245.アイナさんのメイドな1日⑦
「――は?」
「え?」
キャスリーンさんをもう一度寝かし付けたあと、厨房に戻ろうとしたときに、突然後ろから声が聞こえてきた。
驚いて振り返ってみると、そこにはルーシーさんが立っていた。
ルーシーさんは今日はお休みだったらしく、珍しく私服だ。
ちょっとお嬢様っぽい感じの服装で、とっても可愛い。
「……え、ええ? アイナ様ですか? ……え? 何でまた、メイド服を……?」
「えーっと……、説明すると長くなるんだけど――
実は、かくかくしかじかで」
「それでは分かりませんので、ちゃんと教えて頂けると助かります」
……そういえば『かくかくしかじか』ってどういう意味なんだろうね。
そんなことを思いながら、ルーシーさんにはかいつまんで説明をすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
説明が終わったあと、寝ているキャスリーンさんを部屋に残して厨房へ。
厨房ではエミリアさんとマーガレットさん、ミュリエルさんがまだ話を続けていた。
「……本当に、エミリアさんまでメイド服ですね」
「はい、もちろん嘘は付きません」
「そしてアイナ様、何で敬語になっているのでしょう」
「流れというか、ノリというか……?」
そもそも私は敬語派だから特に違和感は無いんだけど、言われる方はやっぱり違和感があるか。
何だかんだで、今日はそう言われ続けてきちゃったわけだし。
「……それよりもこんな時間まで厨房でお喋りだなんて、さすがに休み過ぎですね」
そういえば私もキャスリーンさんと話し込んでいたから気が付かなかったけど、時間は結構経ってしまっていた。
キャスリーンさんの方は仕方ないとはいえ、確かに厨房の方は休み過ぎのような気もする――
……のだけど、今日は私とエミリアさんがやらかしちゃってるわけだから、私からは何となく何も言えないぞ……。
どうしたものかと戸惑っていると、ルーシーさんが厨房の中にどんどん入っていってしまった。
「マーガレットさん、ミュリエルさん。お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「あ、ルーシーさん。今、『メイドの読書量とその振る舞い』について話をしていたんです」
「なかなかエミリーさんが興味深い話をしてくださるんですよ。ルーシーさんも是非、意見を聞かせてもらえませんか?」
「それは実に興味深い話なのですが、もう結構な時間ですよ。
午後の仕事は間に合うのですか?」
「え? 時間――……うわぁ、もうこんな時間ですか!?」
「ちょ、ちょっとこれはまずいですね! すいません、エミリーさん。続きはまたの機会に……!」
「ああ、ごめんなさい。長々と話をしてしまいました。でも楽しかっ――」
……と、エミリアさんの言葉が終わる前に、マーガットさんとミュリエルさんは厨房を出ていってしまった。
「――……はぁ。クラリスさんがいないからって、少し気が抜けすぎですね……。
お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません」
そう言いながら謝るルーシーさん。
いや、むしろこちらの方が大変申し訳ございません。
「ところでアンさん、キャスリーンさんの具合はどうでしたか?」
「あ、はい。貧血が残っていますが、もう少し休めば大丈夫そうです。
夕方くらいには仕事に戻れるかなっていう感じですね」
「それは良かったです!
