249.心配する彼女の上司
少し急ぎ足で向かい、目的の錬金術師ギルドに到着したのは14時過ぎ。
いつもの通り入口から中に入ると、テレーゼさんの声がいつもの通り響いて――
……。
――こなかった。
「あれ? 今日はテレーゼさん、お休みなのかな?」
「受付には別の方がいますね」
……ふむ。お休みしていなくても、以前は倉庫整理をやっていたことがあったからなぁ……。
まぁ、帰りにまた寄ってみることにしよう。
何しろ今はお腹がペコペコなのだ。まずは自分たちのお腹を労わってあげないとね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂に行くと、時間も時間ということで人はあまりいなかった。
遅い昼食をとってる人や、早めの夕方の休憩をしている人がいるくらいか。
店員さんはいつものおばちゃんだったので、いつも通り胸の話をスルーしながら注文を終える。
エミリアさんがププピップステーキのセットを頼んでいたので、私もそれならとばかりに同じものを注文した。
……食べきれなかったらエミリアさんにお願いすることにしよう。
きっとこれくらい、余裕のはず。
「ここまでくれば、あとは待って、食べるだけですね!」
目の前のエミリアさんは、見るからにそわそわとしている。
たまにお腹の音が聞こえてくるのはそっとしておいてあげよう。
「そうですね。儀式も大変そうでしたし、お腹も減りますよね。
ところで儀式ってやっぱり疲れるんですか? 私は上から見ているだけでしたけど」
そもそもあんなにも大勢の中で何かをする――というだけで、私は疲れてしまいそうだ。
加えて、魔力もそれなりに消耗してしまうという話も聞いていたし。
「そうですね、魔力をこう……緩やかに出し続ける感じなので、やっぱり疲れちゃいますね。
でも今回は『アイナさんの役に立ちますように~』って念じながらやっていたので、なかなか楽しかったですよ」
「そ、それはどうも……。
ということは『浄化の結界石』の中に、エミリアさんの魔力も宿っているんですね」
「そうかもしれませんね。ここまでやったんですから、私も早く最終形態を見てみたいところです!」
最終形態というのは、神器のことかな。
神器作成に必要な『浄化の結界石』は今日揃えることができたから、これはもうクリアだ。
残りの素材は『オリハルコン』と『光竜の魂』。
この2つもクリアできれば、ようやく神器に手が届くんだけど――
「……残り2つの素材は、どこにあるんでしょうねぇ……」
もしかして王様の言うことを良い子みたいに聞いていれば、そのうちオリハルコンはもらえちゃうかもしれない?
――いやいや、さすがにそのトレードオフはどうなんだろう。何だかいろいろと怖いものがある。
仮にオリハルコンをもらえたとしても、最後の難物がもうひとつ残るからね。
自分の運命を完全に他者に委ねるというのは、基本的には止めておいた方が良いだろう。
「うーん……。両方とも近場で手に入れば良いんですけど……」
エミリアさんはそう言うが、それもきっと難しいだろう。
しかしそうすると王都から離れる必要があるわけで、そうなるとエミリアさんとはお別れということになってしまう。
……ある意味、エミリアさんが私を王都に留めている理由のひとつでもあったりして。
「お待ちどうさま! たくさん食べるんだよ~♪」
話の途中で、おばちゃんが2人分の食事を持ってきてくれた。
「ありがとうございます!
――何にせよ、まずはしっかり食べるところからですね!」
「そうですね。……それにしてもエミリアさん、お肉が山のようになっていますよ……」
「今日は味より量です! いえ、しっかり美味しいので、味も量も、です!」
「それは最高ですね。では頂きましょう」
「はーい!」
いつもの食事の挨拶とお祈りを済ませて、私たちは遅めの昼食をとることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――満足、満足です!」
食堂から出ながらご満悦のエミリアさんが言う。
確かにこういう場での食事としては、ププピップは群を抜いて美味しいからね。しかもエミリアさんの場合はその量が……何倍だったんだろう?
「それは良かったです。
……あ、そうだ。帰りに受付カウンターに寄っても良いですか? テレーゼさんがいれば、少しお話をしていきたいなって」
「分かりました!
やっぱりここに来たら、テレーゼさんのあの挨拶が恋しいですよね」
いや、あの挨拶は別に……。
ちなみにグランベル公爵のお屋敷に行ったあと、錬金術師ギルドには2回来ていたんだけど――
何だかんだでテレーゼさんには、シェリルさんのことをまだ話せないでいた。
でも今日は『浄化の結界石』を作るっていう一大イベントもこなせたことだし、シェリルさんのことを話してみることにしよう。
ひとまずは無事でいること、会えないけど王都の近くにいること――それだけは伝えられるかな。
そんなことを思いながら受付カウンターに向かうと、テレーゼさんの姿は見えなかった。
……あれ? やっぱり今日はお休みなのかな?
