240.アイナさんのメイドな1日②
マーガレットさんに連れられていったのは、いくつものお店が軒を連ねる場所。
ざっと見た感じ、食材を扱っているところが多いようだった。街中の商店街、っていう感じかな?
「へー、こっちは来たことが無かったですね」
「私も最近は来ませんね。
昔はこの辺りもちょくちょく来ていたのですが……」
「エミリアさんは買い出しに来ていたんです?」
「いえ、大聖堂のお仕事です。様子伺いというか、ルーンセラフィス教を身近に感じて頂くと言いますか」
なるほど、宗教の勧誘――みたいのではなくて、日々親しんでもらうために顔出しをするということかな?
元の世界で例えると、近くの神社の人が訪ねてくるみたいな感じだろうか。
「いろいろ仕事があるものですね。聞いてみないと分からないというか……。
さて、それじゃマーガレット先輩。いつもの魚屋さんにお願いします」
「はい! それではこちらです。
……えぇっと、このお店の隣の隣――ですね」
「おや、案外近いですね」
少し歩くと、魚屋さんはすぐのところにあった。
「――それよりもアイナさ……いえ、アンさん。
私に対して敬語というのはちょっと……」
「え? 先輩ですし、当然じゃないですか」
「あうあう……。あの、何と言うか、居心地が悪いと言うか……」
ここまできたらやりきった方が良いかな、ということで敬語にしてみたんだけど――
……いや、よくよく考えてみれば上司が突然敬語で話してきたら何だか嫌か。
「でもメイドさんの中だと、クラリスさんを含めて全員敬語ですよね?
私からエミリアさんには敬語だし、エミリアさんとマーガレットさんは敬語同士だし」
「アンさん! 私はエミリーです!」
「……ああ、すいません。エミリーさんもノリノリですね」
「わ、分かりました……。それではメイド姿の今だけ、そういうことで……。
それでは早く買って、早く帰りましょう!」
「分かりました、それではお店に入りますか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――へい、らっしゃい! おお、マーガレットちゃん、今日もご苦労様!」
私たちが魚屋さんに入ると、威勢の良いおじさんが声を掛けてきた。
「おはようございます! お魚を買いに来ました」
「ありがとよ! 今日も新鮮なのが入ってるぜ!
――って、おや? そっちの2人は新人かい?」
「あ、はい。えーっと、新人のアンさんとエミリーさんです」
「そうか、マーガレットちゃんの屋敷の主人は錬金術師なんだよな。
何でも凄い錬金術師だっていう話だから、そりゃあ使用人の数も増えるってものだよなぁ。
アンちゃんとエミリーちゃんも、マーガレットちゃんを見習って早く一人前になるんだぞ」
「「はい!」」
「あ、あはは……」
マーガレットさんは何とも答えにくいように愛想笑いをしていた。
私とエミリアさんは悪ノリのような感じで、ついつい話に乗っかってしまう。
「それで、今日は何の魚だい?」
「そうですね、今日の献立は――……少し置いておいて……。
アンさん、何の魚をお探しですか?」
「えーっと……ニシンって魚なんですけど、ありますか?」
「はいよ、何匹だい?」
あ、あるんだ。
指し示されたところを見ると、確かに私の知っているような魚が置いてあった。
いや、名前を隠されて出されたら当てることはできない程度の記憶だけど。
それにしても、素材としては量はどれくらい要るんだろう?
とりあえずいつもの感じで――
「あるだけもらっても良いですか?」
「え? それは別に構わないけど――
マーガレットちゃん、大丈夫なの?」
「え? えーっと、何でも保存食を作ってみるそうでして……」
「へー、そうなのかい? 気張ってやんなよ!
