246.例の缶詰
自分の部屋に戻って一休みしたあと、早速例の缶詰を作ってみることにした。
材料はニシンと塩と鉄と樹脂……などなどっと。
――鉄と樹脂? これは缶側の素材かな。
それじゃ、れんきーんっ
バチッ
いつもの音と共に、私の右手の上には味もそっけもない缶詰が現れた。
シンプル過ぎる外観のおかげで、いまいち食べ物が入っているようには見えない。
これはシールを張ったり、何か包装をしないといけないかな……?
まぁそれはそれとして、かんてーっ
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【シュールストレミング(S+級)】
ニシンの缶詰。臭いが強く、独特の味わいを持つ
※追加効果:美味(小)、臭い×1.5
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……何ということでしょう。
品質の高さが味よりも臭いの方に出てしまっているではないですか。
ちなみに名前も私の知っているものになっているけど、これは『ガルルン茸』と同じ理屈だね。
最初から命名しない限りは『大いなる存在』がそれっぽい名前を付ける――っていうやつ。
他の世界から持ち込まれたものは、恐らくこんな感じで勝手にその名前が付いてしまうのだろう。
「さて、作ってはみたものの、何かが足りないような……」
作った缶詰を眺めながら、何か物足りなさを感じる。
缶の外観というよりも、もっと根本的な何か……。うぅん、何だろう?
「――あ、膨らみか!」
10分ほど考えて、ようやくその答えが出てきた。
そもそも『シュールストレミング』というのは缶の中で発酵が進む食べ物なのだ。
発酵が進めば缶の中でガスが発生して、そして缶が膨らんでいく。
つまり膨らめば膨らむほど臭いが強烈になる――という寸法だ。
今回は食べる目的ではなく臭いを出すという目的だから、もう少し発酵を進ませたものを作ってみよう。
ここら辺はある程度調整できるはずだからね。
というわけで、れんきーんっ
バチッ
私の右手の上には、先ほど作った缶詰よりももう少し膨らんだものができあがった。
でもテレビで観たのはもう少し膨らんでいたような……? まだまだいこう、れんきーんっ
バチッ
もう一度作ってみると、ようやくテレビで観ていたくらいのふくらみの缶詰ができあがった。
多分は大丈夫だろうけど、それにしても強い力を入れるのは遠慮したくなる膨らみだ。
「……これ以上は、怖いかな」
さらに発酵を進ませてみるのも良いかもしれないけど、作った瞬間に缶詰が爆発するなんてことになったら――部屋に臭いが付いてしまう。
さすがに自分の部屋でそんな失態をするわけにはいかないし、ここで止めておこう。
まぁ、外でも嫌だけどね。爆発するのは。
それじゃこれが完成品ということで良いかな?
どれどれ、かんてーっ
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【シュールストレミング(S+級)】
ニシンの缶詰。臭いが強いが独特の味わいを持つ。
発酵がかなり進んでいる
※追加効果:美味(小)、臭い×2.0
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……何ということでしょう。臭いの倍率だけが上がっているじゃないですか。
味はそんなに変わらない……? いや、追加効果の話だから本体の味と臭いは――いや、どうなるんだろう?
「――次は最初に作った2つをアイテムボックスに入れて……」
先に作った缶詰自体を素材にして、再度れんきんっ
3つ目の缶詰と発酵具合を上手く合わせることができたので、『臭い×2.0』の缶詰を3つ完成させることができた。
ちなみに素材がまだ残っていたので続けて作ってみると、最終的には合計5つの缶詰ができあがった。
うん、さすがにこれだけあれば問題ないでしょう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――アイナさん! 悲報です!」
缶詰を作り終えたあと、外装をどうしようかと考えていたところにエミリアさんがやってきた。
「え? どうかしたんですか?」
「お肉の話です!」
「お肉? 午前中に買ったやつですか?」
今日の午前中――メイド服に着替えて外出したときに、肉屋さんで買ったお肉。
ププピップのかなりお高いものだったんだけど――
「はい、それです!
クラリスさんが料理の趣向を凝らしたいというので、食べられるのが明日の夜になってしまいました!」
「おぉー、それは楽しみですね! ……それで、悲報っていうのは?」
「つまり今日はププピップは無しなんですよ! 私のお腹はププピップモードだったのに!」
「あ……なるほど、気持ちは分かります。そういうのってありますよね」
これと決めたら胃袋がそれを欲してしまう感じ。
求められたものが食べられるなら良いんだけど、食べられなかったら――何だかストレスが溜まってしまうんだよね。
「ちなみに今日はお魚だそうです。アイナさんも今からお魚用のお腹にしておいてくださいね!
