表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第5章 王都ヴェセルブルク
231/911

231.隙間の一日①

 グランベル公爵のお屋敷にいった次の日は、身体と心を休めるために一日休むことにした。


 だらだらと日々を休み続けるのはつらいものだけど、緊張の連続だった日の翌日となれば話は別だ。

 まったりしているだけでもどこか心地が良いと感じてしまう。昨日は精神的に、結構きちゃったりしたからね。


 自分の部屋でまったり過ごしたあとは、何となくお屋敷の内外をうろちょろしてみる。

 趣味を持っていればまた違うんだろうけど、ふとしたタイミングで手持無沙汰になってしまうのが困り物だ。


 でもまぁそこはそこ。こういうときにこそ、お屋敷の使用人たちと交流を深めてみることにしよう。



 ふらっと裏庭に出てみると、いつもの通り庭木職人のハーマンさんが作業をしていた。

 その傍らではダリル君とララちゃんがお手伝いをしている。……うん、今日も微笑ましい限りだ。


 そして少し離れた休憩所では、ルーシーさんが静かに読書をしていた。


 休憩所のテーブルセットはルーシーさんの話を受けて用意したものだったけど、ルーシーさんの読書姿を見るのは初めてだったかな?

 彼女の物静かな雰囲気とテーブルセットの雰囲気が見事に調和している――とりあえず、そんな印象を受けた。



「――あ、アイナ様。どうかされましたか?」


「うん? ああ、ちょっと散歩中なの。偶然通り掛かって」


「そうでしたか。もう少しいらっしゃるようでしたら、お茶をご用意しますが――」


「いやいや、ルーシーさんは休憩中でしょ? 気にしない、気にしない」


 読書の邪魔をしちゃったかな?

 そんなことを思っていると、ルーシーさんは向かいの席を促してくれた。


 せっかくの機会だし、ここはお邪魔することにしよう。

 ちょうど交流を求めて彷徨っていたところだったしね。



「――あまりアイナ様とお話する機会がありませんので。偶然とは言え、嬉しく思います」


「そう? うーん……確かにそうかも」


 このお屋敷にはメイドさんは5人いるけど、話す人は実際のところ偏りがあるんだよね。


 クラリスさんは使用人の統括を行っている関係で、毎日それなりに話をする。

 キャスリーンさんは何だかよく話し掛けてきてくれるし、ふとしたときに近くにいることが多い。

 ミュリエルさんは調理を禁止されているせいか、食事の給仕やお屋敷の掃除中に会うことが多い。


 その反対に、ルーシーさんとマーガレットさんは話す機会が比較的少ないメイドさんなのだ。

 ちょこちょこは会うんだけど、話まではあまりしない――そんな感じかな?


「アイナ様がこのお屋敷にいらっしゃってしばらく経ちましたが、何か不便なことはございませんか?」


「うん、いつもありがとうね。――って、これは仕事の話なのかな……?」


「いえ、ただの雑談です。ええ、雑談です」


「まぁ良いけど……。

 うーん、特に不便は無いかな。逆に、ルーシーさんから見て何か問題はある?」


「そうですね……。クラリスさんを筆頭に、運営は上手くまわっていると思います」


「うん」


「話は少し変わりますが、クラリスさんがもっと夕食会のようなものを開きたいと言っていました」


「え? それは初耳」


「先日の夕食会の準備が楽しかったそうです。

 アイナ様にはどんどん開催してもらわないと――と、息を巻いていましたよ」


「へー……。多分そうだとは思ってたけど、クラリスさんもそんな話をするんだね」


「はい、私とは結構するんです。

 クラリスさんもしっかり者に見えてまだ若い方ですし、その割に責任のある仕事をされていますし――」


「うん、そうだね。

 それならそこら辺も叶えてあげないといけないなぁ……」


 要望があるというのなら、何か理由をかこつけて企画してみようか。

 上流階級は顔繋ぎが大切だから、特に理由が無くても問題無いといえば問題無いだろうし。


「……アイナ様は使用人の意見をよく聞いてくださるんですね」


「え?」


「私もいくつかのお屋敷に仕えて参りましたが、ここほど風通しの良いところは初めてです」


「んー、私はもともと上流階級の人じゃないしね?」


 今が上流階級かと言えば特にそんなことも無く、微妙な位置だと私は思っている。

 中流よりは明確に上だけど、上流ほど上流っぽい生活をしていないし、そんな地盤も無い。


 錬金術師なんて、言ってしまえばただの職人だからね。

 富豪やら貴族やらとは基本的なところで違うから、いまいちそちら側にいくイメージが持てないのだ。


「もしかしたら……ここの居心地が良いのは、そこら辺が理由なのかもしれません」


「なるほど、確かに。まだまだ発展途上の家主だけど、これからもよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ末永くよろしくお願いします」



