242.アイナさんのメイドな1日④
気を失ってしまったキャスリーンさんをミュリエルさんがおぶり、メイドさんたちの部屋へ連れていく。
ベッドに寝かせたあと、鑑定で状態異常を調べてみると――
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【状態異常】
貧血(中)、混乱、恐慌
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「ええ……?」
「う、うわぁ……? アンさんのメイド姿を見て、混乱しちゃったんですか……?」
「そこまでは何となく分かるんですけど、最後の恐慌って何ですか……」
恐慌とは、文字通り『恐れ慌てる』ことなんだけど――……恐れる理由って? 慌てるのはまだ分かるけど……。
「アンさんの可愛さに恐れて慌てたということでしょうか?」
「本人としてはなかなか肯定しづらいですね……。
さて、とりあえずはしばらく寝かせておきましょう。特に急いで薬を与えるとかは無くても大丈夫そうなので」
「さすがアイナ様、お医者様いらずですね……」
私の横ではしきりにマーガレットさんが感心している。
「錬金術と鑑定で何とかなる範囲では……ですけどね。
それでは一旦、厨房に戻りましょうか」
キャスリーンさんの寝息を確認してから、私たちは厨房に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、困りましたね」
「そうですね、どうしましょう……」
厨房に戻ると、マーガレットさんとミュリエルさんがそんなことを話し始めた。
「どうかしたんですか?」
「はい、そろそろ昼食の準備をしなければいけない時間なんです。
3人でやる予定だったのですが、キャスリーンさんが倒れてしまったので……」
「ああ、なるほどです……。
今日はアイナ様とエミリアさんはいないので、賄いだけでも大丈夫なのでは」
――などと、自分で空々しく提案してみる。
「そうですね、食いしん坊のエミリアさんもいないことですし、量も作らないで良さそうですね」
――などと、エミリアさんも量を作らないで良いことを提案してくれている。
「そ、それは助かりますが……、本当によろしいのですか……?」
「その分、賄いの量が増えると思いますが大丈夫だと思います。ね、エミリーさん」
「そうですね、アンさん。人手が足りないなら、私たちも何かできますし」
「いえ、さすがにそこまでは――」
……と言いつつ、マーガレットさんはちらりとミュリエルさんを見てから後悔するような顔をした。
ミュリエルさんが調理に加わると、レアスキルの『工程ランダム補正<調理>』が働いちゃうんだよね。
つまり、高確率で不味い食事ができあがってしまうのだ。
「こういうときは無理をしないで大丈夫ですよ。
私も独り暮らしのとき、少しくらいは料理したものですし」
……とは言っても転生前の話なんだけど。
「アンさんがやるなら私も頑張ります! ……えっと、どれくらいの量を作るんですか?」
「はい、今日は賄いだけということなので――
メイドが3人、警備の方が3人、ハーマンさんのご一家が3人……の9人分ですね」
「うわ……。そういえば全員分を用意してるんでしたね。
もしかして、人手は足りていませんでした……?」
「いえ、大変なときはダフニーさんに手伝ってもらっているのですが、今日は用事があるということで出掛けられていまして……。
クラリスさんとルーシーさんも今はいませんし……」
ダフニーさんというのは庭木職人ハーマンさんの奥さんだ。
いつもはメイドさんたちと一緒に、裏方の雑用をこなしてくれているらしい。
「うーん、キャスリーンさんを気絶させた責任が大きくなってきましたね……。
どんどん手伝いますので、がんがん指示をください!」
「私も同じく、です!」
「わ、分かりました。それでは――」
――こうして私とエミリアさんの、メイドさんの仕事@厨房編が始まるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とりあえずエミリアさんは包丁仕事を頼まれていた。
少しぎこちないながらも、なかなかの手捌きだ。私よりも正直上手い。
そして私はと言えば、ミュリエルさんと一緒に調理器具まわりの準備だとか、盛り付け係に任命されていた。
やっぱり一応は主人であるわけだから、危険な刃物を使わないところに付けてくれたのだろう。
……まぁこっちはこっちで、大失敗すれば火傷とかの危険はあるけれど。
「それではアンさん、このお鍋に水を張っておいてください。
水はあそこに汲んでありますので」
「はい!」
水道は一応あるものの、やはり水質は料理用としてはあまり良くないらしい。
そんなわけで、別の場所に井戸水を貯めているということだった。
指定された大きな壺を見てみると、中には綺麗な水が貯められていた。
よしよし、かんてーっ
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【汲んだ井戸水】
綺麗な井戸水
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――ついつい鑑定してしまうのは職業病である。
それにしてもこの水、錬金術を通せばもう少し美味しくなるかもしれない。
そう思いながらお鍋に水を張って、一旦アイテムボックスへ。
そして、れんきーんっ
バチッ
かんてーっ
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【湯冷ましの水(S+級)】
澄んだ水
※追加効果:美味(小)
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よしよし、こんなものかな?