……さて、先ほどは私が2人を引き留めてしまいましたので、ここからは午後の仕事を手伝うことにしましょう!」
「え?」
「アンさんも是非! 午後はお屋敷のお掃除ですよー!」
ノリノリで言うエミリアさんだったが、そこでルーシーさんのストップが掛かった。
「申し訳ありません、エミリアさん。そしてアイナ様も。
これ以上は仕事が混乱してしまいますので、これでメイドは終了といたしましょう」
「むむっ」
ピシャリと終了を告げるルーシーさん。
なかなか言いづらいことなのに、きっぱり言えるのは素晴らしい。
「そ、そうですね。今日は悪ノリが過ぎましたので、そろそろ終わりましょう。
ああ、でも午後の仕事は大丈夫なのかな……?」
「そこは仕方がありませんので、私が手伝うことにいたします」
ルーシーさんは隙のない感じでそう言った。
これはもう反論やお茶目なことは言うことができない――そんな空気だ。
「うーん……。それじゃ、そんな感じでお願い……」
「かしこまりました。
それではアイナ様、エミリアさん。メイド服は早々に着替えてしまってください。
クラリスさんに見つかってしまうと、またいろいろと言われてしまいそうなので」
「うん、そうだね……」
「分かりました……。名残惜しいですが、これでメイド生活も終了ですね……」
「まったく、お2人とも何をなさっているのやら……」
「ですよね――……って、うわっ!?」
突然聞こえてきた声の方を振り向いてみると、そこには外出していたはずのクラリスさんが立っていた。
そして何とも言えない、複雑な表情をしてこちらを見ている。
「これはとてもお似合いではあるのですが、主人にさせる格好ではありませんね。
……こうなった経緯は後ほどお聞かせください」
実はかくかくしかじかというわけで――……というネタは止めておこう。怒られる未来しか見えない。
「りょ、了解……。でも伝えることは結構あるんだけど――
……あ、うん。とりあえず着替えてくる……」
「はい、そうなさってください」
「クラリスさん、仕事が遅れているようですので、私も手伝いに入ります」
「そうなんですか? 他の3人はどうしたのかしら」
その内の2人はさっきまでここにいました……とはなかなか言い難い。
なのでここは、もう1人の方から報告するとしよう。
「実はキャスリーンさんが貧血とかで倒れてしまって。
それでまぁ、いろいろと、こう……」
「そうだったんですか? そういったことでしたら私も加わりましょう。
ルーシーさん、手分けをしてどんどん進めますよ」
「はい」
早速きびきびと動き始めるクラリスさんとルーシーさん。
すごすごと自分たちの部屋に戻る私とエミリアさん。
……何だかもう、申し訳なさしか出てこなかったりする……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メイド服からの着替えも終わり、いつもの服に戻る。
うん、何だかんだでこっちの方がやっぱりしっくりくるものだ。
でも変装用に、メイド服を一着キープしておくのも良いかもしれない?
ジェラードは変装用に常備してそうだしね。
1階に戻ったときには時間も15時をまわっていた。
掃除をしていたクラリスさんを呼び止めて、改めて話をする。
「――と、まぁこんな感じで今日はいろいろとあったわけで……」
「はい、よく分かりました。でも、こんなおふざけはもうなさらないでくださいね」
「りょ、了解……」
クラリスさんは微笑みながら言ってくれたが、自然な流れで今後のメイド生活は封じられてしまった。
仕方がないから、今後は主人らしく振る舞うことに努めよう。
……でも、もうできないとなったら、今日のこれまでの時間がすでに懐かしい日々のように思えてしまう。
嗚呼、懐かしきメイド人生よ……。
「――アイナ様、何か変なことを考えていらっしゃいますか?」
「え!? い、いや、何も!?
……あ、そうそう。あとでマーガレットさんから話がいくと思うんだけど、肉屋さんで良いお肉を買ってきたの」
「肉、ですか?」
「うん、みんなで食べるようにって。楽しみにしててね!
……いや、お料理は作ってもらうんだけど」
「かしこまりました、お気遣いありがとうございます。
それでは今日の件はそれで、差し引きゼロにしておきましょう」
クラリスさんは少し困ったような笑みを浮かべてそう言った。
よーし。お肉、買っておいて良かったかも!
――さて、いろいろと話が逸れてしまったけど、時間も時間だし、そろそろ例の缶詰を作ることにしようかな。
メイドさんのお仕事はメイドさんに任せて、私は本業の錬金術の方をいっちょ頑張ることにいたしましょう。