「――すいません。今日はテレーゼさん、お休みですか?」
「いらっしゃいませ。はい、今日は早退いたしました」
「え? 早退?」
「……あの、失礼ですが、Sランク錬金術師のアイナ様ですよね?
お見えになったら話があると、ダグラスさんから言伝を頼まれているのですが……」
「そうなんですか? えっと――」
ちらっとエミリアさんの方を見ると、『どうぞどうぞ』といった感じで相槌をくれた。
「――分かりました。それではお願いできますか?」
「はい、少々お待ちください」
受付の女の子は、少し急ぎ足で奥へと消えていった。
何となくテレーゼさんを思い浮かべてみると――彼女はいつも、こういうときはもう少し慌てる感じだったかな?
何だかんだでテレーゼさんも、錬金術師ギルドには必要な人だよなぁ。……あくまでも、私としては。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもの応接室に一人で待っていると、しばらくしてからダグラスさんがやって来た。
「こんにちは、ダグラスさん」
「ああ、こんにちは。突然、すまないな」
「いえいえ。それで、今日はどうしたんですか?
さすがにS+ランク昇格の通達――とかではないですよね」
「アイナさん、実はそのまさかなんだ……」
「えっ!?」
「……すまん、嘘だ」
「えぇーっ」
正直ドキッとはしたが、そんな上手い話はなかなか無いよね。
でもグランベル公爵に増幅石を作ってあげたし、もしかしたら――という思いも無くは無かったというのが本当のところ。
……何とも欲深き人間である。
「えーっとな……実は今回呼んだのは……錬金術師ギルドの仕事とはあまり関係なくてな……」
「そうなんですか? というと、個人的なこと……?」
「個人的なこと……うーん。まぁ、テレーゼのことなんだが」
「テレーゼさんの? そういえば今日は早退したって聞きましたけど……体調が悪かったんですか?」
「うん……最近どうも、具合が悪いようでな。
聞けば、ここ一週間くらいはまともに眠れていないらしい」
「えぇ……? この前会ったときは――いや、そういえば確かに声の大きさが少し小さかったような」
「あれでも十分大きかったけどな……。アイナさんもずいぶんと慣れたものだ……」
「あはは……。
でも眠れないってことでしたら、食事会のときに睡眠薬をあげましたけど――使ってないのかな?」
「あ、いや。それのおかげで、ここのところはどうにか眠れていたらしいんだ。
そこは、うん、ありがとう」
「でも一週間も使い続けたら、さすがにもう切れちゃいますよね。ポーション瓶1本分だけでしたし」
「そうなんだよ……。
それに『せっかくアイナさんにもらったのに無くなっちゃった……』って、凄い落ち込みようでなぁ……」
「薬は使うものなので、私としては使ってくれた方が嬉しいですけどね。
えぇっと、それじゃ睡眠薬をまた作れば良いですか?」
「うん、お願いできるかな。他から買ってきても良いんだが、やっぱり精神的にも参っているみたいでな。
アイナさんに作ってもらったやつが一番効くだろうし、あとは素直に受け取ってくれるだろうし……」
「分かりました。それじゃ、どうぞ」
バチッ
――と作ってそのまま、目の前のテーブルに置く。
「おお、持っていたのか。すまない、いくらになる?」
「え? これ、依頼だったんですか?」
「ん? もちろんSランクの錬金術師に頼むんだ。親しき仲にも礼儀あり、だろう?」
「うーん、使うのはテレーゼさんですからね……。
いつもお世話になっているってことで、今回は差し上げますよ」
「いやいや、それはさすがに――」
「もしくは金貨10枚です」
「ぶはっ!? そ、それは横暴だぞ……。
……分かった、今回はありがたく折れておくよ。でもこれは借りにしておくからな」
「それなら私が困っているとき、どこからでも助けに飛んできてくださいね!」
「何っ!? そ、それも横暴だぞ……?」
「あはは、冗談ですよ。うちの家訓のようなものに『貸してやるならくれてやれ』っていうのがあるんです。
まぁまぁ、今回のことはそのまま忘れちゃってくださいな」
「……すまん」
「あ、そうだ。使ったあとにまた落ち込まれても困るので、もう1本差し上げますね」
「……重ね重ね、すまんな」
申し訳なく言うダグラスさんだが、ことわざでこういうのもあるからね。
そでふりあうなかもふりふり……
そでふるなかもえんの……
こまったときのそでふりふり……
――あれ? 何だったっけ。
※『袖振り合うも多生の縁』でした。




