229.グランベル公爵家、訪問⑥
何となく――と言うよりももう少し、帰り道の雰囲気は重いものだった。
私もファーディナンドさんも特に話をしようとせず、監視するように一緒に歩く使用人は当然のことながら何も喋らない。
あのあと、ヴィオラさんはどうなるのだろうか。
本人が最近は痛い目に遭っていないとは言っていたものの、もしかして今日これから、久々に痛い目に遭うかもしれない。
私が会いに行ったせいで――と考えれば、単純に気が重くなる。
ファーディナンドさんが助けてくれたんじゃないか――と考えれば、先ほどの振る舞いはどうしたものかと疑念に駆られる。
……正直、何だかもうわけが分からない。
しかしファーディナンドさんの振る舞いが、お屋敷の使用人たちを騙す何かだとしたら……?
そもそもヴィオラさん自身が、ファーディナンドさんに心を許しているのだ。
彼を疑うのは早計だろうか? そうであるなら、もっともっと詳しい話をしたいところだ。
――となると、一緒に歩いているこの使用人がどうにも邪魔なことこの上ない。
変な動きを見せてしまえば、その報告は間違いなくグランベル公爵にいってしまうだろう。
そうなったら? 今度はファーディナンドさんが軟禁されたりする……?
沈黙の中を歩きながら、ふとファーディナンドさんを見上げると、偶然なのだろうか、彼と目が合った。
……うぅん、話を切り出してみようか。
「――静かですね」
「……ははは。私としては、もっとアイナさんとお話をしたいんだけどね。
どうだろうか、これからお茶でも」
「それは良いですね。是非――」
そんな返事をしていた途中で、使用人が強引に口を挟んできた。
「ファーディナンド様。
アイナ様のご案内が終わったあとは、自室に戻るようにと公爵様より伝言を頂いております」
「うん? ……少しくらいは良いだろう?」
「いえ。速やかに、とのことです」
むぅ……。
せっかくファーディナンドさんからお誘いがあったのに、グランベル公爵の伝言とやらによってあっさりと却下されてしまった。
そこまで私と話をさせたくない理由でもあるのだろうか……。いっそ潔いくらいに怪しいんだけど。
「ファーディナンドさんも大変ですね。外に出掛けられることもあるんですか?」
「ははは、さすがにたまには出掛けるさ。
しかし――私もそれなりの身分だからね。ここでアイナさんに予定を教えてしまったら、コイツに怒られてしまうだろう」
「うふふ、そんなご冗談を♪」
使用人の顔が一瞬引きつったようにも見えたが、私が先に茶化したことで、その怒りのやり場を奪うことに成功した。
ふふふ、私たちの会話を邪魔する罰なのだ。
――……とは言うものの、はてさてどうしたものか。
ファーディナンドさんとしても、私と話したいことがきっとあるのだろう。
今日が無理だと言うのなら、ファーディナンドさんが街に出てきたときにでも話の場を設けたいところだけど――
「さぁて、どうしたもんかな……」
「まったくですねー」
何となく通じ合っているファーディナンドさんと私。
一緒にいる使用人の隙を突ければ良いんだけど、なかなかそれも難しいもので。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初に通された客室に戻ると、グランベル公爵の姿は無く、エミリアさんとジェラードが2人だけで座っていた。
「ただいま戻りました。……あれ? 公爵様は?」
「アイナ様が出ていったあと、しばらくお話をしてから用事があるとのことで――」
「あ、そうだったんだ。2人とも、お待たせしました」
正直なところ、グランベル公爵とは今は会いたくなかった。
キャスリーンさんやヴィオラさんを傷付けた張本人だと分かってしまったのだから。
目の前にしていたら、冷静でいられる自信が無かった……というのが正しいだろうか。
そんなことを考えていると、一緒に着いてきていた使用人が締めに掛かってきた。
「――それではアイナ様。
玄関までお見送りをさせて頂きますので、ご準備をお願いします」
「……ありがとうございます。
ファーディナンドさんも一緒に――」
「いえ、ファーディナンド様はここで失礼させて頂きます」
「ふむ……」
場を仕切る使用人に、ファーディナンドさんも少し苛立たしさを感じていた。
グランベル公爵としては、やっぱり話をさせたくないみたいだね。
でも、そうとなれば――
「こほん」
まずは軽く咳払い。
使用人の死角になるようにしながら、エミリアさんとジェラードに見えるように指を動かす。
えぇっと、アレは確か、指で2をして4をして――
「――それではブライアン、アンジェリカ。帰ることにしましょう。
ファーディナンドさん、今日はありがとうございました」
「ん……。そうか、残念だが――」
「――痛ッ!!!」
その瞬間、場がざわついた。
「だ、大丈夫か!? おい、アンジェリカ!!」
「お、お腹が……! 痛たたた……!!」
突然、お腹を抱えて苦しみ出すエミリアさん。
ジェラードは慌ててエミリアさんを心配している。
「だ、大丈夫ですか!?」
帰るように促していた使用人も、突然のことに驚きを隠せない。
「申し訳ありません! こちらのお屋敷に、お医者様はいらっしゃいますでしょうか!?」
「は、はい! しかしここからは少し離れた場所におりまして――」
「分かりました! 申し訳ないのですが、案内をお願いします!