……ところでお魚といえば、例の缶詰はできたんですか?」
「はい。素材があるだけ作ってみたら、5つできました」
そう言いながら、アイテムボックスから1つだけ出して見せてみる。
「これがそうなんですか……。あれ、何だか膨らんでいません?」
「中の魚が発酵して、そこから出るガスで膨らむんです。
最初はあまり膨らんでいなかったんですが、今回は敢えて膨らませてみました」
「へー。それじゃ、これを開けたらもう凄いんですね!」
「試してみますか? 私は絶対に嫌ですけど」
「……ほ、本当に食べ物なんですよね……?
うーん、興味はありますが臭いのも嫌ですし……。やっぱりこう、味は味覚だけではなくて嗅覚も大切だと思うんですよ!」
「同感です。それではこれはエミリアさんにはあげないでおきましょう」
「むむむ。嬉しんだか悲しいんだか分かりませんね……!」
「でもファーディナンドさんに全部あげることも無いでしょうし、2つくらいは残しておきますか」
「え? 食べるんですか?」
「いやぁ、そのうち何かに使えるかもしれませんし……?」
――とは言うものの、何の用途に使うかはまるで不明である。
使わないなら使わないでそのまま永久放置かな。アイテムボックスの中で発酵が進むわけでもないからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食が終わったあと、ジェラードが遅い時間にお屋敷にやってきた。
客室に通して缶詰を3つ並べて見せてみると――
「これが例の缶詰なの……? 何だか膨らんでない?」
――やっぱりエミリアさんと同じことを言われた。
なので、私からは同じ回答をする。
「はい。中の魚が発酵して、そこから出るガスで膨らむんですよ」
「ふぅん……、そんな食べ物があるんだね。それじゃ、これを開けたらもう臭いのか……。
ちなみにアイナちゃん、その臭いは嗅いだことはあるの?」
「無いですね。今度も嗅ぐ予定はありませんし、嗅ぎたいとも思いません」
「そ、そっか……。でもそこまでいくと、僕はちょっと興味が出てくるなぁ……」
「悪いことは言いませんけどね……。
一応まだ2つありますから、ファーディナンドさんの結果を受けて、それでも開けてみたければお譲りしますよ」
「おぉ、それじゃ一緒に開けてみよう♪」
「いえ、私は結構です」
「えー……?」
ノリが悪いよ、といった感じでジェラードが不満そうに私を見てくる。
いやいや、ノリでそんなの嗅ぎたくないから。
私は実際に臭いを嗅いだことは無いものの、臭いを嗅いだ人の映像はテレビを通して見たことがある。
あんなにまでも激しいリアクションを取ってしまう臭いだなんて、私は絶対に嗅ぎたくはないところだ。
「――ま、まぁ了解したよ。
それじゃ、ファーディナンドさんにはこの3つを渡せば良いんだね」
「はい、よろしくお願いします。ところで外装とかは無いんですけど大丈夫でしょうか。
このままだとあんまり売り物っぽくないなって考えていたんですが」
結局ずっと考えていたんだけど、この時間に至るまで具体的な案は何も出てこないでいた。
さすがにデザインのようなものは錬金術ではできないし、手書きで何とかしても微妙だし。
「そうだねぇ、それじゃ僕がちゃちゃっと細工をしておくよ。
他の缶詰の包装を使いまわせば良いよね?」
「おお、なるほど! そういえば一から作る必要なんてありませんよね。
正しい商品名である必要もありませんし……さすが発想が柔軟!」
むしろ、私の発想が貧困なだけだったのかもしれないけど。
「そうそう、あるものは有効に使わないと♪
それじゃ明日は早く出る予定だから、僕はもう帰るねー」
「はい、夜遅くにありがとうございました。
お届けもよろしくお願いします」
「うん、おやすみ♪」
ジェラードは挨拶をすると、缶詰をアイテムボックスに入れて帰っていった。
――さて、それじゃファーディナンドさんの件はひとまず終了……っと。
今日はいろいろあったし、もう寝ちゃうことにしようかな。何だか疲れちゃった。




