230.封刻の魔石
グランベル公爵のお屋敷から戻ると、夕方も遅い時間になってしまっていた。
そのまま夕食を取り、そのあと――つまり今は、エミリアさんとジェラードと3人で、客室で話をしているところだった。
「――はぁ……」
「アイナさん、ため息……。また出てますよ~……」
「珍しいね、そんなに疲れているのも」
「あ、すいません。つい……。
――はぁ……」
2人にはヴィオラさんとシェリルさんの話をしたあと、追加でキャスリーンさんの話もしていた。
グランベル公爵に対する私の嫌な感情を、エミリアさんとジェラードに共有したのだ。
「……立派な人に見えましたけどね、グランベル公爵も……」
「貴族なんてのは、内と外でずいぶん表情が違うものだからね。
日頃のストレスを弱い者に向けるなんてことは、まぁよくある話さ」
「そうでしょうね……。
でも、『よくある話』だけで片付けたくないですよ……」
「んー……。気持ちは分かるけど――まぁ、それは一晩くらい置いておこう。
嫌な気分のときに難しいことを考えても、ロクなことは無いよ」
「そうですね……。でも、どうにかしたいです……。
せめて、ヴィオラさんたちを自由にしてあげたい――」
「はいはい、元に戻っちゃってるよ?
僕も協力するからさ。今日は一旦、忘れよ?」
「そうです、そうです!
アイナさん、他にもあったことを共有しておきましょうよ!」
「ん……。そうですね、すいませんでした。
えーっと、それじゃ……ああ、そうそう。最後の連携は助かりました、ありがとうございます」
最後の連携というのは、エミリアさんの仮病による騒動のことだ。
「たくさん仕込まれたのに、結局は何もしないままかなーって思っていたんですが、最後の最後にきたので驚きました!」
「あはは、エミリアちゃんも迫真の演技だったよね! ……それで、あれは何だったの?」
「客室から出たあとにですね、公爵側の使用人にずっと監視をされていたんですよ。
それを少し引っぺがすために、一芝居打ってもらったんです」
「へー、なるほど?」
「それで、騒動の合間にファーディナンドさんから連絡手段をもらうことができました」
そう言いながら、アイテムボックスからメモのような紙を出して2人に見せる。
「おおー。ところでファーディナンドさんって、グランベル公爵のお兄さんですよね。
……信用できるんですか?」
「ヴィオラさんの話によれば、グランベル公爵から痛い目に遭わせられているのを助けてくれたらしいんですよ。
それに、話した感じでは――私は信用できると思います。……まぁ、どこまでかは不明ですけど、とりあえずは」
「ふーむ……。そういえば家督争いに負けた兄がいる……とは聞いていたけどね。
ずいぶん酷い手を使って追い落としたらしいけど」
「酷い手って?」
「ほら、ファーディナンドさんは脚が不自由だったでしょ?
魔法実験のときに、事故をわざと起こして怪我をさせたそうだよ」
「えぇ……?」
「本人に直接したのはそれくらいだったかと思うけど、他には周りの人にもいろいろとちょっかいを出していたみたい。
順当にいけば、ファーディナンドさんが家督を継ぐはずだったんだけどねぇ……」
「権力闘争って醜いですね……」
「そうだね。でもその家に生まれたのなら、それは何よりも大きな価値だからね。
僕みたいな生まれの人間には関係無いけど♪」
「ジェラードさんの生まれは知りませんが、とりあえず私の生まれと照らし合わせても関係は無いですね」
「え? アイナさん、実はどこかのお姫様だったっていうお話は無いんですか?」
「いやいや!? 私は普通の家の普通の生まれですよ?」
「「えー?」」
「何でそこ、ハモるんですか!」
何回振り返っても、私は普通の家に生まれていたような気がする。
お金持ちでも無かったし、高貴な身分でも無かったし……!
「――ちょっと話を戻すね?