ところでそれなりに重くなるけど、どうやって持ち帰るんだい?」
「そう言えばそうですね。アンさん、どうしましょう」
「私はアイテムボックスを持っているので、それに入れていきますね」
「おぉ、それは便利だな。保冷用の氷は有料だけど、一緒に持っていくだろ?」
「あ、大丈夫です。レベルがそれなりにあるので不要なんです」
「……ッ!? おお、何とも……。
アンちゃん、メイドは辞めてうちで働かないか?」
「ちょ、ちょっと、おじさん!?」
「まぁまぁ、マーガレットちゃん。
アンちゃんはまさに魚屋に垂涎の人材なんだ……。もしうちで働くというなら、売値をもう少し下げることができるぞ……?」
「え、本当ですか!? アンさん、どうしましょう!」
……いや、どうしましょうも何も、私は錬金術師以外はやる気ないけど……。
「すいません、何でそんなに評価して頂けるのですか?」
「ほら、海からここまではそれなりに距離があるだろう?
鮮度を保つためには氷を使うか、アンちゃんみたいな高レベルのアイテムボックスが必要なんだよ」
「おお~♪ それじゃアンさんは氷の魔法も使えますし、ちょうど良いじゃないですか」
横で話を聞いたエミリアさんが、突然そんなことを言い出した。
それを聞いた途端、魚屋のおじさんはさらに食い付いてくる。
「ほ、本当か!? アイテムボックスを使える上に氷の魔法まで使えるだなんて……!
まさに魚屋の申し子! ぜひうちの店員に! 何なら俺の嫁さんにでも!!」
いやいや、スキルから結婚相手を決めないでください。
「すいません、私はマーガレット先輩のような立派なメイドを目指していますので……!
今回はご遠慮いたしますね」
「む、むぅ……。それは残念だ……。
マーガレットちゃん、そう言うことらしい……。是非、厳しく躾けてやってくれ……。
その厳しさに負けそうになったときは、魚屋の道に誘導してくれ……!」
「はい、分かりました!」
いやいや、そこは分からないでよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魚も無事に買うことができたので、3人揃って魚屋さんをあとにする。
「――さて、これで私の用事は済みましたけど、他に何か用事はありますか?」
「そうですね、夕飯の食材も少し買おうと思うのですが……これは一回お屋敷に戻ってからまた来るので大丈夫です。
ひとまずは戻りましょう」
「何で戻るんですか? このまま行けば良いのに」
「え? アンさんたちを雑用に付き合わせるわけにはいかないので……」
「いえいえ。せっかくですし、このまま買い物をしていきましょう。
私とアンさんも、マーガレット先輩の仕事を見てみたいですからね!」
「えぇ……?」
エミリアさんの悪ノリに、マーガレットさんは救いの目をこちらに向けてくる。
「でも私が一緒なら、荷物もアイテムボックスで運べますよ?」
ひとまずはメリットを伝えてみる。
メイドさんの仕事をよく見る機会もそうそう無いし、私としても付いていってみたいところだ。
「ま、まさか! アンさんにそんなことをさせるわけにはいきませんので……!」
「いくら重くても、大丈夫ですよ」
「いえいえ……!」
なおも断るマーガレットさんに、エミリアさんが追い打ちを掛けた。
「マーガレット先輩!
もしかして、アンさんがいつも買えないものを買ってくれるかもしれませんよ!」
「……わ、分かりました。
そこまで言うのでしたら、それではお言葉に甘えさせて頂きます……!」
突然折れてしまったマーガレットさん。
あ、あれ? 別に良いんだけど、あれぇ?
「――え、ちょっと待って。どの言葉に甘えるの?」
「アンさん! 先輩には敬語を使わないと!」
「むぐっ。マーガレット先輩、どの言葉に甘えるんですか!?」
「え、あ、それは――も、もちろんアイテムボックスの、ですよ!
アンさん、申し訳ないですが荷物運びをお願いしますね」
甘えたかったのはそこじゃないような気がするけど、マーガレットさんは良い笑顔で切り返してきた。
何かあるなら買っても良いけど、どういうものが欲しいんだろう?
それはそれで、ちょっと興味があったりして。




