235.秘密の会談①
その後、私たちはもう少し歩いてから1軒のお店に入った。
お店――というよりも、中に入ってみると、そこはアパートの通路のような場所。
左右に延々と扉が並ぶその廊下には飾り気が無く、どこか退廃的な印象すら覚えた。
たまに、どこかの部屋からくぐもった声が聞こえてくる。
「――まぁ、ここはそういう場所なんだけど……」
ジェラードは少しバツの悪いように言った。
「ここまで来たからには、まぁ、はい……」
お店の前には娼婦風の女性が多くいたから、客引きをして、そういうことをする場所なのだろう。
本来は男女同伴で入るようなところでは無さそうだけど、ジェラードが元締めの男性と話をつけて入店することができていた。
ジェラード曰く、元締めの男性はファーディナンドさんの息のかかった人間だということだった。
「……確かに、ここはなかなか入ってこれませんね……」
「そうですよね、特に地位のある人なんかは――」
そう言いながら後ろのエミリアさんを振り返ってみると、顔を赤らめながら少し震えていた。
何となく気持ちは察することができるので、とりあえず軽く手を握ってあげることにする。
「あ……。あ、あの、すいません……」
露出の高い服を着た、純情な性格の目の前の少女に、私も何だかおかしな気持ちになってくる。
「大丈夫ですよ。でも何だか、私も場酔いしてきました……」
「……そうですね、同感です……。少し休憩したい気分……」
「あはは。2人とも、こんなところで休憩したいなんて言ったら――」
「もちろんそういう意味じゃないですよ!?」
「ご、ごめんっ!?」
ジェラードの変なツッコミだかボケだか分からない言葉にまた少し酔わされて、私たちは引き続きお店の奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――やぁ、いらっしゃい。
……これはこれは、アイナさん。見違えたね」
ある部屋の中に入ると、聞き覚えのある男性の声に迎えられた。
その男性は上半身を軽く肌蹴させており、近くに1人の若い少女を侍らせている。
「ファーディナンドさん……?
ああ、すいません。お邪魔しました」
「おいおい、私と話をしに来たんだろう?」
「そうなんですけど、お楽しみ中だったようで……」
「うん? もしかしてこの子のことかな?
そういうことはしていないから、安心してくれ」
「まさか、見る専……?」
「ははは、違う違う。こんなところに男が1人でいたら怪しまれるだろう?
それを誤魔化すために、ここにいてもらってるんだ。この子は昔、うちの屋敷にいたんだけど……、耳が聴こえなくなってしまってね」
ファーディナンドさんが少女の肩を軽く叩くと、彼女は私たちにお辞儀をしてくれた。
「うーん、なるほど……?
彼女は何も聞こえないから、ここで話しても大丈夫……ということですか」
「そういうことだ。
ついでに部屋の壁には音声遮断の魔法を掛けているから、隣で聞き耳を立てていても聞くことはできないぞ」
「凄い! そんな魔法もあるんですね」
「グランベル家は魔法の大家だからな。盗聴となるとまた違ってくるのだが――」
盗聴の魔法と言えば、シェリルさんの部屋に掛けられていたものだ。
確かあの魔法って、どこかに魔力の供給元があるんだっけ? 音声遮断とは根本的なところで仕組みが違うのだろうか。
「状況は分かりました。
お会いできて光栄です、ファーディナンドさん」
「うん、今日は来てくれてありがとう。
どうにも監視の目が強くてね、こんなところまでご足労頂くことになってしまった」
「まったくです。おかげでこんな格好をさせられましたよ……!」
「いや、なかなか似合ってるんじゃないかな?
後ろのアンジェリカさんも、先日とはずいぶんと違う印象だね」
「はぅ……」
エミリアさんはまた顔を赤らめて、縮こまってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて……。狭くて申し訳ないが、アイナさんはこちらで話をしよう。
アンジェリカさんとブライアンさんはイルナと遊んでやってくれるかな?」
イルナというのは、最初からいた耳の聴こえない少女の名前のようだ。
彼女はお手玉のような小さい遊び道具を持ってきて、早速エミリアさんとジェラードに押し付けていた。
「……何だか、可愛らしい子ですね」
「ああ、まったくだ。
しかしうちの屋敷に仕えていたときに耳を悪くさせてしまってね……。申し訳ないことをしたものだ……」
「悪く……させてしまった? もしかして、虐待みたいな――」
「ふむ……。アイナさんはもう、どこからか聞き及んでいるようだな……。
グランベル公爵――私の弟、ハルムートには気に入った少女への虐待癖があってね……」
「イルナさんも……なんですか? 私の知る限り、これでもう3人目ですけど……」
「シェリルとイルナの他にも、誰か心当たりがあるのかね?」
「はい。……キャスリーンさんという方をご存知ですか?」
「……ああ。私が以前、暇を出した子だが……」
「そうだったんですか?