 ――何となく改まった感じの空気を感じながら、私たちはもうしばらく話を続けた。

 ルーシーさんからは使用人目線での話をいくつも聞くことができて、ためになったと同時に結構面白かったかな。


 やっぱりコミュニケーションって大切だよね。

 コミュニケーションとは言っても、雑談っぽく話していただけなんだけど。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 休憩時間が終わると、ルーシーさんはお屋敷に戻っていった。

 それを目で追い掛けたあと、何となく座りながらぼーっとしていると、今度はマーガレットさんがお屋敷から出てくるのが見えた。


 入れ代わりで休憩時間になったのかな?

 視線が合ったので何となく手を振ってみると、マーガレットさんはこちらにやってきた。


「――アイナ様、休憩中ですか?」


「うん、さっきまでルーシーさんとお話をしていたの。

 マーガレットさんも、もし良かったらどうかな?」


「おぉ、それは是非――と言いたいところなのですが、申し訳ありません。

 実は先約がありまして……」


「先約?」


 約束じゃ仕方ないか……と思っていると、不意に遠くから声が聞こえてきた。



「――マーガレット! 来たぞ!

 ……あれ? アイナ様じゃないですか!」


 その声の方を振り向いてみると、警備メンバーのカーティスさんが歩いて近付いてくるところだった。

 カーティスさんともあまり話したことは無いんだけど、彼は世界一の冒険者を目指していた熱血野郎だ。


「こんにちは、ちょっとここで休憩をしていたの」


「そうでしたか。それでは私が退屈しのぎに、アリムタイト王国での冒険譚でも語らせて頂きましょう!」


「いやいや、マーガレットさんと約束をしてたんじゃないの?」


「はい、そうです。……あれ? 奴隷たる身としては、主を最優先にするべきでは……?」


 そう言えば忘れがちになるけど、警備メンバーは全員が『奴隷』なんだよね。

 いわゆる私の最初のイメージの奴隷とは違うから、どうにも『奴隷感』が無いんだけど……。


「よそは知らないけど、それくらいなら約束優先じゃないとダメだよー。

 休憩時間中の約束なんでしょ?」


「おお、何とお優しいお言葉を……、ありがとうございます。

 それではカーティスさん、ご指導のほどお願いします!」


 ……ん? ご指導?


「よし、それじゃこれを持って!」


「はい!」


 ……ん? 木刀?


 カーティスさんから木刀を受け取ったマーガレットさんは、少し離れた場所に立ち、そしてカーティスさんと向かい合った。


「それでは師匠! よろしくお願いします!」


「よし、来い!」


 ……んん?


 私が疑問に思っている目の前で、何やら木刀での打ち合いが始まった。

 これは――マーガレットさんが、剣の修行をしている……?



 10分ほどすると木刀の打ち合いが終わり、休憩をする――かと思いきや、次は徒手での組手が始まった。

 それも10分ほどすると終了し、そのあとは鞭の使い方講座のようなことをやっていた。

 それが終わると、ようやく2人とも休憩することにしたようだ。


「――これは、マーガレットさんの……修行?」


「はい! 接客に活かせるようにと思いまして!」


「え? ……接客に?」


「カーティスさんが、精神力を鍛える重要性を教えてくれたんです。

 それで、それにはこういう修行が望ましいということで……!」


「えーっと……、戦うためではないのね……」


「いや、もちろん戦う力も付けてもらうつもりです!

 外は俺たちが警備しますが、中まで見るのは人手が足りませんからね!」


「で、でも主な目的は接客のためですから!」


 カーティスさんの言葉を受けながら、マーガレットさんはあくまでも接客技術の向上が目的だと強く主張していた。


「いや、どっちにしても努力が伝わってきたよ。

 こんなに頑張っているなら――」


 ――お給金も上げないとね。



 ついそんな言葉を続けようとしてしまったが、それについては慎重にいこう。

 こういうのは一度出したら最後、なかなか引っ込みがつけられないものだからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