アンジェリカは病を抱えているので、何か薬を頂けないでしょうか!」
「あ、いや。しかし……」
使用人はファーディナンドさんをちらっと見た。
監視が仕事なのだから、ここを離れるわけにはいかないのだろう。
ファーディナンドさんは目の前の状況に驚きながらも、どこか冷静な目で見ていた。
うーん、さすがと言うか、何と言うか。
「ファーディナンドさん! アンジェリカを……お医者様に診せてもらえますでしょうか……!?」
そんな懇願をしながら、ファーディナンドさんの視線をこちらに誘い込む。
そして目が合った瞬間――軽く『てへっ』という感じでウィンクをしてみた。
ファーディナンドさんはそれを見て、一瞬だけ口元を緩めてから――
「――馬鹿者ッ!!!!
客人が苦しんでいるのにその体たらくは何だ!! 早く医者のところに案内せんかああああああっ!!!!!」
「はっ、はいっ!!? 申し訳ございませんっ!!!
で、では! こちらへどうぞ!!」
「ありがとうございます! アンジェリカ、もう少しの辛抱だぞ!!」
「は、はい……。申し訳ございません……。痛たたた……」
大声を出しながら、そのままドタドタと3人は客室を出ていった。
一瞬の静寂のあと、ファーディナンドさんの笑い声が客室に響いた。
「――ふっ、ふははははっ! アイナさんは良いお仲間をお持ちのようだ!」
「ふふふ♪ お褒め頂き、ありがとうございます♪」
……うん、まぁ何と言うことは無い。今の騒動は、全部演技である。
昨日ジェラードから仕込まれた『決め事』のうちのひとつだったのだ。
「さて、時間はそんなに無いと思うが、ひとまず邪魔者はいなくなったな」
「はい!
……単刀直入に言いますと、私はファーディナンドさんともっとお話がしたいです」
「ふむ、同感だ。私もいろいろと話したいことがある。
ただ、すぐにでも他の者がここに来てしまうだろうから――」
そう言いながら、ファーディナンドさんは彼のアイテムボックスから1枚の紙――メモのようなものを出してきた。
「……これは?」
受け取って即、私は自分のアイテムボックスにそれを入れてしまう。
「私との連絡の取り方を書いたものだ。
ふふふ、こういうときを見据えて、こっそり用意をしていたんだよ」
「さすがですね。それでは後日、連絡させて頂きます」
私の言葉が終わる辺りで、扉から1人の使用人が現れた。
さっきとは違う人だけど――うぅん、監視のフォローが早いなぁ。でも時すでに遅し、だ。
それじゃ、これ以上ここにいても仕方ないから、そろそろ終わりに掛かろうかな。
「――あ! 申し訳ありません!
アンジェリカの病の薬がひとつ残っていました! そこの方、申し訳ありませんが案内をお願いできますでしょうか!」
そう言いながら、適当に薬を1つ出して使用人に見せる。
「え? 薬……ですか? えぇっと――」
「はい、これがあればアンジェリカはすぐに治るはずです!
すぐに案内して頂けますでしょうか! ファーディナンドさんはここで、失礼いたします!!」
「……あ。はい、そう言うことでしたら、ただちに!!」
使用人は慌てながら、私をエミリアさんたちの向かった方に誘導してくれた。
客室から出るとき、ちらっと見えたファーディナンドさんに軽く頭を下げる。
――さて、あとはエミリアさんたちに合流して、さっさとこのお屋敷を離れることにしよう。
まぁまぁ、最後は綺麗にまとまったかな? 良かった良かった!




