247.曖昧な線
ファーディナンドさんの缶詰の一件が終わったあとは、平和な日常が訪れた。
……いや、裏ではあまり平和じゃないような気はするんだけど、ひとまず表向きは平和な感じだ。
「あれから4日かぁ……。ファーディナンドさんの方はどうなったかな……」
自分の部屋で外を眺めながら一人呟く。
缶詰は翌日にジェラードから届け終わったと報告は受けていたものの、それ以降は何も進んでいない。
そもそもグランベル公爵があのお屋敷にいなければ何も進まないわけだし、何かが進んでも連絡があまり取れないから分からないか。
「……はぁ。一旦、他のことに集中するかな……」
今後の予定として、ひとまず『浄化の結界石』を作る儀式が3日後に控えている。
その儀式は依頼者も参加できるとのことで、実は結構楽しみにしているのだ。
……まぁ実際のところは本当に見るだけで終わりそうなんだけど、それでも自分がたくさんの人を動員するというのは壮観なものだろうからね。
それまでは平常心を保つべく、別の大きなイベントはあまり入れたくないのが本音だ。
「さて、それはそれとして……今日は何をしよう」
エミリアさんはいつも通り、大聖堂の部屋を片付けにいっている。
このパターンがあるから結構ヒマなタイミングができてしまうというか――って、エミリアさんに依存し過ぎかな、さすがに。
それにしても錬金術師ギルドは昨日一昨日で依頼をこなしてきたばかりだし、近場のお店も結構まわってしまったし――
やっぱりお店を開いて、私の生活も基盤作りをする頃合いだろうか。
いや、でも王様が私のユニークスキルを狙っているって話もあったし……。
そもそもこのまま王都にいても良いのかな。
――それはこの数日、何回も考えたことだ。
しかし今、私はこのお屋敷を中心に、生活の基盤をある程度までは築いてしまっている。
ルークはいないけれど、エミリアさんやジェラード、使用人のみんなや王都で知り合ったみんな――
「……あっさりと……捨てられは、できないからなぁ……」
それならば、王様の我儘にある程度は付き合ってしまう?
ユニークスキル持ちと知られてしまえば、無理難題を振ってこられるだろう。しかしそれまでは……。
――戦争の道具を作る。
この言葉に、どうも強い拒否感を覚える。
そういえば元の世界でダイナマイトを発明したノーベルさんも、ここら辺でいろいろあったような気がする。
ダイナマイトは確かに土木の分野で活躍したけど、そのまま戦争でも活躍することになってしまったのだ。
その後ノーベルさんは『死の商人』などと呼ばれて、その人生を深く後悔したそうな。
私の知識としては、最終的にはダイナマイトで築いた資産をもとに、彼の有名なノーベル賞が生み出された――と、記憶している。
……何だかそんな偉人と比べるなんて大変申し訳ない気持ちになってくるけど、王様に付き合っていたら、私の通る道もきっとそんな感じになっていくのだろう。
さすがにそれは嫌だな……。
それにしても、要は一線をどこに引くかだ。
考え始めてしまえばポーションだって、『傷を治した兵士が誰かを殺した。だから誰かが死んだ』……というこじつけも考えられる。
それなら、ポーションも『人殺しの道具』になるのだろうか。
しかしそんなことを考えていたらもう何もできないわけで、どこかに自分なりの線を引かなくてはいけない。
『直接相手を傷付けないもの』という線引きが分かりやすくはあるけれど、爆弾だって使いようによっては魔物討伐の道具になるし、そこから転じて命を救う道具にも成り得る。
……ここら辺は本当に使い方次第なんだよね。
使い方を誤れば、傘なんかだって人殺しの道具になるんだから。
ちなみに私はすでに何回かは爆弾を作っている。
この爆弾も、私の知らないところで誰かの命を奪っているかもしれないし、誰かの命を救っているかもしれない。
でも、それは私の作でなくてもきっと問題は無かっただろう。
私が作らなかったところで、その人は他の誰かから買うことにするのだから。
……品質は少し置いておくとして。
「――となれば、規格外のものを作らなければ良いのかな……?」
ため息をつきながら、頭を軽く振りながら難しい考えを振り払う。
錬金術は便利なものだけど、便利さが高じてここまで悩ましいものになろうとは……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コンコンコン
「――……むにゃ? はーい」
椅子に座ってうとうととしていると、扉がノックされる音が聞こえてきた。
扉を開けると、そこにはキャスリーンさんが立っていた。
「アイナ様、お客様がお見えです」
「え? 今日は特に約束は無いけど、どちら様?」
「軍の第二装備調達局、アルヴィン様です」
第二装備調達局には以前、爆弾を作って納めたことがある。
あれこれと考えている中でのこの来訪は、何となく気持ちがざわついてしまうところだ。
「うん、分かった。ちょっと支度してからいくね」
はて、それにしても突然にどうしたのだろう。また爆弾の依頼かな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
客室に入ると、アルヴィンさんが挨拶をしてきた。
「お久し振りです、アイナさん。
先日来たときは、なんでも錬金術の修行だったということで……」
錬金術の修行……?
