25.意識の底で
「だからさぁ、神原さん。ここのやり方が違うって言ってるの」
「でもBプランで進めるって、この前のミーティングで――」
「はぁ? それはそのときの話でしょ? 毎回確認してよね?」
会社の一室。いつものように先輩から注意を受ける。
注意……と言っても、私から見れば不毛な無茶振りのわけで。
この先輩、何かを聞くとその場その場の答えしか出さない。しかも短絡的で、さらに厄介なことに感情的。
も~、違うチームに行きたいなぁ。仕事とはいえ、私の精神も限界だよ!
「ちゃんと聞いてるの? もっとしっかりしてよね?」
あーもう、はいはいはーい!
「……すいませんでした、これからは気を付けます。それでは今回はAプランで進めるってことで良いですか?」
「はあああぁ? そうは言ってないでしょ? 何でそんな適当に放り出すの!?」
ちょおおぉ!? AプランとBプランしか無くて、BプランじゃないっていったらAプランしかないでしょー!?
「AプランもBプランもダメとなると、どうすれば……」
「それを考えるのがあなたの仕事でしょ!!!?」
もうダメだ、コイツ。殴りたい。
休憩室の自動販売機で缶コーヒーを買う。
ふふふ、今日はちょっと大人の気分で微糖にしよう。
変な先輩には意味不明に怒られるけど、私だってそれなりに仕事は出来るんだからね。
でもちょっと凹んだときは、このコーヒーを飲んで大人の成分をチャージするのだ。
…………うん、苦いや。
さて、今日ももう少し頑張ろうかな。
時間は――もう18時か。あと5時間もあれば、資料を作るのくらいは終わるよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日もお疲れ様、私」
時間は既に23時。今日の仕事も何とか無事(?)に終わり、ようやく家路についたところだ。
外は当然のことながら暗く、ビルの照明と街のネオンライトが遠くで光っている。
「さて……と。『行動力』を消費しちゃわないと」
そうつぶやきながら、鞄からスマホを取り出してアプリを起動する。
起動したのは仲間を集めて魔王を討伐するゲームのアプリ。
仕事の鬱憤をこういうゲームで晴らすんだよッ!!
「むむ、また新しいガチャが来てるねぇ……。もー、無課金ユーザーも愛してよ~」
アプリが起動すると、画面には『早く新しいキャラクターを買え!』と言わんばかりのド派手な演出が映し出される。
「……うん? 新しいキャラクターに、新能力? ……え、うそ。これ、ぶっ壊れすぎでしょ……!」
画面を食い入るように見る私。
そこには今までのゲームバランスが崩れそうなほどの能力を持ったキャラクターが示されていた。
「――それにしてもこのキャラの名前、『アイナ』っていうんだ? ふふふ、私と同じ名前じゃない。
そっかー、ちょっと課金してみよっかなー。強いし、名前も同じだもんなー」
よ、よーし! 家に帰ったら早速課金しよう!
実はスマホアプリにお金を払うのって初めてなんだよね。ふふふ、ちょっと不思議な高揚感が出て来たかも。背徳感、かもしれないけど。
うーん、とっても楽しみ!
――その瞬間、空の暗さとは真逆の、まぶしい光が目に飛び込んで来た。
――んん? なんか前もこんなことがあったような気がするぞ――――?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……。
…………。
………………。
気が付いたとき、私はどこかのベッドで仰向けで寝ているようだった。
ぼんやり見える天井には見覚えは無いから、ひとまずは自分の部屋では無い。
ここはどこだろう――?
そう考えた瞬間、身体中から信じられないほどの重さを感じた。
いわゆる『ダルい』を極限まで突き詰めた感じというか。
その上で全身が痛いし、かなり高熱っぽい。
高熱っぽいと感じた瞬間、嫌になるほど汗まみれなことに気付いた。
意識も朦朧としているし、頭も喉も痛くて息をするのもかなりつらい。
つまり一言でいうと、『もう死にそう』って感じだ。
うん、とりあえず死にそうなのは分かった。
でも何でこうなってるんだっけ?
えぇっと、さっき仕事を終えて課金をどうのこうの考えてたら……急に光が飛び込んできて――?
ああそっか、私は事故にあったんだね。
でも何とか生き残ったのかな。
はー、真面目に生きてて良かったわー。
……でもこの症状、事故なの? 何だか違うような――。
ふと気付くと全身に痛みや熱が駆け巡る中、右手に優しい温度を感じた。
うーん、何だろう?
まぁ何だろうっていっても、多分誰かが手を握ってくれてるんだよね。
それくらいの温度だし、何だか柔らかいし。
でも誰か、手を握ってくれる人なんていたかなー。
自慢じゃないけど、恋人なんていないしね? 家族も田舎暮らしで疎遠になってるしなー。
会社の人で握ってくるような人もいないし……、というかいたら引くわー。
まぁ、誰だか知らないけどありがとう。
気が付きましたよーってことで、ちょっと握り返してあげよう。
それにしても目が霞むなぁ。
曇りガラスを通して見てる感じだよ。
音も良く聞き取れないから、周りが何か騒いでるような気もするし、静かなような気もするし。
あ、もしかして病院の集中治療室とかに入れられたりしてるのかなぁ。
それにしては医療機器みたいな雰囲気は無いよなぁ。
はぁ。唾を飲むのもしんどい……。あー、水が欲しいー。
うーん、これってインフルエンザかなぁ。
事故に遭った上にインフルエンザとか、どれだけ運が悪いのよー。
うーん。すごい時間が経った気がするけど、まだ起きれない。
というか身体が動かない。
いつまで動かないんだろ? ずっとこのままは嫌だなぁ……。
どこか悪くなると、『普通に動く』ことの大切さが身に染みて分かるよね。
はー、しんど。
どれくらいの時間が経ったんだろう?
もうずっとこのままなら、いっそ……とか考えちゃうよ。
まだ24年しか生きていないから、もっともっとやりたいことあったけど――
――ってあれ? 私って24才だったっけ? 何か17才だった気がするぞ?
あれ、でも会社に何年か勤めてたし、17才なんてことは無いか……。
――ってあれ? そういえば私って不老不死になったんじゃなかったっけ?
……って、そんなわけあるかーい。何を妄想しているんだ私は。まずいなぁ、何か記憶がよく分からなくなってきたぞ……。
………………。
…………。
……。




