24.絶望領域
「アイナ様、お気を付けください!」
3歩ほど歩くたび、ルークが心配をしてくる。
確かに正体不明の『何か』が近くにあるけどさ、さすがに心配しすぎじゃない?
……いや、でもこれが正しいのかな?
村に入るときもそうだったけど、しっかりルークの言うことも聞かないとね。
「うん、ありがとう。……むぅ。すぐそこなのに、まだ鑑定出来ないよ」
距離にして10メートルくらいだろうか。未だに鑑定スキルが働いてくれない。
もう二度三度この流れを繰り返して近付いていると、ついに『何か』を目視できる距離まで近付いてしまった。
目に見えるそれは、陽の光を静かに煌めかせている。
「――あ。あれですね。あの、黒く光ってるやつ」
私の前にいるルークと、私の後ろにいる村人に伝える。
「あれは……何でしょう? 宝石……ですか?」
「うーん、何だろう? すいません、このあたりって黒い宝石とか特殊な鉱石が採れたりしますか?」
村人に聞いてみると、そういうものは特に無いとのこと。
「ねぇ、ルーク。もう少し近くで見てみたいんだけど」
「アイナ様。ジョージ君も言っていましたが、どうやら瘴気を発しているようです。出来ればこれ以上はもう、止めて頂きたいのですが」
「でももし危険なものだったとしたら、このまま放置しておくことも出来ないじゃない? 危険なものじゃなかったら、それはそれで良いことだし――」
――とはいうものの、ジョージ君の怪我の理由がいまいち分からないし、強く言うことは出来ない。
無理して取り返しの付かないことにでもなってしまったら、それこそ冗談じゃ済まないからね。
行っても行かなくても、どっちも正解だし間違いのような気がする。何だろう……、よく分からないけど、そんな直感。
しばらく考えた後、ルークにこそっと伝えた。
「……うん、分かったよ。今回は退こう。村の人にどう説明するか、最終的にどうするか、後で相談させてね」
「……ありがとうございます。私の願いを聞き入れて頂き、とても嬉しいです」
ルークは良い笑顔を向けてくれた。
意地悪で言ってるんじゃないもんね。ひたすらに心配して言ってくれているんだからね。
ひとまず戻ろう。村人にそれを伝えるべく、『何か』から意識を逸らした瞬間――
ザシュッ!!
……そんな音がして、地面が赤色に染まった。
「――ッ!?」
急ぎ振り返れば、私を庇うようにルークが仁王立ちをしていた。
「ちょ……え、ルークっ!?」
「アイナ様……ご無事ですか……?」
「私は大丈夫だよ!? ね、ねぇ、どうしたの!?」
「あ…アレは危険です……。早くここから……ごふっ」
話の途中、ルークは大きく喀血してその場に倒れた。
息も絶え絶えの中、ルークは何かを伝えようとしている。一体何が――!?
しかしそれよりも怪我の治療だ。肩口からバッサリとやられており、ジョージ君と同様の直線的な傷が付けられていた。
「お願い、高級ポーション……!」
アイテムボックスから高級ポーションを出し、ルークの傷口に急いで掛ける。
液体は淡い光となって怪我を治していく。
「すいません、ルークをお願いします!」
私は同行していた村人に声を掛ける。
その声で、急な展開に戸惑っていた村人も我に返った。
「わ、分かりました。一旦戻りましょう! ルークさんは私どもがお連れしますので――」
「お願いします――」
――そうだ! ジョージ君は怪我をしたとき、治したものとは違う疫病に掛かっていた。
もしかしてこのタイミングで――!?
慌ててルークの状態異常を鑑定で調べる。
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【状態異常】
疫病375型、疫病875型、疫病2044型、疫病2098型、疫病4412型、疫病4832型
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――――――ッ!?
なにこれ!? 最初のやつ以外は初見だ!
その瞬間、ぞわっとした悪寒と共に私の足元にきらりと光るものが見えた。
それは『何か』。
ルークの怪我を治すため、いつの間にか近付いてしまっていた――?
でも、この距離なら鑑定が出来るかも? いや、少しでも情報が欲しい! 鑑定は必須だ――
いくよ、鑑定っ!
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【ダンジョン・コア<疫病の迷宮>】
生者を拒む常闇の迷宮を作るための核。
あらゆる疫病を撒き散らす
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鑑定は出来た! けど――なにこれ!?
意味は分かるけど、理解がまるで追いつけない!!
その瞬間、『何か』から黒いオーラが溢れ出す。
まずい! よくは分からないけど嫌な気しかしない!! まずは正体を確認――
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【疫病の霧】
『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』から放たれる瘴気。
疫病375型、疫病421型、疫病422型、疫病424型、疫病517型、疫病610型、疫病875型、疫病876型、疫病899型、疫病997型、疫病2044型、疫病2098型、疫病3011型、疫病3451型、疫病3912型、疫病4412型、疫病4832型、疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型を拡散させる
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――絶望が見えた。
こんなのどうしろっていうのよ!?
「っ、ごほっ!」
突然、おかしな咳が出る。それになんだか急に熱っぽい。身体から力が抜けてきた。
――ダメだ。ダメだよ、これ! ここに放っておくだけで酷いことになっちゃう!
せめて壊すことが出来れば――って、私は攻撃系のスキルは何も持ってないんだよ!?
私が使えるスキルなんて『錬金術』と、『鑑定』と、『収納』くらいしか――――
――――収納!?
一か八か、『何か』を手に取る。
私の収納スキルはレベル99。収納スキルはレベル50以上になると、アイテムボックス内での時間の流れが止まるのだ。
時間が流れない中では疫病を広めるなんてことは出来ないだろう――
「収納――ッ」
収納スキルを発動するが、手には反発するような重い感覚が伝わってくる。
こんなことは今までに一度も無かったけど――?
そして気付く。『何か』が、アイテムボックスに入れられまいと抵抗しているのだ、と。
この世界に留まって、もっと疫病を撒き散らすのだ、と。
そんなの許せない、許さない――
「――いい加減に……しなさいっ!!!!!」
バチィイイインッ!!!!
思い切り力を入れ、全力で『何か』をアイテムボックスに叩き込む。
その瞬間、大きな音と共に周囲に撒き散らかされていた嫌な気配も消え去った。
「へへ……ざまーみろ、だ……」
足元がぼやける。力が入らない。いつの間にか、すごい汗をかいている。
大量の疫病の大元なんて触っちゃったしね。ああもう、いくつくらいに侵されてるんだろ。
きっとルークよりも――
そこで気付く。薬を作らなきゃいけない……、と。
私が倒れたら誰が薬を作るのか。
でも材料はどうする……? 大蛇の血液に抗体が無かった疫病は治せない……?
さらに力が抜けていく。
周囲から村人の声が聞こえているような気がする。
でもそれより薬を作らないと――
私の意識は、そこで途絶えた。