一瞬疑問に思ったものの、エミリアさんが寝込んだ理由をそう伝えてくれたんだっけ。
「はい、その節は失礼しました」
「いえいえ、その後のご活躍は聞き及んでおりますよ。
今日はまた依頼を持ってきたのですが、受けて頂けますでしょうか」
「えーっと、爆弾でしたらこの前くらいのものになりますけど……。
――というか、『その後の活躍』って何ですか?」
「ははは、ご謙遜を!
調達局では第一から第三まで、アイナさんの話で持ち切りですからね」
「え? 軍の依頼は、爆弾以来は受けていませんけど……?」
「ああ、そうですね。しかしグランベル公爵の長年の悩みを解決したという話が広まっているのです。
最高品質の増幅石を用意したということで……」
「そ、そんな話まで伝わってしまっているんですか……?」
「はい、軍の伝手でも調達先を探していましたからね。
突然それを終了するということで、アイナさんの話が出てきたのです」
「うわぁ……。そうだったんですか……」
「それと別に、ルーンセラフィスの大聖堂に『浄化の結界石』の儀式を依頼したとか。
これには国王陛下も大変興味を持たれているそうですよ」
「え……? 何で王様が……?」
「『浄化の結界石』は『賢者の石』を作成する過程で必要な素材。
増幅石を作ってグランベル公爵を喜ばせたのだから、次は『賢者の石』を作って私を喜ばせてくれるのだろう――とのことです」
……あ、そうなの?
『賢者の石』の素材には『浄化の結界石』は入っていなかったけど、そこに行きつくまでのどこかで『浄化の結界石』が必要になるということか。
これは正直、初めて知ったところだ。
「えぇっと、そんなつもりはなかったんですけど――」
「そうですね、分かっていますとも。まだ秘密なんですね。
ともあれ国王陛下も期待しておられますので、是非ともよろしくお願いします。何せ『賢者の石』は、国王陛下の悲願なのですから」
「そうなんですか……。
ちなみに王様は、『賢者の石』をどうするおつもりなんですか?」
「さぁ……? そこまでは聞き及んでおりませんが、きっと国のために使ってくださることでしょう」
うーん……。例えばオリハルコンを作って、そこから強力な武器を作る……とか?
神器では無いにしろ、オリハルコンを使えばかなり強い武器が作れてしまうだろうからね。
「そうですか……。
そうだ、ところで今日はどういったご用件で?」
「はい、先日作って頂いた爆弾が無くなってしまったので、それの追加発注になります」
「え? もう?」
……とは言っても、納品日から見れば3週間ほどは経っている。
王都だけで使うわけでも無いかもしれないし、それくらいの量ならどんどん無くなってしまうのかな。
「それとアイナさんは爆弾はあまり好きでは無いようでしたので、それ以外の備品の依頼も持ってきました」
「備品?」
「はい。武具の手入れをするための消耗品や、野営道具、丈夫なロープなどですね。
――おっと、ロープといってもただのロープではありませんよ。切断しにくいものなど、一癖も二癖もあるものばかりを揃えました」
そう言えばザフラさん――ポーションが変な味になる錬金術師の女の子――のお店でも、燃料とかロープとかが売っていたっけ。
さすがに私のところにくる依頼なのだから、それなりの品質は求められるとは思うけど――いやむしろ爆弾なんかよりも、こっちの方が嬉しいや。
「なるほど。私は爆弾よりそっちの方が良いですね!」
「何分にも大量にありますので、優先順位の方はこちらで付けさせて頂きました。
『浄化の結界石』の儀式を控えているところ申し訳ありませんが、1週間で対応できるところまでをお願いできればと……」
1週間! これはまたあまり時間が無いなぁ……。
でも素材さえあればガンガン作られるし、できるだけは受けてあげよう。
早く作りすぎると要らぬ疑いを掛けられてしまいそうだから、そこだけは注意して雑に見積もりを出していこうかな。