「ミュリエル先輩、準備ができました!」
「はい、それではここに置いておいてください。それでは次ですが――」
事が始まってしまえば指示にも迷いは無く、どんどん仕事を出してくれる。
いろいろな仕事をこなしつつ、水やちょっとしたものは錬金術を通して品質を良くしていくのも忘れない。
せっかくだから、ついでに――くらいの、軽い気持ちなんだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あ、違います。こうです、こう。こうすると麺が取りやすくなるんです」
「おぉー、なるほど。
確かにさっきのだと絡まっちゃいますね。なるほど、なるほど」
「それとチーズはこのように掛けると、見た目が良くなりますよ。
そうです、そう! 上手いです!」
ミュリエルさんの指導を受けながら、私は盛り付けに掛かっていた。
賄いだからいつもはここまでやっていないとは思うけど、一時的にとはいえ後輩ができたのだから、良い意味で先輩面をしたかったのかもしれない。
……それと、料理の意気込みを見て欲しかったというのもあるのかな。
「ミュリエル先輩は、最近お料理の勉強はいかがですか?」
「はい、ぼちぼちやらせて頂いています!
そして分かったのですが、私が盛り付けするだけで不味くなるときがあるんですよ……」
「え……? 盛り付けだけで……?」
「これには私も驚きです。何か手から出ているのでしょうか……。瘴気とか……」
「い、いやぁ……。それは無いと思いますよ? ほら、手を握っても何もありませんし」
何となくミュリエルさんの手を取って握りしめてみる。
「あわわ……。アンさん、先輩をからかうものではありません!」
「すいませんでした♪」
そう言いながら手を離し、再び盛り付けに戻る。
「――……だから、盛り付けも実はやっていないんですよね。
知識だけが増えていきます……。でもクラリスさんには、今はそれで良いって言われていて……」
ふむ……。
以前クラリスさんにこのレアスキルのことを話したとき、『何かしら考えてみる』とは言ってくれていたんだよね。
さすがにそれはすぐに見つかるものでは無いだろうけど、いつか何か見つかると良いなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アンさん、ミュリエルさん、そちらはどうですか?」
任せられた仕事が終わったころ、マーガレットさんが声を掛けてきた。
どうやら向こうの仕事も終わったようだ。
「ミュリエル先輩の指導で完成しました!」
「わぁ、美味しそうですね!」
目を輝かせるのはエミリアさん。
向こうが作っていたお料理も負けじと美味しそうである。
「――ところで、皆さんはいつもどこで食べているんですか?」
「はい、私たちメイドは厨房で食べています。
警備の方とハーマンさんのご一家は、それぞれの部屋で食べていますよ」
「なるほど、いつも運んでいるんですか?」
「いえ、厨房まで取りにきて頂いています。
警備の方は一斉に休憩を取れませんので、順番に――といった形ですね」
「ふむふむ……」
「あ、それでなのですが……。
他の方が来たときは、アンさんとエミリーさんは隠れていてくださいね。話がややこしくなってしまうので……」
「「えぇー……?」」
「さすがに混乱を招くので……。せめてメイド内で収めてください……」
申し訳なさそうに話すマーガレットさん。
最初から無理ばかり言っていたし、ここは素直に従っておこう。
ちょっと残念な気持ちもあるんだけど――
……って、いつの間にか私もずいぶんノリノリになってしまっていたものだ。
でも久々にする労働は、何だか楽しくてとても気持ちが良かった。
これからもちょこちょこ手伝ってみたいけど――ああ、クラリスさんが許してくれないかな……。




