど……」
どういう反応になるか緊張しながら伝えてみると、ザフラさんはあっさりと返してきた。
「そこは少し距離があるので、地図を書きますね」
「あ、ご存知なんですね。……ちなみにどういうお店なんですか?」
「酒場ですよ。以前、冒険者さんたちに連れていってもらったことがあるんです♪」
「へー」
――何ていうことはない、白猫亭は酒場だった!
ちなみにこの国では、お酒は15歳から飲んでも問題ない。私は17歳だから大丈夫なのだ。
……あれ? そうすると白兎堂のお婆さん、何で眉をひそめたんだろう?
もしかして私、15歳未満だと思われてる……!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザフラさんの地図をもとにその場所へ行ってみると、少し静かな感じの酒場を見つけた。
バーのようなカウンターがありつつも、その後ろには普通の飲み屋のような感じで大きなテーブルがいくつも並べられている。
いつの間やら時間は昼過ぎになってしまっていたが、何組かの人たちが既にお酒を飲んでいた。
……それにしても、テレーゼさんは何で酒場に?
「――いらっしゃい。嬢ちゃん、昼間っからこんなところに何の用だ?」
酒場に足を踏み入れると、少し怖そうな店員から声が掛かってきてしまった。
「すいません、人探しをしているんですけど――
ここに体調の悪そうな女の子って来ませんでしたか?」
「来てねぇな」
何となく違和感を感じてテレーゼさんの名前は伏せてみたものの、あっさりと知らないと言われてしまった。
……情報が少なすぎたのだろうか?
「えっと、背はこのくらいで……髪の色が――」
「おい、お客さんがお帰りだ。つまみ出してこい」
「へいっ」
「わ、ちょ、ちょっと――!?」
私はそのまま、店員の1人に背中を押すようにされて、外に追い出されてしまった。
元の世界を含めても、こんな強制退店は初めてである。
「……とまぁ、おやっさんはああ言ったんだけどよ」
「え?」
声の方を見てみると、もう戻ったとばかり思っていた店員が、まだそこに立っていた。
「世の中、コレだろ?」
そう言いながら、その店員は指で輪っかを作って私に見せた。
情報料をくれたら――と言わんばかりの顔をしている。
「えっと、どれくらいで……?」
「銀貨5枚でいいぜ」
これまた微妙な値段だ。
高すぎるということもなく、微妙に払いやすそうな金額であることが腹立たしい。
……しかし、よくよく考えてみればもう昼過ぎなのだ。
別に今回はテレーゼさんを追跡するのが目的でも無いので、ここはもうテレーゼさんの家に戻れば普通に会えるのではないか――
「あ、大丈夫です。もう帰りますので」
「えぇっ!? そ、そりゃ無いよ! 今月の家賃がピンチなんだよ!!」
「知りませんよ……」
「よ、よし! 分かった! 銀貨1枚にまけてやる! お願い!!」
「銅貨3枚くらいにまかりませんか?」
出せる金額なんて、それくらいが良いところだ。
「くぅ……分かった! それで頼む!」
どれだけピンチなんだか……。
そう思いながらお財布から銅貨を3枚出して渡す。もはや乞食に恵んでやるような心境すらしてしまう。
「はい、どうぞ」
「へへ、ありがとな!
それで、あんたの言う体調の悪そうな女の子なんだけど――実は、来たんだ!」
「まぁ、そうですよね」
来てもいないのに情報料を取られるのでは、こちらとしてもたまったものではない。
念のため間違いが無いか、テレーゼさんの髪の色や特徴を先に聞いてみる。
お金欲しさに適当なことを言われても困るからね。
その結果、テレーゼさんがここに来たことは間違い無いようだった。
「――以上だ!」
「え? お店に来たことだけしか、結局教えてもらってませんよね?」
「うん? ……そうだな、あとは食べも飲みもしなかったぞ」
「はぁ……。何をしに来たんでしょう」
「ひひっ、それは本人に聞いてくれな。
そんで、一応はおやっさんも体調が悪そうなことを心配していたんだ。そしたらその子、もう家に帰るって言ってたぞ」
「おおぅ……」
「さて、それじゃ俺はそろそろ戻るぜ!
これ以上ゆっくりしていたら、おやっさんに怒鳴られちまう!」
そう言うと、その店員は走って店内に戻って行ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は再びテレーゼさんの部屋までやってきた。
コンコンコン
今朝と同じように、扉をノックして様子を窺う。
……しかし今回も、中からの返事は無かった。
「あら、また来たの?」
声を掛けてくれたのは、これまた今朝と同じお隣の女性だった。
「こんにちは。もう家に戻ったって聞いて来たんですけど……まだいないようですね」
「あら、一度は戻ってきたのよ。そしたらすぐに、また出て行っちゃったわ」
「えぇー……? 体調はまだ悪そうでした?」
「ええ、朝とあまり変わっていなかったわね。
それで、白兎堂っていうお店に行くって言ってたわ」
白兎堂!
白猫亭ではなく、白兎堂!!
「ありがとうございます……。行ってみますね……」
「あんたも大変ねぇ。……それじゃ、頑張ってね」
――私、何でテレーゼさんを追い掛けてるんだっけ……。
確か、お見舞いをするためだったよね……。