今はうちのお屋敷で働いているんです。身体中が傷だらけで、最初は驚いてしまいました」
私の言葉を聞くと、ファーディナンドさんは驚いた表情を浮かべてから、落ち着くように深い呼吸をした。
「――そうか。それなりのお金は渡したんだが、キャスリーンはまたメイドをやっているのか……」
「ファーディナンドさんは、キャスリーンさんを助けてくれた……んですか?」
「助けられたかどうか、それは私には分からないのだが――」
話を聞けば、グランベル公爵は気に入った少女を見つけると、自分専属の使用人にすることがあるらしかった。
屋敷にいる間は何時いかなるときも近くに置いておき、様々なことを要求するのだという。
そんな中、身体や精神を壊してしまい、日常に戻ることを難しくさせた例がいくつもあるとのことだった。
「……確かにキャスリーンさん、最初は変でした。
会って早々、『私を自由にして良い』って突然言われたんですよ?」
「彼女は心の方も少し壊してしまっていたからね……。
ハルムートがいない間に、私が勝手に暇を出したんだ。他にもう1人、サポートを付けていたんだが……あいつはどうしたのかな……」
『あいつ』というのが誰かは分からないけど、単純にお屋敷から出したわけでは無いらしい。
できることは全部やっている――私にはそんな印象が感じられた。
「……ファーディナンドさんはいろいろとやってくださっていたんですね。
キャスリーンさん、今は笑ってくれるようになったんです。心の深いところはまだ分かりませんけど……」
「そうか、それは私からも礼を言わせてもらおう。
ありがとう。心のつっかえが、1つだけ軽くなったよ」
『無くなった』とは言わないところに、ファーディナンドさんの優しさを感じることができた。
ファーディナンドさん自身は悪くないものの、それでもこれから、その責任を心に刻んでおいてくれるのだろう。
「ところで、ヴィオラさん……いえ、シェリルさんはどうなったんですか?」
「ああ、そっちは問題ないぞ。心配を掛けさせて申し訳なかった」
「……と言いますと?」
「シェリルを押さえつけたやつらは、みんな私の息が掛かった使用人なんだ。
あそこまで大事にしてしまうと、ハルムート派の連中も目にしてしまうから……。まぁ、ポーズというやつだな」
「そうだったんですか、それは良かった……」
なるほど、敵意が無いならまずは一安心だ。
押さえつけられたのは、あれはあれで痛そうではあったけど。
「――ただし、説教は3時間したぞ」
「……それも、ポーズなんですよね?」
「ははは、半々といったところかな!」
私の言葉に、大声で笑うファーディナンドさん。
つらい軟禁生活でもこの人が近くにいるのであれば、幾分かはマシだというものだろう。
「――ちなみに、イルナさんはどういった経緯でここにいるんですか?」
「ああ……、彼女はハルムートに直接怪我をさせられて聴力を失ったんだ。
さすがにそこまでいくとハルムート自身も興味を失ったようで、直々に暇を出したんだよ」
「酷いですね……。それで、こんな場所に?」
「ん、これはちょっと違ってだな……。
イルナには屋敷から出るときに、それなりのお金を渡したんだ」
「ファーディナンドさんから、ですか?」
「うむ、まぁ……私の裁量が及ぶ範囲でな。
だから、本当ならイルナはこんなところで働かなくても良いんだが――
……どうも、私は好かれてしまったようでな」
「ふえぇ……、ロリ……」
「いや、誤解はしないで欲しいんだが、私はこんな若い子供には手を出さないからな……?」
「……あ、はい。ですよね、大丈夫です、信じてました」
「それは助かる……。それでな、イルナは私の役に立ちたいと言うんだ。
私も私で外での動きにかなり制限が加えられているから、こういう形で協力をしてもらっているんだよ」
「なるほど……」
――話を聞く限り、ファーディナンドさんはみんなを助けてくれていたようだね。
……となると、憎きはグランベル公爵――という感じで良いのかな。
うん。実に簡潔で、とっても分かりやすい。