ファーディナンドさんとの連絡手段をもらったからには、やっぱり連絡をするの?」
「はい、もちろんです。話したいこともたくさんあるので」
主なところではヴィオラさんたちのことや、キャスリーンさんがグランベル公爵の屋敷にいたときのことだ。
彼女たちの忌まわしい現在の鎖、過去の鎖を断ち切ってあげたい。
だから、私でも何かができるというのであれば、それを探したいのだ。
「それじゃ、連絡の調整は僕に任せてもらおうかな」
「え? 良いんですか?」
「あはは♪ こういうのは僕の仕事だからね。
アイナちゃんは僕たちの司令塔だし、何かをするならクリエイティブなことをやっていてもらいたいんだよ♪」
「は、はぁ……。それじゃ、よろしくお願いします。
できるだけ早く調整して頂けると助かります」
そう言いながら、ファーディナンドさんからもらった紙をジェラードに渡す。
「ふむ? ふむふむ。
……早ければ明後日に街に来るみたいだけど、どうする?」
「うわ? 思ったより早いですね……。でも早めにお話をしたいですし、それでお願いできますか?」
「了解~♪ それじゃ明日……ちょっとファーディナンドさんのお仲間さんに連絡を取ってくるよ。
明後日のいつになるかは分からないから、1日空けておいてね♪」
「分かりました」
思いがけず、ファーディナンドさんと話をする場は簡単に設けられそうだ。
そうとなれば、先ほどまでの憂鬱な気分は一旦置いておこう。それまでにしっかりリフレッシュして、会った時にはがっつりと話をさせて頂くのだ。
「――アイナさんの方は、それくらいでしたか?」
エミリアさんが、他の話題をと振ってきた。
「えーっと、他、他……。あ、そうそう。ヴィオラさんから魔石をもらったんですよ。
……そういえば、何の魔石だったんだろ」
アイテムボックスからヴィオラさんにもらった赤黒い魔石を取り出す。
そして、鑑定をしてみると――
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【封刻の魔石(暴食の炎・発動補助)】
複合魔法『暴食の炎』発動補助の魔法陣を展開する
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「――ん?」
なにこれ……? 理解ができないまま顔を上げると、ジェラードの驚いた顔が見えた。
「おぉ……。僕、封刻の魔石なんて初めて見たよ……」
「何か凄いんですか?」
「うーん? 私も初めて見ましたけど、どうなんでしょう……」
「あ、2人は知らないのかな……?
魔石っていうのはさ、基本的には魔物の体内や、魔力が集まる場所で自然に結晶化するものなんだけど――
封刻の魔石は例外で、人為的に作るものなんだ」
「確かに、ヴィオラさんがシェリルさんと一緒に作ったって言ってましたね」
「だよね!? まずそこ、人為的に作るのが凄いんだよ。
高位の魔法使いでも難しいのに、その子たちって何者なんだろうね……」
「あー……。ここだけの話ですが、シェリルさんがユニークスキルを持ってるみたいなんです。
創造才覚の魔法版を……」
「す、凄いな……。でも、それなら納得か……」
「それでジェラードさん。
人為的に作れるっていうことは、効果も自分で決められるってことですか?」
「うん、そうだね。でも何でも作れるわけじゃなくて、本人の理解の及ぶ範囲のものしか作れないっていう制限があるんだ。
『暴食の炎』なんていう魔法は初めて聞いたけど……、きっとこれもシェリルさんが作った魔法なんだよね?」
「そうだと思いますけど――そういえばどんな効果なんでしょうね?
えい、かんてーっ」
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【暴食の炎】
光、闇、火属性魔法。
周囲の魔力を奪い、その量に応じた炎を生み出す
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……こ、これはまた……?
凄いのか凄くないのか、私にはちょっと判断が付かないかな。いや、凄いんだろうけど。
「ジェラード先生、いかがでしょう」
「……うん、分からない♪」
「エミリア先生、いかがでしょう」
「……分かりません♪
――でもこれ、珍しいですね。3属性複合の魔法だなんて、かなり珍しいですよ」
「ふむふむ……。それで、この魔石って……『魔法陣を展開する』だけ?」
「……ちょっと使ってみる?」
ジェラードが思い付きのように、悪戯っぽく言った。
「危なくないですかね……?」
「大丈夫だと思いますよ。
いざというときは、アイナさんのバニッシュフェイトで魔法を打ち消せば良いんですし」
「おお、なるほど……。
それじゃ私が『いざというときに打ち消す役』をするので、エミリアさんかジェラードさんが魔法陣を出してみてください」
「魔法っていうことなら、エミリアちゃんだよね♪」
「えぇっ!?」
驚くエミリアさんに、ジェラードは彼のナイフを手渡した。
そのナイフには、魔石スロットが1つだけ付いているらしい。
「――それではエミリアさん、よろしくお願いします!」
「うぅ、怖いです……。えっと、魔石をはめて――……えいっ!!」
エミリアさんがナイフを手にして力を込めると、彼女の前の宙に大きな光の魔法陣が1つ現れた。
「おお、綺麗――……だけど、何ですか、これ……」
「めちゃくちゃ複雑な魔法陣だね……」
その魔法陣には、細かい文字や細かい図形がところ狭しとびっしり描き連ねられていた。
理解をする前に、読み解くだけでもかなり大変そうだ。
「……エミリアさん、このまま『暴食の炎』は発動できそうですか?」
「えぇーっ!? さ、さっぱり分かりませんよ!?」
……ふーむ。あくまでも魔石の効果は『魔法陣を展開する』だけなんだね……。
誰にでも扱えるものじゃない、託すべくして託せる人にしか扱えない――っていう感じか。
でも、これを使いこなす魔法使いにはいつか会うことはできるのかな?
それはとても興味深いことだけど、とりあえず今は一旦忘れておくことにしようか。
いつになるか、まったく見当も付かないことだし、ね。




